沖縄県恩納村とNTT印刷、NTTコミュニケーション科学基礎研究所は、絵本読みによる言葉の発達を目標とした「パーソナルちいくえほん」の共同実験を行った。本離れが叫ばれる昨今、子ども一人ひとりにオリジナル絵本を作るという試みはどのような効果をもたらすのだろうか。

  • NTT印刷が展開している「パーソナルちいくえほん」

ことばの発達をモデル化し絵本作りに活かす

NTTコミュニケーション科学基礎研究所が保有する「幼児語彙発達データベース」と、NTT印刷のパーソナル印刷技術を用いて展開している「パーソナルちいくえほん」。子ども一人ひとりのことばの成長に合わせて内容をカスタマイズし、絵本を作るサービスだ。

一般販売が開始されたのは2021年01月21日だが、沖縄県恩納村ではそれに先駆け、2020年2月1日から2021年3月31日までNTT印刷およびNTTコミュニケーション科学基礎研究所との共同実験が行われていた。

「パーソナルちいくえほん」の仕組みと内容、共同実験を行った経緯と取り組みの様子、そして効果について、恩納村文化情報センターの呉屋美奈子氏、NTT印刷の細川勉氏、NTTコミュニケーション科学基礎研究所の小林哲生氏にお話を伺っていきたい。

  • 共同実験が行われた恩納村文化情報センター

自治体を通じて子どもたちに「パーソナルちいくえほん」を

「パーソナルちいくえほん」は「子どものことば発達に関する研究データ」をもとに、世界にひとつだけの絵本を作るサービスだ。申し込み後に届く「注文チケット」を使い、Webページで必要事項を記入したら、約2週間で絵本が送付される。

絵本の主人公は子ども自身だ。注文時に入力する子どもの名前や性別が絵本に反映されるほか、絵本の内容がその子にとって分かりやすく親しみのあることばやイラストに変化する。

例えば、子どもが実際に好きな動物(いぬ/ねこ/ぞう、など)を選んで絵本に登場させたり、子ども自身の名前(文字)を絵本のなかで様々な形で登場させることで、文字への興味を促すといった仕掛けがある。また、絵本の最後には名前に込めた思いや子どもへのメッセージなど、かけがえのないエピソードを残すことができる。

「子どもが絵本に親しむきっかけのひとつになって欲しいと考え、このサービスを提供しています。わかりやすく"知育"と言う言葉を入れましたが、子どもの脳を無理矢理発育させると誤解されることもあります。ただ、そういった意図はありません」(細川氏)。

  • NTT印刷 データビジネス部 サービス開発担当 課長 細川勉 氏

細川氏と小林氏は当初から一般販売を行う予定でサービスを開発していたという。しかし世の中の家庭には経済・教育などさまざまな格差がある。そこで、子どもに対してなるべく平等に、そしてひとりでも多くの子どもたちに届けたいという思いから、「自治体を通じて、地域の子どもたちみんなにパーソナルちいくえほんを体験してもらう」というアイデアが生まれたそうだ。

こうして2019年の秋頃、小林氏の知り合いである沖縄県・恩納村の呉屋氏にこのアイデアを提案。話はトントン拍子に進み、ついに三社合同の共同実験が始動した。

親子に読書の機会を持ってもらうことが目標

共同実験は、乳幼児検診に訪れた子どもと親を対象に、パーソナルちいくえほんを作るためのチケットを配布する形でスタートした。

「この共同実験には、絵本を届けて子どもの影響を見るだけでなく、乳幼児検診の受診率を上げたいという思いもありました。完成したパーソナルちいくえほんは図書館に送付し、住民の方に取りに来ていただきます。これによって図書館を利用するきっかけにもできればと考えました」(細川氏)

呉屋氏が係長を務める「恩納村文化情報センター」は、実は観光客も訪れる人気の公共図書館。一般閲覧室からは国定公園に指定されている海岸を眺めながら、児童室からは仲泊遺跡の佇まいを見ながら読書を楽しめるという贅沢な施設だ。呉屋氏は共同実験に参加した理由を次のように語る。

  • 海岸を眺めながら本が読める読書カウンター

  • 子どもたちの本への興味をかき立てる児童書コーナー

「図書館全体の課題として、近年、子どもの読書率が低下していることが挙げられます。そして同時に、絵本の読み聞かせの機会も減っています。そのような親子に読書の機会を持ってもらえるのではと考えました。また、お父さんとお母さんが想いを込めた絵本を、子どもが触れる最初の一冊にしてもらいたいと思ったのです」(呉屋氏)。

  • 恩納村文化情報センター 係長 呉屋美奈子氏

共同実験にブレーキをかけた新型コロナウイルス

こうして2021年2月、ついに共同実験がスタートした。恩納村には海外出身の方も多いため説明に苦労する場面もあったそうだが、NTTコミュニケーション科学基礎研究所の英語が堪能なスタッフも訪れるようになり、実験は順調に進んでいったという。

「絵本を作る際に親が入力する項目は多いのですが、子どものことを思い浮かべながら入力していくことは、良いふれあいになったのではないかと思います。完成した絵本を実際に受け取った方からは『子どもが自分の名前があるのを不思議に思い、何回も絵本を開いている』『自分が主人公になっていることで愛着を持ったよう』という感想を聞きました」(呉屋氏)。

  • 乳幼児検診に訪れた人も、実際にその場でパーソナルちいくえほんを作っていた

だが、この共同実験は想定した課程を終えることができなかった。その理由は、新型コロナウイルス感染症の流行。きっかけになるはずだった乳児検診自体が中止になり、関連するイベントの中止や縮小が相次いだのだ。

「コロナ禍という非常事態にもかかわらず、恩納村役場には部署を横断して柔軟に対応していただきました。みなさん、とてもアクティブだったことが印象に残っています。予定していた1年間の共同実験を思うように続けられず、非常に悔しい思いです」(小林氏)。

「コロナ禍で予定の中止や縮小が相次ぐ中でも、NTTのみなさまはできることを考えて対応してもらいましたし、いろいろな技術提供もいただき、大変感謝しています。子どもたちのために何かしたいという心意気を感じました」(呉屋氏)。

  • NTTコミュニケーション科学基礎研究所 上席特別研究員 小林哲生 氏

子どもたちが絵本を好きになっていくサポートを

順調な滑り出しを見せたものの、コロナ禍で中断せざるを得なかった今回の共同実験。だが、呉屋氏、細川氏、小林氏は確かな手応えを感じているという。今回の経験を踏まえ、今後どのような活動を行っていく予定なのか、3者に伺ってみたい。

「恩納村役場福祉課では、現在『セカンドブック』に関する取り組みを進めたいと思っています。これは『ブックスタート』のフォローアップ事業で、絵本との関わりを継続していくために2冊目の本を送るという取り組みです。現代の子どもたちは、デジタルデバイスの利用が多く、本への親しみが減っていると感じます。さまざまな取り組みを通じてなるべく早い段階で本に親しんでもらい、好きな本を発見してもらえればなと思います」(呉屋氏)。

「2021年度より、いくつかの自治体様との取り組みを開始していますし、実際に絵本を読んでくれた子どもたちの声や反応を聞くと、やっぱり嬉しくなります。世の中には素敵な絵本がたくさんありますので、子ども自身が絵本そのものに興味を持つひとつのきっかけとして、我々の絵本も世の中に定着させていければと考えています」(細川氏)。

「絵本を読む行動が、言語発達や社会情動的なスキルへ影響することの科学的な検証を進めていきたいと思っています。そして、次のステップとして『ぴたりえ』というサービスで図書館での絵本探しを支援しています。恩納村文化情報センターでは、ロボットとやりとりをしながら絵本を探す『ぴたりえタッチ』も試してもらいました。これらが子どもの発達にどう影響するのか、そのエビデンスを蓄積し、全国に広めていきたいですね」(小林氏)。

NTT印刷とNTTコミュニケーション科学基礎研究所は、子どもに読書習慣を根付かせるため、さまざまな取り組みを行っている。子どもたちが絵本を好きになっていくサポートをしたいと考える自治体には、「パーソナルちいくえほん」のようなサービスがきっと役に立つことだろう。