2020年11月に電通が新しい働き方を発表しました。40歳以上で希望した社員に一旦退職してもらい、「個人事業主」として業務委託契約で仕事を続けてもらうという、いわゆる「社内フリーランス」の制度です。

実は電通よりも前に個人事業主化の話が大きく話題になったのがタニタです。どちらにしても「社員」という立場から退職して「個人事業主」になるという点では同じです。

雇用関係を解消し、業務委託関係に切り替えることによって、今までの社員としての身分と何が変わるのか? 今後、多くの企業で広がる可能性がある制度ですが、共通する留意点を解説します。

  • 社員の個人事業主化とは?

    社員の個人事業主化とは?

報酬面では何が変わるの?

まず前提として、雇用関係を解消することになれば「労働者ではなくなる」ので労働基準法の適用がされません。労働基準法が適用されないということは当然、「労働時間」も「休憩」も「休日」も、そして「深夜」も関係ありません。関係ないということは残業も休日出勤も深夜勤務も関係ないということになります。

つまり、時間外労働・休日労働・深夜労働という概念がなくなるため1日に何時間働こうが、休みもなく働き続けようが割増賃金のみならず賃金そのものが一切発生しないということです。

例えば、社員時代に毎月何十時間も残業をしていたような場合は、その分、給与に残業代が加算されていましたが、業務委託契約に変更したあとは、その残業代の加算はなくなります。仮に社員から業務委託契約へと変更する際に、その辺も考慮したうえで業務委託報酬を決定し契約を締結したのであれば大きな問題はありませんが、単純に「基本給ベースで契約した」というケースでは、大幅に手取りが減ってしまうという事態にもなりかねません。

また、社員だから支払われていた交通費や家族手当、住宅手当なども報酬から外れる可能性があります。その他にも、退職金や福利厚生なども同様ですので、制度に応募する際には報酬はもちろんのこと、その他の待遇面についてもしっかりと確認しておきましょう。

契約終了の時はどうなる?

社内フリーランスで働くということは、急激に会社の業績が悪化したような場合に、突然の契約解除という事態も想定しておくべきでしょう。社員であれば、労働基準法で解雇に対する厳しい規制が設けられているため、簡単に解雇されることはありません。

業務委託契約となれば前述したように、労働基準法の保護を受けないので、解雇ではなく単なる「契約の終了」というかたちになります。したがって契約書に基づいて粛々と契約の解除が行われことになるでしょう。また当然のことながら、解雇予告手当なども発生しないわけです。

さらに、社員であれば雇用保険に加入しているので、退職した場合にはハローワークから失業給付を受給することができますが、フリーランスはそもそも雇用保険に加入することができないため、そのような給付を受けることができません。その他の、雇用保険から給付される育児休業給付・介護休業給付・高年齢雇用継続給付・教育訓練給付などについても同様に受給することはできない点も押さえておきましょう。

労災保険はどうなる?

労働者ではなくなるので、労働者災害補償保険(労災保険)も対象外となります。つまり、仕事中や通勤途上に負傷をしても労災の対象とはならないということです。

このようなケースでもフリーランスが加入する国民健康保険等の医療保険で一定の範囲はカバーされるのですが、労災保険と国民健康保険とでは給付内容に雲泥の差があることは押さえておかなければなりません。

例えば、業務中のケガが原因で休業をしたとき、労災であれば休業せざるをえない期間については長期にわたり休業補償があります。しかし、国民健康保険ではそもそも休業補償がないケースがほとんどです。

そのほかにも、病院に支払う治療費や障害年金、遺族年金の受給額等を見てもほかの保険に比べ労災保険は非常に手厚い給付内容となっています。

医療保険や年金はどうなる?

健康保険、厚生年金保険も原則として加入することはできなくなります(健康保険については任意継続被保険者制度などを利用すれば、退職後2年間は加入できます)。したがって、健康保険、厚生年金保険の被保険者資格を喪失後は、国民健康保険と国民年金に加入することになります。

また、健康保険、厚生年金保険の喪失手続きについては会社で行ってもらえますが、国民健康保険と国民年金の加入手続きについては自ら役所に出向いて行う必要があります。保険料の納付手続きも同様に自分自身で納付する必要がある点も併せて押さえておくポイントです。

さらに、国民健康保険と国民年金へ切り替わるうえでは次に記載する2つの内容も押さえておかなければなりません。1つ目はどちらも給付の内容が健康保険、厚生年金保険に比べて劣るということ、2つ目は保険料を全額自己負担しなければならないということです。

社員のころの報酬が高かったような場合には、全額自己負担になっても保険料自体は社員のころよりも安くなることもあります。ただし、給付内容は悪くなることをしっかり理解しておかなければなりません。

特に年金については、国民年金のみへの加入に切り替わることで、老齢年金や障害年金の金額が大幅に下がることは避けらないということです。したがって老後の生活設計の見直しも必要となるでしょう。

扶養されている配偶者でも第3号被保険者になれない

その他、厚生年金に加入していたころは扶養している配偶者(60歳未満)は、その配偶者の保険料負担がなくとも将来的に国民年金を受給することができる国民年金第3号被保険者になることができました。

ところが厚生年金の被保険者資格を喪失すると、その第3号被保険者の資格も喪失することになります。

つまり配偶者の状況がまったく変わっていなくても、制度上は、第3号被保険者ではなくなってしまうのです。さらに、健康保険の資格を喪失することで配偶者は健康保険上の被扶養者の資格も喪失することになります。

社員と比較して個人事業主になるメリット

ここまでの解説では、ほとんどがデメリットと感じることしかなかったと思います。しかし、それらを上回る新しい価値や働き方を見出す方もいます。

具体的には、「働く時間に融通がきく」「働く場所が自由」、「仕事量を自分の裁量で決められる」、「自分次第で大きく収入を増やすことができる」などです。

したがって意向に合わない仕事の依頼は断り、やりたい仕事を選びながら、気持ちにゆとりを持って自分のペースで働くなんてことも可能になるのです。

また、社員では一定の年齢になると定年となり退職する必要がありますが、個人事業主では年齢に関係なく、体が元気な間は働き続けることが可能になります。

人生100年時代といわれていますが、例えば65歳定年後の100歳までの35年間に経済的不安を覚えている方にとっては、個人事業主となり、生涯にわたって働ける環境を65歳よりももっと若い時から準備することができることもメリットといえるでしょう。

ここまで社会保険労務士の目線でデメリット、メリットを解説させていただきました。もちろん、これ以外の要素も多くあるとは思いますが、今後の人生の分岐点の判断材料として参考にしていただければ幸いです。

執筆者プロフィール:山口直

2016年に社会保険労務士登録。「働きやすい職場こそが、会社の生産性を上げる土台を作る」という信念をもとに、大手ハンバーガーチェーン店の店長経験をきっかけに社会保険労務士を目指す。