スマホやパソコン、車、家電など進化し続ける身の回りの「もの」たち。かつて日本の強みだった「ものづくり」ですが、近年、中国や台湾などの勢いに押され気味の感があります。世界のものづくりのトレンドがどうなっているのか、日本の突破口はどこにあるのか、ものづくりの現場に詳しい、理系YouTuberものづくり太郎が技術オンチの人でもわかるように優しく解説します。
■Who is 「ものづくり太郎」?
――失礼ですが最初に「ものづくり太郎って何者?」という素朴な疑問にお答えいただいてもいいですか?
ズバリものづくり系でチャンネル登録者No.1を自負する赤丸急上昇中のYouTuberです(笑)。ずっとものづくり業界に関わってきて、製造業まわりの「洞察力」と「言語化力」は他を寄せ付けないと考えています。
動画制作ではものづくりに携わっていない方でも、ものづくりのことが理解できるよう、かみくだいた解説を心がけています。もともと自転車のロードレースのプロになりたくて、学生時代はフランスにも遠征したほどですが、実際のプロ選手との格差に愕然としてプロの道はあきらめました。
――そこからどういう経緯で今に至るのでしょうか?
当時、フランスで実感したのが日本のものづくり力に対するフランス人のリスペクトです。ソニー、ホンダ、キヤノンなどを知らない人はいなくて、改めて日本は「ものづくりの国」なのだと思い知りました。
それもあって、大学卒業後は製品の安全性などを評価する商品認証の民間大手に入り、トップセールスとしてさまざまなメーカーと接する機会を得ました。
その傍らブルーオーシャンとしてのYouTuberに注目、ものづくりをテーマとした動画づくりを始めて今ようやく5万人の登録者を得るまでになりました。
目標は国際展示場などで大手メーカーが集まる展示会のゲストとして講演すること。近々それも実現できそうです。
――どうしてサングラスなんですか?
こんな出で立ちなのにやたらとものづくりに詳しいという意外性が面白いかなと思いまして。サングラスはいってみればものづくり太郎のアイデンティティーです。
■そもそも「CASE」とは?
――では本題ですが、日本の産業の中で自動車関連はかなり重要な位置を占めていますよね?
絶大な稼ぎ頭です。車関連産業で全製造業の出荷額の約2割、就業人口だと全産業の約1割というイメージですね。自動車が終わったら日本は終わりです。
――いまそこに「CASE」という100年に1度の新しい波が来ているとか。そもそも「CASE」って何ですか?
Connected(コネクティッド)、Autonomous/Automated(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)の4つのトレンドの頭文字を並べたものです。車が電動化し、自動化し、サービスとつながり、シェアされる世界がそこまで来ているということです。
――ざっくり言うと何がどう変わるんですか?
ひと言で言うと車が単なるプロダクト、移動手段からサービスの一部、プラットフォームに進化します。携帯電話がスマートフォンにシフトした時、携帯=電話機、通信手段から、スマホ=情報端末に進化しましたが、それと同じイメージです。
なので「車がスマホになる」と表現する人もいます。例えば「いまどこそこのお店の前にいるから来て」と契約先のサービス会社に伝えると、近くの車が自動的に配車され、移動後は車が自動運転で駐車場に戻っていきます。車は給電やバッテリー交換を自動で行います。
――街を走ってる車がぜんぶタクシー状態? 車を選ぶ基準も変わりますね。
そうです。サービス運営会社はタクシー会社じゃなくても旅行会社や外食産業、あるいはGoogleみたいな情報産業かもしれない。
運営会社は車の利用状況をリアルタイムで情報収集してそれをAIで分析し、どこに車を配置すればいいのかや裏道はどこか、昼時はどこのお店に連れて行ったらいいかといった情報を蓄積し、即座に顧客サービスに反映します。
ユーザーはそれを体験して、より早くてより快適で、より目的に合った車(サービス)を選ぶようになります。また、乗り合い(シェア)でより安く利用できるほうが選ばれるようになるかもしれません。
車の価値は移動手段、所有欲を満たすことから、「情報を得るための媒体」としての価値の方が重視されるようになります。
――燃費やデザインや乗り心地だけはダメになるわけですね。
もちろん、スマホだってカメラや液晶、記憶容量などスペックが大切なように、車も見た目や運転性能、安全性は大事です。しかし、より重要になるのは車を媒介してどういう価値体験、ユーザーエクスペリエンスが得られるかです。
スマホで言えばゲームができたり、音楽が聴けたり、映画見れたりという価値体験、これが選択基準になっていきます。
――価値体験といっても地図の更新とか、近くのお店の情報が流れるとかしか思い浮かばないですが…。
例えば旅行と繋がるとかもありです。週末に「明日仕事が終わったら伊豆に行きたいな」という時に旅行会社がルートや旅館までパックして、配車やドライブルートもパックでサービスする。そういうニーズがあるとしたら実現の可能性大です。
――シェアサービスはイマイチ広がっていない気がします。
コロナの影響もありますね。ただ、シェアというのは車のシェアに限りません。駐車場のシェア、ライディングのシェア、サービスのシェアなどいろいろ想定できます。
さきほどの週末旅行であれば、伊豆に行く人を相乗りにすれば低料金で提供できます。これはプランのシェアですね。シェアに関してはもっと広義で見ないとダメです。
■中国ではすでに未来が始まっている
――でもインフラの整備とか、実現はまだだいぶ先の話ですよね。
日本ではトヨタ自動車が裾野市の「ウーブン・シティ」の建設を始めました。ここでそうしたサービス実験が行われる予定です。しかし、中国の雄安新区ではすでに政府主導で大規模な実験が始まっています。
ここは習近平政権肝いりの国家プロジェクトで、最先端の企業や研究機関が集まっていて、2050年には人口1000万人の都市ができあがる予定です。ちょっと次元が違います。さっきの自動のバッテリー交換とかもすでに実装されてて、もうメチャクチャ進んでます。
――そのプロジェクトの狙いは何ですか?
いま僕が説明しているのは車の分野のDX(デジタルトランスフォーメーション)、つまり、環境変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、製品やサービスをどう変革するかという話です。
DXの時代は、顧客が何を求めているかというデータを誰よりも早く集め、製品・サービスに反映し、早回しで価値体験を進化させた者が勝ちます。雄安新区がその最前線にいるということです。
■トヨタがEVシフトしない理由
――「CASE」時代はAppleやGoogleがトヨタの競争相手になるとか?
もちろんライバルに加わってきます。車を製造していないこうしたITのメガ企業が容易に参入できるのは、企画開発だけ自分たちでやって生産を外部に委託できる環境があるから。
日本のシャープは台湾の鴻海(ホンハイ)に買収されましたが、鴻海は世界最大のEMS(製造請負)、つまり量産規模でのロット生産業務を主体的に担う企業です。ものづくり太郎がテスラ以上に注目するのが自動車産業でこのEMSに相当するオーストリアの「マグナ・シュタイア」という会社です。
この会社はベンツやBMWの生産も受託していて、Apple、Googleもここに委託すれば容易に市場参入が可能です。さきほど話したようにCASEではサービスの概念が上位に来ますから、自動運転や各種の体験価値の情報を早回しできるApple、Googleはそこを強みに攻勢をかけてくるはず。
中国もそれを承知しているので、先手を打って先進的なサービスを提供できる会社を育てようと躍起になっています。
――ヤバイですね。日本のメーカーにとっては「CASE」は危機? チャンス?
危機という論調もありますが、そのマインドがダメ。チャンスと捉えるべきです。現状、電気自動車(EV)ではテスラが1人勝ちの状況ですが、トヨタもプリウスで培った技術を使えば簡単にEVの生産は可能です。
###【動画】デジタルトランスフォーメーションの本質を解説‼
部品点数を比較すると、ガソリン車が約3万点なのに対してEVは約2万点で、これにシフトした途端、不要な部品サプライヤーがたくさん生まれます。ここが悩ましい。
しかし、世界のメガトレンドは完全にEVシフトで、この流れは止められません。問題なのはそれに対して日本のメーカーが明確な戦略を示せないでいること。
サプライヤー保護は大切に違いないのですが、流れに遅れることが命取りになるかもしれない。早々に地域別に戦略を構築し、未来へのルートを示すべきです。もちろん、そんなことは経営者も百も承知だと思いますが。
――何年か後には日本の街中をApple CarやGoogle Carが走ってるかもしれない?
はい。彼らは価値体験についてはお手の物なので、いまスマホで起きているようなことが車でも起きます。みんなGmailを使い、Apple Musicで音楽を聴き、YouTubeで映像を見て、Amazonで買い物をする。日本は空洞化します。怖いでしょ?
――日本の自動車メーカーが生き残るためにはどうしたらいいですか?
ものづくり太郎としてはこうした状況を見て黙ってはいられません。僕は工場に生き残りのヒントがあると考えています。工場はまだまだ変革の余地があるので、そこに活路を見出したい。その話は別の記事をお楽しみに。