■日本でも広く普及する「QRコード決済」
最近、町中の個人経営の商店でも「PayPay」や「LINE Pay」が使える旨の掲示をしたところが、急速に目立つようになった。いずれも店頭に掲示されたQRコードをスマートフォンで読み取り、支払い金額を店員に示して確認してもらい、事前にチャージしておいた金額から引き落とす方式が利用できる。いわゆる「QRコード決済」である。
現在、国内最大の利用可能店舗数を誇るサービスは「PayPay」。約194万カ所で支払いに使える。会員数は約2,500万人。サービス開始は2018年10月であるから、わずか1年数カ月しか経っておらず、まさに急成長といえる。
中小の事業者にとって、QRコード決済を導入しやすい条件として、導入費用が無料、もしくはきわめて安いことが挙げられる。「PayPay」の案内によると、支払う費用は導入時にはまったくなく、決済システム利用料も2021年9月30日まで無料とのこと。入金手数料は、ジャパンネット銀行の場合は無料。その他の金融機関は2020年7月以降、累計決済金額1万円以上で都度入金の場合のみ税込105円が必要で、それ以外(当月末締め)なら無料となる。
設備面で必要なのは、加盟店の売上管理ツールにアクセス可能なパソコンなどの端末と、専用のQRコードだけ。専用端末を設置し、決済手数料も日本では高額といわれるクレジットカード決済やICカード決済と比べて手軽なのだ。
■長良川鉄道が車内の運賃計算に導入
JR東日本は今年2月1日から、新宿駅にQRコード対応の自動改札機を試験的に設置している。3月14日開業予定の高輪ゲートウェイ駅にも同種の自動改札機を設置し、モニターを対象に、QRコードでの乗降の実証実験を行うとしている。
これは「PayPay」などへの対応ではなく、すでに運賃・料金を収受した証明として、磁気情報やICカードへ書き込まれた電子情報に代わってQRコードをきっぷに印刷し、自動改札機を通過できるようにしようという取組みだ。その場で決済が行われる「Suica」などとは異なる。
同種のシステムは、すでに沖縄のモノレール「ゆいレール」で本格的に導入されている。ゆいレールでは乗車券に印刷されたQRコードをかざせば、自動改札機を通過できる。また、空港の搭乗口でも、もはやおなじみのしくみとなっている。JR東日本の取組みは、より広範囲にわたって発売される複雑な乗車券・特急券の情報をQRコード化し、それを読み取って改札する試みとなる。
メリットとしては、自動改札機の複雑な情報読み取り部を簡略化できる、つまり省力化、コストダウンにつなげられる点がある。デメリットはICカードと比べて処理速度が遅いこと。那覇市くらいの都市規模、利用者数ならともかく、東京など大都市圏のラッシュアワーへの対応は難しいであろう。将来的には、短距離・近郊区間の改札はICカード、長距離きっぷはQRコードという「棲み分け」が行われるものと考えられる。
これに対し、中小民鉄などにおいて、QRコード決済そのものを導入する動きも見られる。すでに定期券などを発売する駅の有人窓口において、「PayPay」での支払いが可能になった例としては、湘南モノレール(神奈川県)、上信電鉄(群馬県)、ひたちなか海浜鉄道(茨城県)などがある。
一方、美濃太田駅を起点に郡上八幡駅、美濃白鳥駅を経て北濃駅まで走る岐阜県の長良川鉄道では、ワンマン列車の車内での運賃支払いに「PayPay」が利用できる。2019年7月1日にサービスが始まった。
同社は「11店舗を経営している事業者」と同じと考え、保有する11両それぞれに固有のQRコードを取得。乗車券をあらかじめ購入せずに乗車する際、整理券を取って乗車駅を証明する点に変わりはないが、下車時に運賃表を確認して車内数カ所に掲示されているQRコードを読み取り、運賃額を「PayPay」のアプリに打ち込み、整理券とともに運転士に示して確認してもらう方式での乗降が可能となっている。
■初期投資、ランニングコスト削減にも資するQRコード決済
ワンマン運転の列車自体は、日本全国でごく一般的に走っているものであり、長良川鉄道においても、乗降方式はとくに変わりない。乗車側の後ろ扉に整理券発行機があり、運転台付近に運賃表と両替機付き運賃箱が設置され、前側の扉から降りる。これらは、どこの事業者でも見られる設備だ。
「PayPay」での支払いが可能となって、変わった点といえば、運賃表などにQRコードが添えられ、おなじみの「PayPay」のロゴが運賃箱に貼られただけである。
ただし、これで利用者側、鉄道事業者側の双方の負担が減ったことは確かだろう。筆者も実際に乗車し、「PayPay」での支払いを試みた。利用者は、引き去るがままに任せるICカードとは違い、自分で運賃額を確認する必要があるものの、両替をして小銭を用意する手間はなくなる(長良川鉄道の最大運賃額は1,720円)。また、経費の管理もしやすくなる。事業者側も両替金など現金の準備、管理の手間が削減できる。
なにより、こうした合理化がほぼ初期投資、ランニングコストなしで達成できたことが大きいと考えられる。まさに中小の商店へ急速に普及した理由と同じなのだ。
「Suica」などのICカードで乗車できるローカル線や中小民鉄も増えており、たとえばJR西日本の境線、富山地方鉄道などがある。JR東日本では、駅で利用できない線区であっても、車掌が乗務していれば列車内で「Suica」を使って乗車券を購入できる。これらの鉄道では、ICカードリーダーを車内に取り付けるか、乗務員がハンディタイプの読み取り機を持たなければならず、それなりの投資が必要である。
しかし、利用者数が少なく、経営状況が厳しい中小鉄道において、投資に対するメリットは薄い。新規事業者が全国共通利用ICカードに参入しようとすると、設備の取付けや精算システムの構築など、非常に時間がかかるそうである。
その点においても、QRコード決済は手軽だ。「PayPay」では、審査などに最短1週間程度あれば、サービスを開始できるとしている。
一方、QRコード決済のデメリットとして、車両数が多い鉄道では導入しづらいことが考えられる。また、スマートフォンを持たない人が多いと思われる高齢者にとっても、メリットは少ないかもしれない。とはいえ、現金払いも可能である以上、それは導入への足かせにはならないだろう。
「PayPay」だけでも、現状、利用者数は約2,500万人にも達している。もはや、その普及ぶりに疑いの余地はない。大都市近郊のように、ICカードに対応したほうが「共通化」のメリットが大きい会社もあるだろうが、ワンマン運転を行う列車のスムーズな乗降に役立てるならば、両方を導入するメリットもあるはずだ。
QRコード決済サービス側にとっても、利用者数が多く、会社自体への信用もある公共交通機関が導入すれば、大いにアピールできよう。鉄道・バス事業者による積極的なアプローチは、キャッシュレスサービスの利用者としても歓迎するところ。導入事業者の拡大を期待したい。