人間中心のAI社会の実現を目指す日本

世界中で進む「AI(人工知能)」の活用。日本でも政府が、Society 5.0の実現に向けて、2019年3月に「人間中心のAI社会原則」をまとめるなど、動きを見せている。

この人間中心のAI社会の実現に向け、同原則では、「人」、「社会システム」、「産業構造」、「イノベーションシステム」、「ガバナンス」の5つが掲げられ、特に人の面に関しては、教育改革によって、数理、データサイエンス、AIの基礎などの必要な力をすべての国民が育むことが目標とされ小中高校、大学、そして社会人のすべてでリテラシー教育の実施や、応用基礎、エキスパート育成に向けた取り組みが求められている。

その一方で、近年の教育現場では、AI関連を使いこなす上で重要となる「行列」が、そして2022年度からは、「ベクトル」が文系の必修科目から削られる予定となっているほか、企業のAI人材の育成に注力する必要性が求められているが、具体的な潮流となるような動きはまだ見えていない。果たして、こうした現状を踏まえ、日本の教育機関や企業は、どのようにしてAI人材を育成していけばよいのか?。2019年10月某日、都内某所に4人の各分野のエキスパートに集まってもらい、日本における数学・AI教育の未来とはどうあるべきなのか、議論を繰り広げた。

この議論に参加したのは以下の4名(肩書はいずれも対談時のもの)。

  • 東京大学 名誉教授で同大 数理・情報教育研究センター 特任教授の藤原毅夫氏
  • NTTコミュニケーション科学基礎研究所 フェロー・特別研究室長 機械学習・データ科学センタ代表の上田修功氏(理化学研究所 革新知能統合研究センター 副センター長)
  • アクセンチュア株式会社 デジタルコンサルティング本部 アクセンチュア アプライド・インテリジェンス日本統括 兼 アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京 共同統括マネジング・ディレクター 博士(理学)の保科学世氏
  • MathWorks Japan アプリケーションエンジニアリング部(テクニカルコンピューティング)部長の宅島章夫氏

司会:今日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。今回のこの会談の中心となるテーマが「AI人材とはなんなのか?」という話ですので、この時間の限られた議論の中だけで語りきれないほどの大きな話です。ですので、最終的に、こういった人材がAI人材として必要な要素になる、というメッセージを出せればと思っています。

それでは、初めてお会いした方も多いと思いますので、自己紹介をお願いできればと思います。

上田(以下、4名ともに敬称略):NTTコミュニケーション科学基礎研究所 フェロー・特別研究室長 機械学習・データ科学センタ代表の上田修功です。クロスアポイントメントで理化学研究所 革新知能統合研究センター 副センター長を兼務しています。専門は統計的機械学習で、20年以上研究しています。

宅島:MathWorks Japanの宅島です。主にソフトウェアのプリセールスとして、ライセンス購入前にいろいろと検討されている人に、技術的な支援を行っています。技術領域としては、MATLABを扱っていて、中でもAIやデータサイエンスの領域に対するサポートをしています。

担当しているお客様は、一般企業、官公庁、教育機関と、AIを対象としているすべての分野に関わっていますので、今日のディスカッションは非常に楽しみにしています。

保科:アクセンチュアの保科です。アクセンチュアでは、2つの役割を担っています。1つは、アナリティクスやAIを活用したビジネス変革を推進する「アクセンチュア アプライド・インテリジェンス」の日本統括です。技術は社会に適用(アプライ)して初めて役立つものなので、「アーティフィシャル・インテリジェンス」ではなく「アプライド・インテリジェンス」と名付けています。

もう1つは「アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京」というイノベーション拠点の所長です。私の専門はアナリティクスやAIですが、それに限らず、ここを拠点にいろいろなお客様と新しいサービスを生み出しています。

藤原:東大の藤原です。専門は物理の理論でして、なぜ物理の教授がこんなところに、という感じですが、もともと所属していた工学部の学生全体に対する数学教育というものを、演習から講義から、1つの本務として大学の中で続けてきました。

もう定年をとっくに迎えているのですが、その後も特任教授として、また最近は2年ほど前に設立された数理情報教育研究センターに所属し、全学の数学教育のさまざまなことを担っています。今も講義もやってまして、最近も新しい数学を勉強しています。

実は東大は2019年4月より、全学の学生、職員、研究者のすべてにMATLABを使えるようにしたのですが、そのまとめ役というか、旗振り役もさせていただきました。

司会:藤原先生が今、職員も、と話されましたが、一般の事務職員もMATLABを使うんですか?

藤原:誰でも、東大のメールアドレスを持っている人であれば制限なく使えます。そういう状況にあります。実際に職員も使っていると思いますよ。かなりの人が使っているし、私どもも使うことを推奨しています。

司会:いきなり、人材育成をどうするか、という根底に関わってきそうな話がでてきましたね。

藤原:それは我々も意識していて、今の五神総長も数学教育に理解を示されています。

  • AI人材

    東京大学 名誉教授で同大 数理・情報教育研究センター 特任教授の藤原毅夫氏

AI人材とはなんなのか?

司会:その辺の話はまた後で議題として出てくると思いますので、さっそく議論を始めさせていただければと思います。

まずは、それを定義すると困るという話もでてくると思いますが、"あくまで所属組織の見解などを抜きに、一個人の見立てとして"、今現在、社会で言われているAI人材とは、どのような人間であるのか、ということをお聞きしたい。これ、ここだけ切り取って、変な風に使おうと思う部外者の人が出てきたりしても困るので、2回言いますけど、「あくまで個人的な意見」としてのご意見をうかがいたいと思います。

保科: 一言で言ってしまえばAI技術のベースとなる機械学習を使いこなせる人材だと思いますが、求められるスキルは幅広いと感じています。

まず、現実社会にうまく適用できるアルゴリズムを選択すること。次に、現実社会のデータに合わせモデルをチューニングし、ビジネスで活用するのであれば、あわせてAIの活用を前提として業務や業務システムを再設計すること。継続的なデータ供給の仕組みの構築、機械に学習させるデータを作るためにアノテーションも必要になるかもしれません。

また、AIを使うには、データに偏りがないか、運用中にバイアスが取り込まれないか、きちんとAIのシステムを管理することも必要です。さらに、AIを正しく使うためにAIの振る舞いをきちんと説明できることも大切です。このようにAI人材と一言で言っても幅広い役割があります。

ビジネスで活用するAIのシステムを作るためには、当たり前ですがビジネス視点を持つことが重要です。狭く深く特定のAI技術の知識を持つより、幅広く、今どういう技術の選択肢があるかアンテナを張り、それをどうビジネスに適用していくのかを考えることが、より求められていると感じます。アルゴリズムそのものを作るだけではなく、学習データがどういう背景でどこから生まれ、それがアルゴリズムを通した結果どのようなアウトプットを生み出すのか想像できる力もまた、AI人材の質を左右する大きなポイントだと思います。

さらに大切なのは、ビジネス課題や社会課題をしっかりと捉え、解決するにはどのようなデータを集めて、そのデータにどういうアルゴリズムを組み合わせれば課題解決に結びつくかを考えることです。このような人材が真のAI人材だと思います。

ただ、これからはAIの専門家だけではなく、あらゆる人がAI技術を使っていく世の中になっていくので、AIサービスを開発する専門家に求められる素養と、AIを使いこなすための素養は別の議論になると思います。

司会:万人がAIを活用できるように、ということで、政府も年間で約100万人の社会人を対象に数理・データサイエンス・AIを育むリカレント教育を実施していくと言っていますし、海外、特に米国でも溶接工や大工などにもAIを使えるようにリカレント教育を進めるといった話題を聞きます。

保科:25年ほど前のインターネット黎明期と今のAIを取り巻く状況は似ている気がします。今は誰もがインターネットを使っていますが、そう遠くない未来に、それと同じような感覚で様々なAI技術を自然に使うようになるでしょう。

  • AI人材

    アクセンチュア株式会社 デジタルコンサルティング本部 アクセンチュア アプライド・インテリジェンス日本統括 兼 アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京 共同統括マネジング・ディレクター 博士(理学)の保科学世氏

AI時代に求められる能力=価値想像力

司会:そういった意味では、東大の例などもそうでしょうか、より幅広い人に使ってもらえるAIツールになる、といったことがMATLABにも求められてくると思いますが、どうでしょう?

宅島:今の保科さんの話にいろいろとエッセンスが入っていたと思います。MathWorksとしてはAIに携わっている方々が思考を止めることなく、自らの課題を解決できる環境を与えていく必要を感じてます。

とはいえ、まだAIという言葉自体の定義そのものもあいまいなところがあると認識していますし、それが本当にビジネス課題にアドレスできて、解決できている、インプリできているところが果たしてどれだけあるかというと、そこもまだまだこれから伸びていくと思います。

MathWorksとしてもAIを当然活用するフレームワークを提供しますが、AIであり、データサイエンスでありというところの、7-8割はデータと戦っているという方々が多いわけでして、そういうところでの知見を生み出しやすくしたり、いろいろな技術的課題、ビジネス課題を発見できるような環境を作っていく必要があると感じています。

企業の現場側ではそういった形だと思いますし、教育という現場では、それに向けて、どういった教育コンテンツを提供できるのか、といったことも考える必要があると思ってます。

司会:上田さんは企業と研究機関という2つの側面を持たれているわけですが、今のお2人の話を聞いて、どうでしょう?

上田:この議論は文部科学省(文科省)でも相当議論してきましたが、そこで思うのは、AIというそのものが雲を掴むようなものということです。

AIってなんですか? と社会からも聞かれますが、なかなか答えられない。なぜか。分野を言っていないんです。AlphaGoもAIと言っていますが、クルマや建築といった明確な"物"ではなく、いろいろな価値創造なのです。言ってみれば、今まで上手くできなかったゲームを、機械学習などを取り入れて、チャンピオンに勝つ、というプロデュース自体がAIであって、価値創造なのです。

我々のような機械学習の研究者向けに機械学習に関係するトップカンファレンス「NeurIPS」がありますが、毎回、だいたい6000件以上の投稿があって、そのうち1400件しか採択されない。幸いNTTからも数件通っているのですが、それでも日本全体の採択件数は合計で数%なのです。日本の研究者の数が少ないのは仕方がないと思います。

ただ、NeurIPSで発表される技術が、みんなが使えるかというと、そんなことはないし、そこに居る人たちがAIを意識して研究しているかというとほとんどそんなこともないです。

世の中、深層学習を用いていろいろ研究していますが、先端の研究と世の中に出ているものに大きなギャップがある。それを踏まえたときに、日本が何をすべきかというと、ニューラルネットのようにデータを大量に集めて、GPUマシンを振り回すものは予算もチーム数もまったく違っている中国などに絶対勝てない。ただ、理論研究は人によるところが大きいので、そこは多分、これからも頑張れるとは思います。

また、企業などのインフラを支えるような部分においての教育は、やはり価値創造でしょう。こんなことをしたい、と思った人は、技術などは知らなくても問題はない、技術は知っている人に聞けばよいわけですから。1から機械学習を教科書で勉強して、何年もかけても、その結果、どうなるかというと、多分、何もできない。そうではなく、世の中を見て、社会課題に対して何をすべきかを考える。理研のほうでも防災科学というチームを立ち上げて、防災に関するいろいろなデータを防災の現場からもらって、現場の人たちに学んでいる。地震などの社会課題に関することは、彼らが熟知しているわけです。

そこに、我々は技術を提供する。そういうコンビネーションを上手くやれば良いのです。それを踏まえれば、日本が、これだけ世界に比べて遅れていると言われている中でやるべきことは、研究者の育成だけでなく、価値創造ができる人の育成。理系とか文系とか言っている時代ではないですね。当然、経済学部の人が数学ができないとおかしいという話にはなると思いますが、こういう観点を持つ人がAI人材なのかなと思います。

  • AI人材

    NTTコミュニケーション科学基礎研究所 フェロー・特別研究室長 機械学習・データ科学センタ代表の上田修功氏(理化学研究所 革新知能統合研究センター 副センター長)

なぜ年齢があがるほど数学嫌いが増えていくのか

司会:実際、大学で人を育てている身として、藤原先生は、今のお話はどう思いますか?

藤原:私は工学部の数学教育と同時に、2019年4月からは経済学部の数学教育も担当したんです。基本的には、東大の学生ですので、経済学部であっても、高校までは数学の勉強をしてきているわけですが、いざやってみると、いろいろなところで数学というものを学生が面白がってない、ということをひしひしと感じます。

それはなぜかというと、数学教育、数学学習というのが成績に絡んできてしまって、純粋な学習としての本来、学生が感じるべき、興味や喜びというものと違うフェーズでものを言っているためなんです。これは、受験がそういう社会を作っているとも言えるわけです。本来なら、評価軸はたくさんあるべきなんですが、評価軸が1本になる。本来は文系の学生だって、高校の時には数学が得意だったという人は結構いるわけです。

だから、大学の在り方というものも考え直さないといけないし、大学の在り方は、中等教育の在り方と結びついていて、中等教育での数学教育、あるいは、データサイエンスに結びつく情報教育をどうするかとずっと長いスパンの問題になるわけですが、ちゃんと今考えておかないと、変なことが拡大していくのではないかと思います。

文系・理系の垣根を越えて価値を生み出すためには?

司会:そこら辺の話ですと、それをどう教えるのかということを抜きにして、日本でも2022年度から高校で「情報I」が必修になってそれなりのことが、教えられることになりそうですが、そこら辺の取り組みとして、海外の事情とかはどうなんでしょう。外資系という括りで申しわけないですが、保科さん、海外の話を聞いていたりします?

保科:私は教育の専門家ではありませんが、上田さんと藤原さんのお話を伺って思うのは、価値創造が重要であるという点では、国内外問わず、企業も似ているということです。

アクセンチュアのイノベーション拠点「アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京」では、新しい価値を創造していくために、データサイエンティストやデザイナーなど、様々な人材を揃えています。ビジネス課題を抱えたお客様に対して、デザイナーは顧客の視点で課題を捉え、一方、データサイエンティストは、データを使って課題解決に取り組みます。いわゆる文系、理系の人材が分野の垣根を超えて一緒になって新たな価値創造に取り組んでいるのです。

アクセンチュアでは、お客様の課題に合わせて社内の様々な部門からメンバーが集まってプロジェクトチームを組んでおり、人材の多様性を重視しています。これは、私の所属部門においても同様です。私の部門は博士号取得者が多数在籍していますが、意外にも、コンピュータサイエンス以外を専門とする人材の方が多いのです。ちなみに私も物理化学を専攻していました。

データサイエンティストとして必要なスキルには、文系的な要素と理系的な要素、両方あると思います。文系的な要素は、顧客体験とはどうあるべきか、あるいは社会はどうあるべきなのか、人間や社会を中心にして、物事を俯瞰的に捉えた上で課題にしっかり向き合うこと。理系的な要素としては、課題設定からデータを使った検証に至るまでデータドリブンで客観的な視点で取り組むことです。

ジャンルに関わらず、解決すべき課題を捉え、自分なりの理論、仮説を立案した上で、検証に必要なデータをどう集め、そのデータをどのような手法と組み合わせ、何を見出すのか、設定した課題に対してどのような結論を導き出すのか、学生時代にこのプロセスをしっかり経験した人材はビジネスの世界でも活躍しているように感じます。また、ビジネスの世界で活躍するためには、テーマの背後にある、根本的課題を幅広い視点で深く掘り下げる力ももちろん重要です。

藤原:数学の勉強も同じだと思いますね。つまり、これは何を数学として中等教育で勉強するか。大学教育においては、やることははっきりしていますが、中等教育の数学の教材が、計算技術を教えているところがあるわけです。でも、数学の本質は計算技術じゃないですよね。しっかりとした構造を持っているので、その構造を学ぶ中で、自分のいろいろなところに適用できる技術であったり、考え方であったり、ほかの分野への糸口だったりするわけです。そういったものに対する時間が、いったい数学教育の中で取られているのだろうかと思うと、まず取られていないのではないかなと思います。

でもだいたい高校で教えている計算技術なんてたかが知れているわけです。頭打ちの天井が決まっている中でいろいろ教えても、伸びる先がない。天井を取り払えれば別だと思いますよ。取り払えれば、どこにでも吹き出していける学生はいるわけですから。ただ、天井を押さえている以上、そうやって吹き出せる口がなくて、結局、数学に対する興味を削ぐ、といったことが起きているのではないかなと思います。

これからの数学教育に求められるもの

上田:こういう議論は教育論なのか、AIのための教育なのか、一般のための教育なのかで変わってくると思います。

数学の話も出てきましたが、もともとの地頭もあると思いますが、一般論として、個人が非常に興味を持つということが極めて重要で、そういう観点で見ると、AIや数理サイエンスの教育となったところで、興味がわかないと、上からこういう授業、勉強をしますといったところで、結局、また計算論を学ぶだけになって、なにも進歩しないことになります。

興味をわかせるというのはどういうことかというと、例えばFacebookにしても、CEOの下は全部フラットで、いろいろなアイデアを出す。アイデアを出した人を評価するし、アイデアに協力した人も評価するというみんなでシェアするコミュニケーションを上手く使ってる。そういうことが文化として出てくれば、じゃあ、もっとこれを高めるためにどんな勉強をしたらよいか、というように必要性が生まれ、人間の脳が活性化する。野球のすごいイチローに対して、代わりにラグビーをやりなさい、と言ったところで、本人に興味が無かったら絶対にものにならないわけです。

また、こうした議論でいつもコメントするのですが、ものづくりの時代はこれを作ったらマーケットを押さえられるといった低価格や低電力など、KPIがはっきりしているのですね。それは人が評価されるのではなく、ものが評価されるからです。それができたら市場を押さえられるとなったら、それは社長はじめ、チーム一丸になって一糸乱れず進む。でも今は全世界がサービス業になってきました。

もちろん、ものづくりの分野も依然ありますが、今、AIとしての観点でも問題になっているのはサービス業なので、AIでの教育とは何かの観点で語る必要があると思いますね。

ただ、数学教育はそれとは別にあると思います。これは、マグロを釣りに行きたいといったときに、釣るためには、すごい性質のよいカーボンの釣竿が必要だと言い出す。確かに、それは将来、役に立つかもしれないけど、今、マグロを釣りたいのに海にも行かなかったら釣れるわけがないのです。海に行ったら、マグロを手で掴んで掴まえてもよいわけです。そういう考え方が、求められる時代になっているのは感じます。

藤原:それはまったくそのとおりで、私が言いたかったのは、今までの数学教育ではそれはできないことがはっきり見えているということです。

非常にベーシックなことしか教えない。数学の教育者もベーシックなことしか知らない。大学で数学を教えていて、何が問題かというと、学生たちが非常に苛立っているのを感じるわけです。自分たちはAIや機械学習を勉強したい、知りたいのだが、カリキュラムの中に、それがきっちりと組み込まれていないという苛立ちです。

そもそもカリキュラムをどうやって作ればよいかということも難しいのですが、いろいろな統計などにしても、統計の数の並びに興味を持てる学生はかなり特殊な学生なわけです。そうすると、一緒に話せるベースを学生と教員が共有しないことには、学生だって、数だけ見て興味を持てる子も居るし、数の後ろにある考え方や社会とかを理解できなければ興味を持てない子もいる。本来は千差万別なんです。それに対して、きちんと対応できるような体制を作らないと、年間何十万人規模で、AIを勉強させると言っても、同じ色に染めよう、という話になってしまう。

なにをどう学ぶべきか?

司会:同じ色に染まると、これまでの話で出てきた価値の創造の仕方も同じものになってしまう可能性も出てくる懸念が出てきますね。今、教育の話が出てきたので、次の話題として、どこまで必要となる数学的な基礎を育む教育を、どういうタイミングで、どういった形で学ぶべきだと思うのかをお聞きしたい。

藤原:伝えられるのは自分の経験だけで、そういう意味では50年ほどの経験しか話せないんですけど、あまり抽象的な数学や算数は教えてもしょうがないと思います。むしろ具体的であるべきだと考えます。これはノスタルジーだといわれると、そうなんですが、ユークリッド幾何を教える方がよほど意味があると感じるんです。あれは図形ですから、図形を教えるのに何の役に立つんですかとも言われますけど、それぞれの人が自分の口で答えられるはずなんです。家の庭を造るのに必要だとか、この折り紙を折るのには何枚必要になるのかとか、いろいろなものが教材になる可能性がある。ユークリッド幾何では、みんな自分の経験を元にした話ができるわけです。

逆に、それ以上の数学的議論はできないと思います。つまり、因数分解は何のために役に立つのですか? と親に説明しろと言っても、そんなものを説明できる親はそうそう居ないわけですよ。そういった役に立たないとは言えないけど、何の役に立っているかがわからないところにもうすでに踏み込んでいるのは感じますね。

宅島:教育もボトムアップとトップダウンの迫間にあるのだと思ってます。特にAI、データサイエンスのムーブメントが起こっている中で、教育現場もビジネスの現場もどうやっていこうかという混沌とした状態で、迷っているように感じます。

日本の教育制度自体が、この学年で、これを習得して、というのが小中高大という中で定義づけされていること自体はボトムアップだと思いますが、その制度自体が先ほどのマグロを釣るにはどうすれば良いか、結果に向かって、どういうステップを踏んでいくかの思考を止めてしまうような、動きになりかねないのかな、という危惧は感じますね。

そういった教育のやり方に行けるのかどうかはわかりませんが、世の中で何かの事象を見たときに、なぜ、これが起こるのか、これを見たときに、何を学べばよいかといったことが自然と、逆引き的に引けるようになれば良いのかなとも思いますが、現実には試験という制度もあるわけですし、日々の成績の問題もありますから、そういったところに踏み出すための障壁になっている一面もあるのかな、という気はします。

  • AI人材

    MathWorks Japan アプリケーションエンジニアリング部(テクニカルコンピューティング)部長の宅島章夫氏

保科:私自身、アクセンチュアの社会貢献プログラムを通じて、デジタル時代を生き抜くために必要なスキル構築の機会を若者向けに提供しています。様々な活動をしており、その中のひとつに小学生向けのロボットプログラミング教室があります。簡単なロボットやドローンを操作するためのプログラミングを教えた後に、「君たちの身の回りにはどんな課題があるかを考え、今教わったことを使ってそれを解決するデモをしてみよう」と進めていきます。すると、時には大人顔負けの良いものを作ることがあるのです。

例えば、秋田の角館で開催したときは、身の回りの課題としてお花見の観光客が置いていくゴミ問題が挙がり、ドローンを使ってゴミを拾うデモを実演する子どもたちがいました。会津で開催したときは、遊び友達が足りないということで、野球の相手をしてくれるロボットのアイデアを、簡易なデモを通じて披露してくれました。横浜では、暑い時期でしたので、温度センサーも活用して温度が高くなるとリモコンがおもちゃの車で運ばれる、お年寄り向けの仕組みが出来ました。アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京で開催したときには、「これからはセキュリティが大事だから」と人感センサーやiPadを組み合わせ、怪しい人が近づくと警告を発しつつ写真が撮られ、それが自動転送されるような簡易な防犯システムを作る小学生がいて、とても驚きました。今あるデジタル技術を使えば、小学生でも身の回りにある課題を自分なりに見出して解決したり、興味を持ったことを実現したりできるのです。そのような場面を何度も目の当たりにしました。

今使える技術で身近な課題を解決する、といった体験を小さな頃から積んでいくことは重要ですし、一方で、数学をしっかり学ぶことは機械学習やディープラーニングに取り組む上で大切です。例えば、線形代数はどこまで教えるべきかという議論もありますが、行列やベクトルの知識はビジネスでも有用です。確率や統計は、ビッグデータを扱うにあたり避けて通れません。微分の知識も様々な予測モデルを作る際に必要となります。ただ教える側も、最新のビジネス知識を取り入れながら、学生に対して、この学問は実社会ではこう使われると具体的に示し、意識付けすることも必要だと思います。

宅島:私は技術職として、いろいろな技術領域をわたり歩いてきましたが、一番長いのはロボティクス、フィードバック制御、線形代数を応用するような世界でした。今は、AI、データサイエンスの領域に入ってきて、実際にお客様に対して、こういった課題解決を提案していきたいとなったときに、私は何を勉強すべきか、という自分自身にもその課題が跳ね返ってきてるんですよね。まさに、そういう学びというか、経験というのが教育の現場でも必要になってくるのではないかなと、子供のころにそういう経験をしておけばと思いますね。

保科:どう役に立つのかを知らないで教えられたものと、これを使うとこういうことに役立つと知ったうえで教えられるものでは、興味の度合いも違いますし、記憶の定着も変わってくると思います。

上田:まさに藤原先生がおっしゃった学生がいらだっているという話につながってくる。

藤原:僕のいらだっていると言ったのは、彼らの知識欲や向上心を満足させられない、という意味ですね。外圧に対してストレスを感じているというよりは、枠を決められて、そこから出ちゃいけない、あるいは出口を誰も提示してくれない、ということにいらだっている印象なんです。

だから、ちょっと水を向けてやれば、彼らは何でもやり始めるわけです。でも、今は社会も大学もそれを押さえ込んでいる気がします。

学生の価値を決めるもの

  • AI人材

司会:その辺の話は、根が深い問題で、ここでは結論が出ないテーマになりそうなのですが、お話を聞いていると、4名ともに、根本的な部分の志は同じように思えてきます。そういった意味では、子供の興味・関心を伸ばそうといった話は大昔から言われてきたわけですが、今は、それが簡単にできる時代がきた、ということを多くの人に認識してもらうことが重要なのかなと思いますね。企業にしても、そういうことをやらせてくれるんだ、とかそういうツールや技術をもっているんだ、と伝われば、企業そのもののブランド価値が上がるわけですし、大学にしても、企業がそういうことやれるなら、学生はもっと自由にやって良いんだ、といいやすくなるというようなことにつながるはずでしょうから。

保科:私は、学生だからこそ発揮できる価値もあると思っています。今は、世の中の動きが非常に早く、先を読むことが難しい時代です。特にAI技術はアルゴリズムだけを見てもどう振る舞うのか判らず、データを与え実際に試してみて初めてその価値が判ることが多くあります。

やってみないとわからない、機敏かつ柔軟に進めざるを得ないというときに、自由な発想でとりあえずやってみようという姿勢が重要です。今、気軽に使えるアルゴリズムや環境が多数出てきており、学生が自由な発想でチャレンジできる世の中になってきていると思います。企業の立場としても、自分で色々なことを試してきた学生を採用しています。

藤原:最近は学生が怪我をしなくなったんです。昔だと、機械工作で大怪我をするとか火傷をしたりすると大事になるので、先生たちは手間がかかるけど相手をしていたんです。でも今は、コンピュータとソフトウェアを用意して、データを入力するだけで怪我なんてしないわけです。だから、むしろ放っておいて、好きにやらせたら良いという感じは持ちますね。

保科:今の大企業もかなりコンサバだと感じています。よく、失敗を恐れるなと言いますが、私は企業の経営者に対しても、「失敗を恐れるなではありません、失敗を推奨してください」と話しています。特にAI技術を使う場合、実践してみないと学べないことが多いので、失敗前提で取り組まなければなりません。ただ、経営者として重要なのは、闇雲に失敗するのでは無く、予め失敗を許容する範囲をしっかりと決めることです。その範囲中で従業員をいっぱい転ばせて、いっぱい学ばせてくださいとお伝えしていますが、このような判断ができる経営者はまだまだ少ないと感じますね。

司会:そういう意味ではNTTという会社は日本的で規模も大きいわけですけど、どうなんですか?

上田:少し質問と異なるコメントになるかも知れませんが。AI技術には、基礎と応用といろいろとフェーズもあるし、数学のレベルもいろいろあるので、まちまちだと思うのですね。失敗を恐れるな云々、という話に関しては、大昔からそういう話はあるし、日本が遅れているポイントは一体何なのかということです。

なかなか難しいのですが、価値創造という観点で、若い人は頑張っていろいろやろうとするんだけど、まだ日本の制度などが追いつけていなくて、日本で今頑張っているのはベンチャーだと思うんです。大企業だと、いろいろなしがらみがあって、自由にできないことが多いのですが、ベンチャーであればいろいろ動きやすいですからね。

教育の話にしても、小学生のときから1を3で割るとはどういうことかなんて考えさせてはいけない。人間の脳には大脳基底核というのがあって、強化学習はもともとそこから来ているんですが、自信を失うと脳は活性化しないんです。結局、人間は脳で動いているので、脳をいかに活性化させるかといったときに、やはり楽しい、興味があると思うと、一気にレベルが上がるんですね。

"興味"をどうやって生み出すかが教育の根本だと思います。教育の課題として、非常に単純な言い方をすると、教育者に対する報酬が低すぎる点だと思います。

教育が事務的になるほど、教科書にあることを写すことになり、そのような状況で興味を持つはずがないのです。でも予備校の先生を見てください。もちろん大学受験というKPIに焦点を当てるわけですが、こういう問題はこうやって解くんだと教えるのですけど、解けた人たちは、なんだこうやるのか、理屈はわからないけど解けた、という経験があると、数学って面白いね、という経験につながって、そこから順を追って極めていくのではないかと思います。

例えばジュースを2人で分けるにはどうやったら良いか、といった問題の時に、まずは1人が適当に分けて、もう1人がどっちかを選べば公平ですよね、という考え方を出しても良いわけですよね。そういう色々なこと、実学と交えた教育をもっとやる必要があると思っていますが、それには先生の教え方の工夫がいるんです。

AIは絶対的に信頼できるものなのか

司会:その点については誰が悪い、文科省が悪いと、何かをやり玉に挙げたところで、それで解決できる問題ではないので、今できることとすれば、例えば親子の間でそういったつながりを育んでいく、という方向性を社会全体で作っていく、という考え方もあるかもしれません。

では、そういう社会を形成していく、という話なったときに、一方でAI社会になるわけですが、あちこちでAIが推論の結果を提示してくれるようになる。そうなったときに、AIを作る側ではなく、使う側として、AIの結果をどこまで信じてよいのか、その根拠となる素養はどこまで育てるべきなのか、その点はどう考えるべきでしょう?

上田:AIをどの分野で活用するかなんですね。例えばセキュリティなんかで使う場合には、RSA暗号などは安全性が理論保証されているわけです。でも、今の深層学習には理論保証というものはなくて、誤差逆伝播法という大昔の技術が、NVIDIAのGPUの演算性能で支えられているだけで、決して技術革新があったわけではない。中はブラックボックスですから、入力と出力のペアを単に学習するだけで、なぜそれがでてくるかは説明できない。これは、今、当たり前のように言われていることですよね。ただ、画像認識とか、音声認識とかはなぜの説明は必要としない。Aさんの声は誰が聞いてもAさんの声だし、なぜとは言わない。分野によって使える使えないは変わります。今の深層学習とビッグデータの組み合わせは頭打ちなんです。おそらく5年も持たない。逆に5年間は技術革新がなくても、価値創造があればいくらでもリードすることができるとも言えます。

手前味噌ですが、科学技術振興機構(JST)から数学と情報が融合するという新しい領域「数学・数理科学と情報科学の連携・融合による情報活用基盤の創出と社会課題解決に向けた展開」の研究総括も拝命しているのですが、そこでは数学・数理科学と情報科学の連携・融合による新たな基盤技術の創出を目指しています。

RSA暗号とか、スパースコーディングとかは欧米で数学の発想を活かした情報技術として生まれたわけで、きちんと理論保証もされている。そういうものを日本は作っていかないといけない。いわゆるデータ駆動のアプローチについては、ダメとは言いませんが、将来的には頭打ちになるので、サイエンスが培ってきたモデルや理論を捨てて、データと深層学習があれば何でもできるという神話を早く崩さないといけないという考えです。

そういう方向性でも数学の重要性がでてきていて、今回の採択者の人が九州大学のマス・フォア・インダストリ研究所に所属していて、この研究所は数学を工学に生かそうと取り組んでおり、大学をあげてかなり成功していると見ています。そういう取り組みとしては、日本は少し、先導とまでは言いませんが、いち早くシフトしていると言えるとは思います。深層学習とかでも数学は重要なわけですけど、それは数学教育という観点ではちょっと違っていて、数学の発想をどう社会に転化させていくか、ということを真剣に考えないといけないということです。そうしないと、今のAI技術における信頼性に対する問題などに十分答えられないわけです。

司会:今、九大での数学の話が出てきましたけど、実際に、数学的なツールとしてMathWorksは提供されているわけで、ツールベンダとしての立場から、こうした方が情報と数学がつながるといったことを伝えたりしてるんですか?

宅島:我々は理論を抑えた上で、しっかり実践してもらえるような方々にツールは使ってもらいたいという思いがあって、そういったことを踏まえると、単に理論だけでもないですし、単に実践だけでもないといったことに偏らないように気をつけているところはあるかなと思います。

これは教育の現場だけではなくて、製造業の現場なんかでも、似たような状況が見られることがあります。製造業の場合は、データサイエンティストという方々と製造業におけるプロセスやラインに精通しているドメインエキスパートの方々がいて、ドメインエキスパートの人たちは、歩留まりを高めるには、このバルブをこのくらいに調整すればよい、といったことを経験と感で理解しているんですが、その理由を理論として説明できないということがよくあるんです。我々としては、このデータサイエンティストとドメインエキスパートの橋渡しになるような道具として使われるようになりたいなと感じてますね。

データサイエンティストは道具を使ってみて、製造工程で起こっていることを見える化していく、あるいはその後のアイデアや発想に生かしていけるという一面がある一方で、ドメインエキスパートは自分がやっている、いわゆる感と経験を、定式化・定量化するとこういうことなんだと分かるような、そういうような観点で我々は話をしていることが良くあります。

誰が何を理解すべきなのか

司会:その辺の話は保科さんも、デザイナーとデータサイエンティストという話でしてましたね

保科:今のお話は、まさに私のビジネス上のテーマですね。データサイエンスの知識と、業界に関する知識の両方を備えていることがアクセンチュアの強みと自負しています。

データサイエンティストが産業の知識を得る方がよいのか、またはその逆が良いのかと考えたとき、アクセンチュアはコンサルティング会社で各業界の専門知識を持っていますので、業界の専門家がデータサイエンスの知識を身につける方がスムーズだと思っています。近い将来、どの業界に携わる人であってもAIの知識を身につけて、使いこなしていかなければならない時代が来ると思います。そのときに、ちょっとした数式が出てきた瞬間にダメ、とならないようにする必要はありますね。高校の数学までの知識があれば、大抵のAI技術は理解できるのではないかと思います。

宅島:そうですね。どちらかが、ということはないのかなと個人的にも思ってますが、やはり、難しい問題であるとも常々感じているところです。

変化する社会にどう対応していくべきか

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司会:日本の社会すべてにおいて、すべての産業と置き換えても良いかもしれませんけど、AIを活用しましょうとなったとき、コンサルティング企業やSIerが、そのすべてを賄えるわけがリソース的にないわけですよ。そうなったときに、AIを作ってくれるのはそういう会社で良いかもしれませんけど、それを渡された使う側は、どの程度、作ってくれる側との知識や技術の溝を埋める必要があるのでしょう。そもそも埋める必要があるのか、という点も含めてちょっと聞いてみたいと思います。

保科:例えば、料理ロボットを使って料理を作るとしましょう。どのタイミングで何を投入し、何度でどう加熱するかなどの最適解は、過去の調理データを投入することでロボットが学習し、美味しい料理が完成するかもしれません。

このように今後、素人でも使える便利な仕組みが次々と出てくると思います。ただし、何も知らないで盲目的に信じて使ってもよいのかというと、それは違うと思います。

ロボットがどの程度の学習でどこまでの精度で動くのか、という勘所を掴んでいなければ失敗も起こり得ます。例えば、この料理ロボットは食材を大雑把な種類だけで判断し、味見もできないから、料理に合った肉を自分で選ばなければ美味しく作れない、などということは普通に起こるでしょう。根本的に、今やっていることに疑問を持つということは、技術がいくら進んでも必要になってくるのかなと思います。

宅島:現場でAIを適用する場合、ルールやプロセスというものと、必ずセットになって入ってくると思いますので、知識や教養として持っていないといけないところと、そうでないところを分けて考える必要がある気はしますね。

藤原:こういう話は、学生のときに学んだことが一生涯通用するわけがないという前提に立ってもらわないと、成り立たないと思うんです。

というのも、私が学生のときに勉強した数学とか、応用数学、計算機科学と今の内容ではまったく違います。でもやっぱりそれを教えているわけです。それは学生のときに学んだことを使って教えているわけではなくて、学習して、今のことに近づけて教えているわけです。

学ぶ方も、そうだということを覚悟してもらわないといけないんだと思います。例えば、料理があって、数十年前の料理のガスコンロでグツグツと煮込んでいた料理と電子レンジで何分です、あるいは圧力をかけて5分でできますというのはまったく違うし、使える調味料だって違っている。だけど、日常生活では、家庭でそうやって料理をしている人だって、ちゃんとそういうことを学んでいるわけじゃないですか。だったら、こういう計算科学、データサイエンスに関わるもの、製造に関わるものだって、やはり製造の現場はちゃんと学ばないといけない。それは今までだって、そういう人たちは新しい技術を学んできたわけですけど、データサイエンスはちょっとそれと毛色が違っているところがあって、どうやって新しくリフレッシュして、みんな習っていけばよいのかを考えるべきなのではないかなと思いますね。

僕が言うのもなんですが、今教えていることが10年間通用するとはとても思えないんですよ。だから、10年後にまた学びなおさないといけないのだったら、そのつもりで教える方も学ぶほうもやりましょうね、というようにすれば、極めて気が楽になるんじゃないかな、という気がしてます。

司会:定期的に自分の知識をチェックしていく姿勢を身に着けておきましょうということですね。

保科:最新の論文を読むなど新しい動向にアンテナを張り、それを自分の分野にどう活かすか考えることが大切です。課題解決のためにどう理論を構築し、どういうデータを集めて、どのように理論を検証し、課題解決につなげるのか。全体のプロセスは変わりませんが、技術はどんどん進化していきますので、変化についていける基礎体力が問われます。特に学生の採用の際などには、そこをみていますね。

異分野交流のススメ

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司会:そういう基礎体力を持って、横に移れるか、という話につながるか分かりませんが、マイナビニュースのテクノロジー分野で扱う話題なんかも似たようなもので10年以上前は半導体と組み込みがメインだったんですが、半導体やその製造技術がいろいろなところで使われるようになって、そうやって同じ系譜の技術が垣根を越えて横展開されていることを端からですが、見えてくるわけです。そういった意味では、企業と研究機関という経路の違う2つの組織に所属する上田さんは、まさにその体現者な気もしますけど、行き来する中でいろいろ混ざったりしないんですか?

上田:NTTは企業ですし、IPの問題がありますから、理研の取り組みと分けて、一緒にしてはないですね。

理研もNTTもAIという道具は持っているんですけど、これだけではインパクトは無いです。今でこそ、NTTも機械学習をやっていますと言っていますが、昔は、そこまで表だって持ち上げてなかったわけです。それはなぜかというと、AlphaGoとかWatsonのようなものを作っていないからですね。道具としてはすばらしいのだけど、それを活かしたものを作っていない。

よく死の谷と言われますが、これが学術の世界なら良いのです。世の中の人にわからなくても、ノーベル賞を取ったんだから、すごいことだ、と言えるわけですから。しかし、工学などの分野では、モノができないとダメということもあって、機械学習のような応用数学にアルゴリズムといっただけでは、インパクトが弱いです。それが医学や防災という分野で、使いたいと言ってくれると、成果を具現化することができるようになりWin-Winの関係になるわけです。

そういった意味では、機械学習の人たちがほかの分野の人たちと連携がしやすくなったので、良い流れになってきたと思います。ただ、ここで重要なのは言葉が全然違うということを認識しないといけない。極端なことを言うと、日本語とフランス語で会話をしているような状態になり、お互いに何を言っているのかがわからないといった状態に陥るんです。そこをやはり時間をかけて、彼らの問題としていることは何で、我々はそこにどう貢献していけるかといったコミュニケーションをうまくとらないといけない。

コミュニケーションに関しては、理研AIP(革新知能統合研究センター)のセンター長である杉山さん(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻 複雑システム講座 複雑計算科学分野の杉山将 教授)が、海外にも知人が多く、海外の大学とワークショップをしているのですが、ワークショップでは、一般的な自分たちの研究成果を話して終わり、ではなく、ディスカッションなんですね。適当にグループ分けをして、例えばロボットについて1時間議論をしてもらって、その結果を発表してもらうといったことをやっている。

これが直接研究成果につながるかはよく分からないんですが、コミュニケーションという自分の意見を言う、人の意見を聞く、新しいものを作る、ということにつながるのは確かだと思います。こういう活動は日本では少ないですね。

AIPの特別顧問を務めていただいている金出武雄先生も、日本の論文はつまらん、と良く仰っておられます。イントロ部分で、これこれこういうことがあるが、こういう欠点がある、それを私が非線形化するとかなんとか書いてあるんですが、新しい問題を言っていないというんです。そこには、Howに関するインプルーブ(改善)を言っているだけで、新しい問題を作ったりできていない。そういうことは欧米が強いわけです。それはなぜかと言えば、そういうディスカッションを日ごろやっていて、自分1人になってもそういう考えをめぐらせているからなんでしょう。それが新しい独創的なアイデアにつながる。

日本は改良したりするのが得意なので、ものづくりにおいては、確かに市場を押さえてこれましたが、これからのAI時代、サービスの時代になる。そうすると改良じゃダメなんです。最初に検索エンジンを作ったGoogleがすごくて、あるいは最初にFacebookを作ったのが良くて、二番煎じじゃもうダメなんですよね。だから、やはり異分野とディスカッションしていくということが、結果的に良い結果を生み出していくと思うわけです。

保科:アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京では、異分野ディスカッションに積極的に取り組んでいます。さきほどもお話しましたが、ワークショップにはデータサイエンティストとデザイナーが共に参加します。そこに、業界の専門知識を持ったコンサルタントと課題を持ったお客様が加わり、一緒にプロジェクトに取り組みます。目の前に見えている表層的な課題では無く、そもそもの根本的な課題は何なのかを洗い出し、皆で議論を重ね、実験的な取り組みも交えながら課題解決を目指しています。

司会:そもそも論の課題は何か、ということは往々にして忘れやすくて、よく小手先の技術にこだわった話になったりしますよね。

保科:はい。製品や技術の話が先行しがちですが、まずはお客様の課題は何か定義する必要がありますね。

真に生き残るサービスを考えるには、目の前に見えている課題よりも、5年後、10年後の社会課題について様々な分野の人たちと話し、考えることが有効でしょう。決して答えがあるわけではありませんが、そういうことを考えながら、今の自分の持てる強み、例えば今所属している会社の強みを活かして、どうサービスを作ったらよいのか考え続けることが重要です。そして考えるだけでなく、足りないところは様々な分野の方々とお互いの得意分野を組み合わせながら実際にサービス作りを行い、上手く行かなればどんどん次の手を打っていくことです。

藤原:自分自身の経験で恐縮なんですが、東大から7年くらい筑波大学に行ったんです。東大では物理工学で、物性物理だけのグループだったんですが、筑波大に行って、物質工学系というところに職を得たんですけど、これは物性物理はもちろんですが、金属工学、電子工学、応用化学、白川先生(白川英樹 現 筑波大学 名誉教授。2000年にノーベル化学賞を受賞)と同じところだったんですけど、それから生命科学、みんな同じところに入っているわけです。

いわば、強制的に異分野交流をさせられていたわけです。これは非常に私にとって、自分の分野を広げる意味で役に立ったし、結構嘘も吹きこまれもしました。異分野だったので何を言われても、みんな本当に聞こえてくるところがあって、声が大きい方が勝ってしまうという風土を経験したわけですね。でもやはり、異分野交流という経験は、自分の分野を広げるのにものすごく役に立ちましたね。

現在、私は数理科学の分野に居るわけですが、物理と比べて、例えば理論物理についてもずいぶんと言葉が違うわけです。それから発想も違う。そういうところで、もちろん、数学そのものを議論しているわけではないですが、かなり色々、そういう人たちから学んでいるというのがあります。

ただ、だからといって、学生にいきなり異分野交流をさせよ、というのはあまり感心しない。専門をきっちりと勉強しなさいというのが先です。本来、きちっと専門を持つべきで、きちっとした専門を持ってもらって、その後に異分野交流などをかなり強制的にやった方が良いと思っています。すべての目的に対して、それは正しいんじゃないかなと感じますね。

保科: アクセンチュアでは、色々な分野の博士を採用しているとお話しましたが、分野は何であれ1つの領域をしっかりと理解し、自身の力で研究を遂行した、という博士課程ならではの経験を評価しています。しっかりと自身の専門分野を持ったうえで、他の領域にも興味を持ち、他分野でも自身の知見を活かせる幅広さのある人材が、アカデミックだけではなく、ビジネスにも有用だと思います。

藤原:そういう意味だと、異分野の人とコミュニケーションできるという能力が結局は一番必要という感じがしますね。応用数学の人と、物性、計算をする人が会ったときに、やはり言葉が違う。ほとんど重なっているはずなのに、お互いに言葉が通じないということを非常に経験しましたね。

AI時代に求められるコミュニケーション能力とは

司会:理系的な話をしてきたつもりが、最終的には文系的な、ある種の感覚的な能力ですよね。コミュニケーション能力。上田さんが文系、理系なんて意味がないという話をされてましたが、必要とされる能力的には、まさにそのとおりになってきたように感じますが、実際はそうは言っても1人でなんでもこなすのは現実的ではないので、保科さんはデザイナーを入れるという話をされた。AIエンジニア、データサイエンティストが現場の話を聞いたとき、デザイナーは翻訳機の役割をするのかな、と思いましたね。

保科:データサイエンティストはアルゴリズムを作り、そのアルゴリズムによって何かしらの「最適解」を導き出すわけですが、その「最適解」が必ずしも人の感性に響くわけではありません。

一方、人の感性にどうすれば訴えられるか、というのはデザイナーが得意な分野です。お互いが協力し合いながら結果を出すというプロセスが重要なのです。また、言うまでもなく業界の専門知識も必要です。

様々な領域の専門家が、互いに優れたところを認め合いながらサービスを作り上げていく、こうしたコミュニケーション能力が重要だと思います。その領域に対する知見を持つ人が中心となってあるべきサービスを考え、データサイエンティストは、データとアルゴリズムを駆使して目指すべきサービスをどう実現するのかを考え、デザイナーは顧客や消費者の感性にどう訴えていくのかを考える。チーム一丸となって取り組んでいかなければなりません。

上田:今の王道としては、AI時代においてどういったデータサイエンスや数学教育を行っていくのか、だと思うんですけど、もっと本当に大切なのは、日本人にとっては国語能力、コミュニケーション能力。英語なんて、そのうち5年とは言わないですけど、10年も経てば完全な自動翻訳ができてるでしょうから、音声認識で全部翻訳してくれるようになるので、そんな勉強をしていても無駄だと個人的には思ってます。

ただ、国語と言ったのは、別にジャパニーズと言ったわけではなくて、自分の思いをきちんと文章にして、相手にわかりやすく、インパクトのあるように伝える能力を指してます。英語で書くか、フランス語で書くか、日本語で書くかは関係ない。

研究資金の獲得に向けた申請書の審査もしてますけど、研究の意義、価値をクリアに書かれていることが必要条件ですね。十分条件は藤原先生が仰ったとおり、得意技がない人はダメなんですよね。最初からふわっとして、私はコミュニケーション能力がありますといっても、ダメで、まず何かを磨かないといけない。

ただ、そこに閉じずにそこから拡げるためにはコミュニケーション能力がないといけない。そのためにはまず国語力ということかなと感じています。

それが培われるまでは、数学は計算ができる、1/3で割るといったら、ひっくり返してかけることができるといったことや、論理的な思考ができるといったことが優先されるべきだと思います。

きちんと人に話すためには論理が通っていないといけない。何を言っているか支離滅裂だと良くないので、そのことをまず小中学校でできるようになればよくて、大学生くらいになってきたら、専門分野でいろいろやるようになるわけですけど、それらに共通するのが国語力とコミュニケーション能力。それがないと、いくら数学を鍛えたり、授業をやったとしても、今のAI時代にはなかなか社会にでて、異分野交流とかをやるときに、お互いの理解に苦しむこととなる。

医療機関と共同研究した際の経験ですが、がん研究をAIを使ってどうやっていくか、というレクチャーを受けた際に、専門用語を次々と使われるわけです。そういう専門用語が並ぶ話を聞かされて、ではそこに機械学習がどう使えるか、ということは内容を理解できていないので、分かるわけがないんです。

ここで突っ込みを入れられるかどうかなんですよ。普通は、そうですか、といって、どうしようかな、と悩むんですけど、ここでちゃんと分かりません、と、もうちょっと我々がわかるように話をしてくださいと何度も何度もやっていくと、やっと我々がわかるレベルに落ちてくるんですね。専門家はそういった専門用語を普段、当たり前のように使っているから、相手が分からないということが分からないわけです。

我々は、道具屋であり、先方はその道具を使って何ができるかを知りたい。そうなったときに、我々は問題が理解できていない、ということを切り込みながら、何度も何度もやり取りをするということをやりましたが、そういうことが大切なんだと思うんですね。

だからコミュニケーション能力と言っても、アナウンサーが早く正確に言葉を伝えるということではなくて、深く的確に、相手に対して適応できていけるか、ということであるので、そうしたものは、なかなか座学だけでは身につかなくて、さっきも話に出た、いろいろなディスカッションなどを経験しながらやっていく必要があるのかなという気持ちです。経験として、そういうことをこれからやっていかないと厳しい感じですね。

保科:そうですね。私もこれまで色々なことに取り組んできましたが、その中の1つにAIチャットボットがあります。AIチャットボットを作る際はまず、「ユーザーはどんな会話を投げかけてくるのか」「その会話の裏にある意図、真意はどこにあるのか」「回答すべき答えをどのように伝えるのが良いのか」を議論します。ユーザーの意図や反応を上手く引き出していく必要性というのは、人間であろうがAIであろうが変わりませんね。 議論では、コンピュータサイエンスの専門家だけではなく、言語学や心理学の専門家の意見が有効なことも多く、様々な専門知識が必要です。

司会:チャットボット系だとNTT系のNTTレゾナントのサービスが色々なところで使われているという話も聞いていて、開発側としては、やはり自然な受け答えを作るのに苦労すると言う話は聞きますね。人間として、理解する自然な言語とコンピュータの理解する自然な言語は必ずしも同じではない。ただ、それを理解できるかどうかは、プログラマーの仕事ではないですよね。

保科:コンピュータに適した入出力と、人間が期待するコミュニケーションにはギャップが大きいので、そこを上手く翻訳してあげることが開発側に求められます。ただ、プログラミング知識は豊富でも、人と人との間の「心地よい」コミュニケーションに対する理解が十分ではない場合もあるので、そういった教育も大切だと思います。

司会:実際、そういうコミュニケーションに特化した教育はほとんど行われてこなかったわけですからね。異分野交流とまでは行かないですが、米国のアムジェン財団が行っているアムジェン・スカラーズ・プログラムの取り組みが日本でも東大や京大で行われています。海外からの留学生を受け入れるプログラムですが、やはり海を渡ってくるくらいなので、やる気があって、活発に意見を言ってくるので、それによって、これまでのコミュニティが活性化する、といった効果もあったという話を聞いたことがあります。そういう自分たちと違うものがある日突然入ってくる、という経験を企業内でやると、いろいろ面倒なことも起こると思いますが、学生のうちであれば、それほど大きな問題になりにくい。そういう意味では、学生のうちにそういった経験をしておくというのは、藤原先生のお話にもつながってくると思いますね。

藤原:講義の中でそういったことまでやるのは難しいですよね。限られた時間の中で、限られたメンバーでやるわけですから。それよりもクラブ活動として、彼らは時間無制限で面白ければいくらでも時間を使って進めていくので、そうした取り組みの中でやらせていく方がよいと思います。時々、感心するのが、工学部の中でクルマづくりをしている学生たちが居るんですけど、実はあれは工学部の学生だけでなく、経済学部とか別の学部の学生も入って、みんなで役割分担をしているんです。役割分担をするから、必然的にコミュニケーションが必要になってくるんですね。ですから、ああいう経験を、かなり違う思考をもっている学生を無理やりいれちゃうと、きっといいんじゃないかなと思うんですね。

求められる人間的なアナログな価値

司会:それはきっと企業にも言える話で、それが分かっているアクセンチュアは色々と組み合わせようとしているわけですね。ここまでの話を聞いていると、最終的に帰結するのが、まずはコミュニケーション能力を磨け、ということになる、ということになりそうですね。

上田:これまでのやり方が悪いというわけではなくて、戦後の高度経済成長期には、ものづくりでGDPもトップになり、株価も上がっていったわけです。その当時は、企業ランキングのトップ10にも日本企業がごろごろ居たわけですよ。ものづくりの時代は、完全に標準化なので、一斉にみんな一糸乱れずにやるということでよかった。その成功のストーリーがイナーシャ(慣性)としてある。でも時代は、GAFAに象徴されるようにサービス業に転換している。もちろん、ものづくりもありますけど、そうした動きにやはりまだついて行けてないというのは、なかなか人間というのは急にそんなに変えられないというところでしょう。

日本も決してダメというわけではなく、時代が変わってきていることを感じてそれに追随しようとしている。それを政府はSociety5.0というわけですね。ドイツのIndustry4.0のように掲げるわけです。でもドイツという国は実は社会科学者が非常に多いんです。だからIndustry4.0をやるときに、人文科学者がAIはどうあるべきか、というような社会体質も含めて制度設計をしている。それに比べて、日本には社会科学の専門家は100人もいないという話をある社会学の先生から聞いたことがあります。そういった点も踏まえて、人間中心社会の制度設計というものを真剣に考えないといけないはずなんです。

Industry4.0は、情報社会とされています。情報社会は標準化しないと、この端末がつながらない、という問題が発生することになりますが、人間は多様性があることが前提です。人によって好き嫌いが異なるわけですから、標準化してはいけないんです。だからこそ、ある種のコミュニケーションを取りながら、いろいろな制度を作っていったり、技術を作っていったり、サービスを作っていったりしないといけないわけです。

こうしたことはこれまでのものづくりには必要なかったので、日本から抜けていた。ものづくりの世界では、一度、これを作ると決まったら、みんなで一生懸命頑張って、それぞれ手分けしてパーツを作って、それを組み合わせると完璧なものができる、という姿が見えた。でも、サービス業でそうやって個別にパーツを作って組み合わせてみたら、あれ、こんなはずじゃなかった、といったことがいっぱい発生しているわけです。テレビ番組にしても、自信をもって制作して、視聴率が振るわなかったということも往々にしてあるわけで、これはもう、やってみるまでわからないということですよね。

司会:やってみるまで結果がわからない、というのはネットの世界も同じですね。なんでこれがこんなにウケてるの? とか何でこれがウケないの? とか、それが分かれば誰でも何億PVとか何億再生も稼ぐことができるんでしょうけど、それができないから、多種多様な記事や動画を作って、さまざまな人間のニーズに対応しようとするわけです。そういう意味では、人間というのは一番厄介な存在であり、一番面白い存在と言える。そうした人間を相手にするのであれば、将来はMathWorksのツールが人間の心理に対応しましたとかいう可能性もあるかもしれませんが、当面は、同じ人間が、相手の心を踏まえてそういった問題に対処していくしかないでしょう。

保科:アクセンチュアでは何年も前から、人中心にビジネスやサービスを考える重要性を説いてきました。いろいろなものがAIに置き換わる中で、人は何をすべきか、人の価値は何かが問われています。例えばシェイクスピアを演じるにしても、人間が演じることとロボットが演じることでは全く意味が異なります。これからは、人のブランド価値を考えていかなければいけないのです。

このような時代においては、むしろアナログであることが高い価値になると思います。例えば、ロボットホテルの登場によって無条件に高級旅館がなくなる訳ではなく、機械による自動化が進めば進むほど、人のおもてなしを大事にする高級旅館の価値は上がるでしょう。人としての価値とは何か、どう見せればよいのかが問われるのです。この時に、言わば文系的な価値、つまり、文化や歴史やストーリーを語ることが大切になると考えます。

司会:今の話を聞いて上田さんに話を振ろうと思うのですが、未来のビジョンを見せることって、人をひきつけやすい話だと思うわけです。その最たる存在がスティーブ・ジョブズでしょう。ジョブズがスタンフォードの学生向けに語ったスピーチは有名ですが、さきほどの東大のクラブ活動なども、それを通じてコミュニケーション能力を意図せずして学べるのは、東大クラスの学生だから、という話もでそうな気がしないではないんです。つまり、大学にもいろいろなレベルがあって、そうした東大や京大レベルではない学生であっても、これだけは抑えておかないといけないという部分があると思いますか?

上田:適材適所だと思います。勉強が得意な人もいれば、コミュニケーションが得意な人もいれば、世の中にものを生み出すのが得意な人もいる。人間それぞれですよね。いままでの物差しは、教育も含めて、勉強ができるということを中心に進められてきた。

けれども海外に目を向けると、例えばフランスに出張に行って、空き時間に美術館に行くと、何人かの小学生か幼稚園かは分かりませんが、子供たちをつれて、先生が芸術品を見せて、その絵などの意味を説明している様子を良く見かけるわけです。

そういった、小さいときから芸術に触れさせるといったような文化が果たして日本にあるのかな、と思うんです。そういう経験の中で、培われるものがあるのかな、という気もします。日本は残念ながら、最近はプラネタリウムなどの科学の普及なども頑張っていますけど、そういう文化的なものに触れ合う機会はそれほど多くないのではないかと思います。

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豊かな文化こそが生み出す創造的価値

司会:文化・教養がないと、人間としての価値は高められないというのはあると思います。そうすると、人間としての価値をどう高めていきましょう、ということですかね。文化に触れる機会を増やすということは、社会全体がその価値をどうやって高めていくか、という方向、つまり文化の醸成をする意識を持つ必要がある。文化というものは、貧すれば鈍するの状態だと、どんどん細っていく。文化が死んでいくということは、食べていくのが精一杯という社会を意味するわけで、そうなると、何のためのAIか、という話にもなりかねないわけです。そういう意味では、文化的教養のある人間を社会としてどう育てていくか、という話が重要になってくる。ちょっと、当初想定していた話とはまったく真逆な方向性になってきました。

藤原:私はね、そういうことこそ、家庭の役割だと思うんですよ。つまり、文化って何かというと、その人のバックグラウンドですよね。どんな親だって、それなりのバックグラウンドを持っているわけです。例えば夏休みの宿題なんかは親がもっと手をだしても良いんじゃないかと思うんです。親と子供がちょっと隠れて協力関係で合作するなんてのがありますけど、あれをもっと大々的に親子で合作したって良いんじゃないかと思うんです。そうでもしないと親から子供に、このごろだと伝わるものなんかないですよね。

昔はそれこそ、自分の商売の現場があったり、家の中で、職人がやっている仕事を子供が見て、それなりの伝統とかを引き継いでいったんでしょうけど、今は親がみんな、家の外の職場に出てしまって家庭とは違うものになってしまっている。そうであれば、いっそのこと、夏休みの宿題などは親子の合作でもよしとする、親子合作にしなさいというと、また大変なことが起きるので、強制は困るんだけど、親子合作くらいは目を瞑ってやるっていうような、そういうのもありみたいな社会にしないと、いけないんじゃないかなと思うんです。

今の世の中のあり方ってかなりストイックでしょう。子供は子供でちゃんと自分の能力を発揮できるようでないといけない。外から何も手を出してはいけない。だから友達と協力しちゃいけない、試験のとき、隣と協力するのはまずいわけですけど、試験前にもっと協力して、何か作りだすというチャンスを少し作ってやった方が良いのではないかと思うんです。だから、さきほど大学のクルマづくりの話をしましたけど、彼らは国際的なレースに挑もうという取り組みなわけですけど、そういうことを少し、後ろから、それほど見ているということをはっきりさせないで、しかし、後押しをするような、そういう空気を作っていかないといけないかなと思いますね。

宅島:そういうところが価値創造というところにつながっていくんだろうなと思いますね。

藤原:そうするとね、それがソサイエティになり、あるいは国際間になり、グループの共有関係のできるベースになるんじゃないかという気が半分思い付きで話してますけど、そんな気がします。

今、上田さんが仰られた美術館で先生が子供を連れて説明をしているということも、いわば、先生がある種の少数のグループの子供を集めて、自分がやりたいことをやることを許容する社会ができているということですよね。すべての生徒を同等に扱わなくても良いという。ある程度、それを許容するという社会。そういうことを日本も少し、余裕をもたないといけないんじゃないかな。

司会:日本だと地域による美術館や博物館に触れる機会といった格差の話もありますが、決して、文化的教養は必ず美術館や博物館に行く必要があるわけではないと思うわけです。そこはその地域ごとに、どうやってそこでできる限りの取り組みとして文化的教養を育てていくか、という話をすることが重要で、その中で生み出されるのが多様性であったり、まったく異なる見方からのアイデアであったり、さっきのマグロを釣りに行く方法の話にもつながってくるのではと思います。

保科:美術館と言えば、アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京では芸術関連のイベントを行うことがあります。プロの演奏家を招いたクラシックコンサートでは、単に演奏を楽しむだけではなく、演奏家と観客の皆さんに脳波測定器をつけてもらい、演奏と同時に脳波を可視化しました。クラシックに詳しい観客とそうではない観客の脳波を比べたところ、クラシック初心者の場合、難解な曲を聞いているときは寝ているのに近い脳波が見られました。しかし、作曲家がどういうときに、どんな気持ちでどう作った曲なのか解説された後に演奏を聞くと、同じ観客の脳波が、クラシックに詳しい観客や演奏家の脳波に近づくことが確認されました。

この時、どういう環境や状況でアーティストが作品を作り、何を伝えたいと思っていたのかが分かると、受け取る側の感覚が変わることを目の当たりにしました。芸術も技術も、背後にあるストーリーを伝えることで理解が促進されるのだと思います。

藤原:それはサイエンスも同じだと思っていて、数学でも物理でも、勉強するにしても、自然科学の勉強というのは、およそ人というものが見えないわけです。だけど数学者や物理学者もいろいろな人がいて、色々な顔を持っている。良い業績を上げているけど、人間的に嫌な奴もいるわけですよ。そういうことを知ると面白くなってくる。

阿部(MathWorks Japan。インダストリーマーケティング部長の阿部悟氏。宅島氏の付き添いとして参加していた):外野から失礼します。まさに、私もいろいろな国の人と話すんですけど、ビジネスの場でも文化的な話が必ず出てきます。今のクラシックもそうですし、歴史って身近な話のはずですけど、日本人で、例えば日本の歴史を上手く外国の方に語れる人って、どれくらいいるのかという気持ちがありますが、外国の方って結構、自分の国の歴史を理解しているんですよね。日本で歴史っていうと、鎌倉幕府がいつできたか、とかいった、入試をベースとしたような教育しかしないですし、数学や算数も同じだと思っています。あれも言ってみれば1つの教養のベースになるべきものだと思ってるのですが、そういう捉え方を社会もしていないし、教える側の立場の人もそういう理解もしていないと思います。そういうところを変えていくというのは1つのチャレンジですけど、大きな日本の国として進むべき方向性なのかなと思いますね。

外国の方たちは歴史を学ぶ上で、入試とは関係ないので、なんでそういうことが起こったの?、というのを考えるわけですし、先ほどのワークショップの話ではないですけど、そういう議論をする場を与えられるわけです。でも日本の教育は、そういう議論をする場を与えられていないですし、そもそも、そういう意見をいうことが、場合によっては、ここで変なことを言っちゃうと、あとでいじめられるみたいな、そういう社会風土というところもあり、議論をしないというところがあって、そういう社会的な付き合いをするという文化的な面と、学習のテーマとしての文化と、歴史にしても数学にしても、外国と比べるとかなりギャップがあるのかなという気がしますね。

人間中心社会の実現に立ちはだかる課題

司会:ここまでの流れで浮かんだのはバレエや能ですね。あれらは背景を知らないで見ると、何をやっているのかまったくわからない。見るのであれば、ストーリーを知った上で楽しむという、すでに教養を持っているということが前提に立っていて、そういうものを欧州ではそれなりに残してきた。藤原先生の数学者や物理学者にしても、エジソンが電球を作ったのは知っているけど、エジソンとテスラが同時代で電流戦争なんて呼ばれる技術競争をしていたとかまで知ると、より人間味が感じられる話になってくる。

最初、理系の話をしていましたが、最終的に分野や人間味という話に到達したというのも、AIというのは人間が使う道具であって、そういった意味では人間がどうそれを使いこなすために進化していくか、ということを考えれば反れていないわけです。実際問題、それを、ではどうやって実現していくのかという話は、今、この場で話すレベルの話題ではないので、結論に近づきますけど、人間中心社会となるためには、人間そのものを磨くための努力をしないといけない、という感じですか。

上田:その人間中心社会に向かおうとしている中で、研究者たちを悩ましているのは実は働き方改革です。特に企業に関しては法律順守がmustになっているので、社員に一定の日数以上の休みを取らせないといけない。

研究者という存在は土日もものを考えていたりするわけで、アイデアを思いついたら、それをすぐに計算機上で確認したいわけです。でも、土日に会社のシステムに入ると、休日出勤とされたりしてしまう。確かに、飲食店で1人でオペレーションをしたり、宅配便のスタッフが大変な思いをされているということは是正されないといけないわけですが、すべての職種を一緒に制度として勤怠を考えられてしまうと、逆に困る職種も出てくるわけです。研究者の仕事である、考えることがむしろ止められてしまう。そうなると創造性が殺されていくんです。

研究者が論文を読む、ということは、普通の人が何気なく小説などを読むのと変わらない、目的を持ったわけではない空気を吸うのと同じような行動なわけです。それを土日はやってはいけない、という話になってしまうのは考える必要のある問題だと思います。

藤原:日本の労働条件が悪い、ということはつくづく思いますね。例えば、毎年20~30万人、新しいAI人材を育成しないといけないという話をしているなかで、その数はそんなに簡単に増やせる数ではないわけです。そういう状況の中で、どこに人材が眠っているかというと、女性のさらなる社会参画につながるわけです。つまり、女性がもっと働きやすくするとか、それはひいては知的労働をする人たちの労働条件をよくする、ということが基本になってくると思います。

どういう教育をすれば、みんなAI技術者になってくれるのか、は教育の問題というよりも、そういった待遇の問題だと思いますね。

司会:AI人材を数千万円で雇います、という企業も出てきたわけですから、本当にそれがなりたい仕事になるためには、そういう環境の整備は重要でしょう。一方で、そういった人間として成り立つためには、今日の話のような人間的な魅力を高めていく必要がある。社会そのものの有り様の変化と、人間としての成長、その両輪を同時にやっていかないと、多分、真のAI人材を活用できる人間中心社会にならないのではないかなと思います。なかなか難しい話だと思いますが、ちょっとずつ、社会を変えられるように、まず隗より始めよで、自分自身を見直して、それが社会にも広がって、より人間が人間であることを謳歌できるようになればと思う次第です。お時間が来たようです。皆様、今日はありがとうございました。

議論を終えて

結論と言えるのか難しいところもあるが、AI人材として求められるのは、決して数学的能力ではなく、より人間的な魅力とも言える方向性に話が進んでいったのは予想外とも言えたが、よくよく考えてみれば、何度も話題に上がってきたように、何かの課題を解決するために、AIが使えるのではないか、ということが前提となるのであれば、その問題に寄り添うための力が求められることは確かな話であると言える。

また、上田氏が語っていた研究者が常に考え続けているといった言葉に思い当たる節がある。京セラが2019年7月に開催した「みなとみらいリサーチセンターオープニングイベント パネルディスカッション 異種格闘技戦'19」(第1部第2部)の中の1シーンだ。参加者からの質問の1つに「新しい発想ができるのはどんなときか」というものがあり、それに対する答えは(ここのパネルディスカッションに参加されたパネラーの方々は、今回の4名の参加者に負けず劣らずすごい面々であった。上田氏の発言にも出てきたカーネギーメロン大学の金出武雄 ワイタカー冠全学教授、ソニーコンピュータサイエンス研究所社長の北野宏明氏、カリフォルニア工科大学の下條信輔 教授、東北大学大学院情報科学研究科 応用情報科学専攻の大関真之 准教授、東京大学 先端科学技術研究センターの稲見昌彦 教授、映画監督として知られ、ILCの日本誘致に向けた活動を支援するサポーターとして初期から参加していることなどでも知られる押井守氏)、何日も毎日考え続けた時であったり、ひたすら考えているときに、ふとリラックスした瞬間に出てくるといった意見が多くだされ、ずっと考える必要性が強調されており、そうした意味では、一般的な休みの感覚を、そういう人たちに当てはめてしまうのは、確かにむしろ新しい成果を生み出す足かせにだってなる可能性があり、本当に国がAI人材を育成し、人間中心のSociety5.0で日本を守り立てていこう、という意思があるのであれば、少なくとも、それぞれの職種に応じた対応などを検討していく必要があるのではないかと思われる。

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    2019年7月26日に京セラが開催した「みなとみらいリサーチセンターオープニングイベント パネルディスカッション 異種格闘技戦'19」の様子。実際の模様はYoutubeの京セラ公式アカウントにて公開されているので、興味を持った人は視聴してみることをお勧めする

また、こうした成果を得るためのロジカルにものごとを考える、ということは、誰かと齟齬無くコミュニケーションをとる際にも、必要となってくるものであり、そういう意味では、コミュニケーション能力を磨くための第一歩ともいえるだろう。

どうやら、これからのAI時代とは、より人間としてどう生きるか、そのものが問われる時代と言えそうである。