AI人材とはなんなのか?

司会:その辺の話はまた後で議題として出てくると思いますので、さっそく議論を始めさせていただければと思います。

まずは、それを定義すると困るという話もでてくると思いますが、"あくまで所属組織の見解などを抜きに、一個人の見立てとして"、今現在、社会で言われているAI人材とは、どのような人間であるのか、ということをお聞きしたい。これ、ここだけ切り取って、変な風に使おうと思う部外者の人が出てきたりしても困るので、2回言いますけど、「あくまで個人的な意見」としてのご意見をうかがいたいと思います。

保科: 一言で言ってしまえばAI技術のベースとなる機械学習を使いこなせる人材だと思いますが、求められるスキルは幅広いと感じています。

まず、現実社会にうまく適用できるアルゴリズムを選択すること。次に、現実社会のデータに合わせモデルをチューニングし、ビジネスで活用するのであれば、あわせてAIの活用を前提として業務や業務システムを再設計すること。継続的なデータ供給の仕組みの構築、機械に学習させるデータを作るためにアノテーションも必要になるかもしれません。

また、AIを使うには、データに偏りがないか、運用中にバイアスが取り込まれないか、きちんとAIのシステムを管理することも必要です。さらに、AIを正しく使うためにAIの振る舞いをきちんと説明できることも大切です。このようにAI人材と一言で言っても幅広い役割があります。

ビジネスで活用するAIのシステムを作るためには、当たり前ですがビジネス視点を持つことが重要です。狭く深く特定のAI技術の知識を持つより、幅広く、今どういう技術の選択肢があるかアンテナを張り、それをどうビジネスに適用していくのかを考えることが、より求められていると感じます。アルゴリズムそのものを作るだけではなく、学習データがどういう背景でどこから生まれ、それがアルゴリズムを通した結果どのようなアウトプットを生み出すのか想像できる力もまた、AI人材の質を左右する大きなポイントだと思います。

さらに大切なのは、ビジネス課題や社会課題をしっかりと捉え、解決するにはどのようなデータを集めて、そのデータにどういうアルゴリズムを組み合わせれば課題解決に結びつくかを考えることです。このような人材が真のAI人材だと思います。

ただ、これからはAIの専門家だけではなく、あらゆる人がAI技術を使っていく世の中になっていくので、AIサービスを開発する専門家に求められる素養と、AIを使いこなすための素養は別の議論になると思います。

司会:万人がAIを活用できるように、ということで、政府も年間で約100万人の社会人を対象に数理・データサイエンス・AIを育むリカレント教育を実施していくと言っていますし、海外、特に米国でも溶接工や大工などにもAIを使えるようにリカレント教育を進めるといった話題を聞きます。

保科:25年ほど前のインターネット黎明期と今のAIを取り巻く状況は似ている気がします。今は誰もがインターネットを使っていますが、そう遠くない未来に、それと同じような感覚で様々なAI技術を自然に使うようになるでしょう。

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    アクセンチュア株式会社 デジタルコンサルティング本部 アクセンチュア アプライド・インテリジェンス日本統括 兼 アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京 共同統括マネジング・ディレクター 博士(理学)の保科学世氏

AI時代に求められる能力=価値想像力

司会:そういった意味では、東大の例などもそうでしょうか、より幅広い人に使ってもらえるAIツールになる、といったことがMATLABにも求められてくると思いますが、どうでしょう?

宅島:今の保科さんの話にいろいろとエッセンスが入っていたと思います。MathWorksとしてはAIに携わっている方々が思考を止めることなく、自らの課題を解決できる環境を与えていく必要を感じてます。

とはいえ、まだAIという言葉自体の定義そのものもあいまいなところがあると認識していますし、それが本当にビジネス課題にアドレスできて、解決できている、インプリできているところが果たしてどれだけあるかというと、そこもまだまだこれから伸びていくと思います。

MathWorksとしてもAIを当然活用するフレームワークを提供しますが、AIであり、データサイエンスでありというところの、7-8割はデータと戦っているという方々が多いわけでして、そういうところでの知見を生み出しやすくしたり、いろいろな技術的課題、ビジネス課題を発見できるような環境を作っていく必要があると感じています。

企業の現場側ではそういった形だと思いますし、教育という現場では、それに向けて、どういった教育コンテンツを提供できるのか、といったことも考える必要があると思ってます。

司会:上田さんは企業と研究機関という2つの側面を持たれているわけですが、今のお2人の話を聞いて、どうでしょう?

上田:この議論は文部科学省(文科省)でも相当議論してきましたが、そこで思うのは、AIというそのものが雲を掴むようなものということです。

AIってなんですか? と社会からも聞かれますが、なかなか答えられない。なぜか。分野を言っていないんです。AlphaGoもAIと言っていますが、クルマや建築といった明確な"物"ではなく、いろいろな価値創造なのです。言ってみれば、今まで上手くできなかったゲームを、機械学習などを取り入れて、チャンピオンに勝つ、というプロデュース自体がAIであって、価値創造なのです。

我々のような機械学習の研究者向けに機械学習に関係するトップカンファレンス「NeurIPS」がありますが、毎回、だいたい6000件以上の投稿があって、そのうち1400件しか採択されない。幸いNTTからも数件通っているのですが、それでも日本全体の採択件数は合計で数%なのです。日本の研究者の数が少ないのは仕方がないと思います。

ただ、NeurIPSで発表される技術が、みんなが使えるかというと、そんなことはないし、そこに居る人たちがAIを意識して研究しているかというとほとんどそんなこともないです。

世の中、深層学習を用いていろいろ研究していますが、先端の研究と世の中に出ているものに大きなギャップがある。それを踏まえたときに、日本が何をすべきかというと、ニューラルネットのようにデータを大量に集めて、GPUマシンを振り回すものは予算もチーム数もまったく違っている中国などに絶対勝てない。ただ、理論研究は人によるところが大きいので、そこは多分、これからも頑張れるとは思います。

また、企業などのインフラを支えるような部分においての教育は、やはり価値創造でしょう。こんなことをしたい、と思った人は、技術などは知らなくても問題はない、技術は知っている人に聞けばよいわけですから。1から機械学習を教科書で勉強して、何年もかけても、その結果、どうなるかというと、多分、何もできない。そうではなく、世の中を見て、社会課題に対して何をすべきかを考える。理研のほうでも防災科学というチームを立ち上げて、防災に関するいろいろなデータを防災の現場からもらって、現場の人たちに学んでいる。地震などの社会課題に関することは、彼らが熟知しているわけです。

そこに、我々は技術を提供する。そういうコンビネーションを上手くやれば良いのです。それを踏まえれば、日本が、これだけ世界に比べて遅れていると言われている中でやるべきことは、研究者の育成だけでなく、価値創造ができる人の育成。理系とか文系とか言っている時代ではないですね。当然、経済学部の人が数学ができないとおかしいという話にはなると思いますが、こういう観点を持つ人がAI人材なのかなと思います。

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    NTTコミュニケーション科学基礎研究所 フェロー・特別研究室長 機械学習・データ科学センタ代表の上田修功氏(理化学研究所 革新知能統合研究センター 副センター長)