東京科学大学(科学大)は5月21日、導電性高分子膜に対して電気化学的な手法を用いて高極性の化合物である「ホスホン酸エステル」を導入することで、「有機電気化学トランジスタ」(OECT)の性能向上を達成したと発表した。
同成果は、科学大 物質理工学院 応用化学系の谷口晃平大学院生(研究当時)、同・稲木信介教授、同・佐藤宏亮助教らの研究チームによるもの。詳細は、米・ワイリー社と共同でドイツ化学会が刊行する旗艦学術誌の国際版「Angewandte Chemie International Edition」に掲載された。
OECTはその一種で、半導体層へのイオンの脱挿入によってスイッチング動作を行う。有機半導体内部にキャリアとイオンが共存することで効率的に電気が流れるため、低電圧駆動が可能な点を特徴である。そのため、生体内のバイオセンサなどへの応用が強く期待されている。
OECTの活性層は、電気が流れる性質として、電子および正孔の移動による「キャリア輸送性」と、イオンの移動による「イオン伝導性」の双方が優れている必要がある。しかし、この2つの特性はトレードオフの関係にあるといえ、両方の性能を同時に向上させることは一般的に困難とされてきた。ただし、もし結晶性が高い導電性高分子膜に対し、直接的な分子変換を施すことでイオン伝導性を向上させつつ、キャリア輸送性の低下を最小限に抑えることができれば、両者のバランスを最適化することが可能になる。
これまで研究チームは、電気化学的な手法を駆使した導電性高分子膜の直接的な分子変換法を開発してきた。具体的には、導電性高分子膜を電気化学的に酸化することでカチオン(陽イオン)種を生成させ、そこに化合物「亜リン酸トリアルキル」を作用させることで、高極性なホスホン酸エステルを高分子鎖へ導入するという手法である。
しかし従来手法は、反応試薬が膜内部へ浸透しやすい「非晶性」の高分子膜に制限されていることが課題だった。有機デバイスへの実践的な応用を見据えた場合、優れたキャリア輸送性を示す「高結晶性」の導電性高分子膜に対する新たな分子変換法の確立が必須となっていた。そのため研究チームは今回、OECTの性能向上を目指し、キャリア輸送性・イオン伝導性のバランスの最適化する手段として、高い結晶性を持つ導電性高分子を電気化学的に分子変換する手法の確立を目指したという。
今回の研究では、高結晶性な導電性高分子として知られる「PBTTT-C14」(PBTTT)の膜を電極上に作製し、ホスホン酸エステル化反応が検討された。実際にPBTTTを用いて反応を行ったところ、機能化率は20%という低い値に留まることがわかった。
そこで、電気を帯びたイオン成分をあらかじめ組み込んだ「アイオノマー高分子」である「Nafion」との複合膜を採用した上での検討が行われた。その結果、機能化率の最大値は約91%に達し、反応効率が大きく向上することが確認された。複合膜の性質を調べたところ、アイオノマー高分子との複合化により導電性高分子の結晶性が低下し、亜リン酸トリアルキルが膜内部に浸透しやすくなったことが明らかにされた。また、流す電気量に応じて、機能化率を0~91%の範囲で精密に制御できることも見出されたという。
次に、分子変換された導電性高分子を用いてOECTデバイスを作製し、性能評価が行われた。その結果、OECTデバイスの性能指標の1つである「移動度×体積静電容量」(μC*)の値が、ホスホン酸エステルの導入により向上することが確認された。また、機能化率と性能の関係を検討したところ、μC*は機能化率が6~16%の範囲において最大値を示し、機能化率が20%を超えると低下することが確かめられた。これは、ホスホン酸エステルの導入により、イオン伝導性が向上する一方で、キャリア輸送性は低下することが理由と考えられるとした。
さらに、ホスホン酸エステルの導入前後の高分子を用いて、スイッチオン/オフ比やトランスコンダクタンスの比較が行われた。その結果、導入後の高分子の方が優れた性能であることが示されたとした。
今回の研究では、高い結晶性を持つ導電性高分子を電気化学的に分子変換する手法が確立された。その結果、ホスホン酸エステルの導入量を緻密に制御することが実現された。これは物性改変の度合いを定量的に制御できることを意味しており、OECTデバイスの性能向上につながることも示された。
加えて、高い結晶性を持つ「DPP-DTT」製高分子膜でも同様に実験が行われ、機能化率の制御とそれに伴うOECT性能の向上が達成されたとした。このことからもわかるように、今回の手法は他の高結晶性高分子にも適用可能であり、今後、より高性能な導電性高分子への展開により、さらなる性能向上が期待できるとする。
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(A)今回使用された高分子の構造式と機能化率制御の模式図。(B)PBTTT-C14へのホスホン酸エステルの機能化率と、対応するOECTデバイスの性能指標(μC*)の比較図。(C)機能化率が異なる各デバイスのトランスコンダクタンスと電圧のプロット特性図。(出所:科学大プレスリリースPDF)
研究チームは今後の展開として、現在OECT活性層として最も性能が高い高分子を用いて、今回のアプローチを適用しデバイス性能の向上を目指す計画だ。さらに、大面積化や生体内センサなどへの応用も進め、社会実装に向けての検討を進める意向だという。加えて、従来はホスホン酸エステルの導入に留まっていたが、他の機能性化合物の導入を試みると共にデバイス性能への影響を検討し、さらなる性能向上を目指すとしている。
