スポーツチームでのIT活用事例を追う本連載。今回は前回に引き続きラグビーチーム「リコーブラックラムズ東京」(以下、ブラックラムズ)でのIT活用を紹介したい。同チームは単にチーム強化のためにIT技術を取り入れているだけでなく、ラグビーチームの取り組みがリコー全社のDX(デジタルトランスフォーメーション)にも良い影響を与えているというので、非常に楽しみだ。

ブラックラムズ東京はなぜ“DXの実験場”になったのか

ブラックラムズは、1953年に前身のリコーラグビー部が創部という、屈指の歴史を誇る名門クラブ。1970年代には全国社会人大会や日本選手権を制覇。現在は東京都 世田谷区をホストエリアとし、その名の通り"黒"を基調としたジャージを身にまとい、リーグワンのディビジョン1という国内トップリーグで戦っている。

同チームを語る際に見逃せないのは、企業が保有するチームである点だ。プロ契約の選手と一緒に、リコー社員として企業に所属しながらプレーしている選手も切磋琢磨している。リコー社員に話を聞くと「以前ラグビー選手と一緒に働いていた」「上司が元ラグビー選手」という人も珍しくない。

  • 写真提供:リコーブラックラムズ東京

    写真提供:リコーブラックラムズ東京

データ加工時間をゼロに アナリストは戦略立案に集中

以前のブラックラムズでは、シーズン中に対戦するチームの直近のスタッツデータ(プレーの成績を統計的に数値化したデータ)を集計して戦略立案につなげたいが、データの取得に手間が掛かり、限られたデータしか得られないなど、十分な分析が行えない課題があった。

スタッツデータはStats Performが提供する「Optaデータ」から入手する必要があるのだが、同サービスはグローバルプラットフォームであり、データがアップロードされる時間にばらつきがある点も問題だったという。少しでも早くデータを手に入れたいアナリストは何度もサイトを見に行くことになり、ストレスの原因にもなっていた。

また、ダウンロード後のデータはXML形式のためCSVなど加工できる形式に変換し、Excelファイルに転記するなど、データを活用するまでの工数も多かった。これらの数値データから試合結果を分析するのは、非常に負荷の高い業務となる。

リコーのワークフロー革新センターでブラックラムズを支援する朝倉薫氏は「Excelでデータを集計し可視化できるグラフには限界があり、データを集計したアナリスト本人は理解していたとしても、その情報を選手に伝えるのが難しかった」と振り返る。

  • リコー DX本部 ワークフロー革新センター プロセスDX開発室 プロセスDX開発推進グループ 朝倉薫氏

    リコー DX本部 ワークフロー革新センター プロセスDX開発室 プロセスDX開発推進グループ 朝倉薫氏

朝倉氏らはこうした課題に対し、RPAによってOptaデータのサイトからファイルをダウンロードして加工するまでの業務を自動化。データを入手した時点でアナリストへ通知が届くため、何度もOptaデータを見に行く必要がなくなった。

さらにこれらのデータをBIツールで自動的にレポート化し、グラフなど選手に伝わりやすい形式に可視化する。ここまで自動化したことで、アナリストは具体例な戦略立案に使える時間が年間81時間も増えたとのことだ。

  • データの取得と加工に要する時間をゼロにした

    データの取得と加工に要する時間をゼロにした

ブラックラムズのヘッドアナリストを務める松浦大輔氏は「以前はデータを自分で集めて加工していたので、非常にたくさんの工程があった。新しいデータを見たい場合は時間がかかるので、異なる分析を試すのがおっくうになり、『新しいデータを見るのではなく今あるものでなんとかしよう』というマインドになっていた。しかしAIやBIツールで工程が簡略化されたので、どんどん新しいことにチャレンジしようという気持ちが生まれ、深い洞察を得られるようになった」と話していた。

  • リコーブラックラムズ東京 ヘッドアナリスト 松浦大輔氏

    リコーブラックラムズ東京 ヘッドアナリスト 松浦大輔氏

  • 可視化したデータの例

    可視化したデータの例

選手データはバラバラだった 統合を阻んだ“表記ゆれ”問題

ブラックラムズが抱えていたもう一つの課題が、選手のデータ管理だ。ラグビーチームにはコーチだけでなく、アナリストやメディカルスタッフ、フィジカル強化を専門とするスタッフなど、多くの専門家が関わっている。

そうした専門性の高いスタッフはチームとそれぞれ契約しているため、選手のデータは各組織や担当スタッフによって個別に管理されており、データ同士が連携されていなかったそうだ。

極端な例では、登録している選手の名前が「フルネーム」「略称」「ニックネーム」なども統一されずバラバラだったという。外国人選手のファーストネーム・ファミリーネームの順番が異なっている場合もあった。

そこで同チームは、機能別に分散して保有しているデータを一元化し、組織やスタッフをまたいだ統括的な分析や戦略立案、スカウティングなどに活用してチームパフォーマンス向上を図ることにした。

まずはすべてのスタッフが使用するアプリや運用ルールを統一し、現場にフィットしたデータ入力を進めた。データを集約し管理するプラットフォームも統合。これにより、組織やスタッフをまたいだデータ分析ができるようになった。

複数のスタッフが統一されたデータを確認しながら議論できるようになったことで、コーチや選手へのより深いフィードバックを可能としている。

  • チームに関わるスタッフが扱うデータを統一した

    チームに関わるスタッフが扱うデータを統一した

ラグビー事業室は“リコー全社DX”の実験場だった

ブラックラムズ東京を保有するリコーは、複合機やプリンタなどのOA(Office Automation)機器を手掛けるメーカー。近年はデジタルサービスや課題解決型のトータルソリューションの提供にも注力している。特に、オフィスで見られる3M「面倒・マンネリ・ミスできない」業務を解消し、人が人ならではの高付加価値な業務に集中できる環境作りを支援する。

同社は顧客のDXを支援するため、まずは自社内で「プロセスDX」を実践している。その際には、デジタル技術の導入ありきではなく、まずは業務理解とプロセスの見直しからスタートし、全体最適な方法の構築を目指す。

リコーは2021年に組織を変更し、社内でDXを実践するプロフェッショナルサービス部を設立。その下にラグビー事業室を配置し、データ分析や業務プロセス整理などを実践する場としての機能も期待した。現在はワークフロー革新センターと連携しながら、プロセスDX活動を推進している。

  • ラグビー事業室はワークフロー革新センターと連携しDXを進める

    ラグビー事業室はワークフロー革新センターと連携しDXを進める

ラグビー事業室にとっては3M業務の撲滅による生産性の向上や、データの利活用による意思決定とチーム強化が期待できる。一方、ワークフロー革新センターは新たなテクノロジーを試せるほか、ラグビーのチケット動向やチームのデータを分析し利活用する機会が得られる。

ワークフロー革新センターの塩谷晴久氏は「最初からリコー全体の経理や人事システムに手を加えるのは難しい。ラグビー事業室の協力によって小さく始める場が得られるので、その経験を全社での取り組みにつなげ、win-winの関係を築けている」と、取り組みのポイントを語っていた。

  • リコー DX本部 ワークフロー革新センター プロセスDX開発室 室長 塩谷晴久氏

    リコー DX本部 ワークフロー革新センター プロセスDX開発室 室長 塩谷晴久氏

その取り組みの一例が、ラグビー事業室における請求書処理業務の自動化だ。以前はさまざまなフォーマットで届く請求書を手入力で処理していたため、1件当たり20分を要していた。ここにRPAとAI、AI-OCRを活用することで、帳票の読み取りから勘定コードの読み取りなどを自動化した。

これにより、1件当たりわずか4分で処理できるようになり、年間480時間の業務削減につながった。また、月末の限られた時間で処理しなければならないという担当者のプレッシャーからも解放されたとのことだ。

  • ラグビー事業室の請求書処理を480時間短縮した

    ラグビー事業室の請求書処理を480時間短縮した

この請求書処理事例の技術をもとに、リコーの経理部門では担当者によってばらつきが生じていた伝票チェック業務に対し、AI活用を進めている。AI活用により伝票チェックは年間2000時間、ミスがあった場合の修正依頼にはAxonIvyを用いて年間1680時間、計3680時間の削減が見込めるのだという。

  • 伝票チェックの効率化は全社の経理業務へも展開されている

    伝票チェックの効率化は全社の経理業務へも展開されている

単に「スポーツチームのIT活用」にとどまることなく、リコーはラグビー事業室の業務効率化を全社に広げ、組織全体の働き方や意思決定にも影響を与えている。ある意味で最先端のテクノロジーを活用できる"実験場"になるラグビー事業室は、同社の強みでもあるのだろう。