映画、ドラマ、舞台など幅広いフィールドで活躍し、“いい人”キャラで知られる草なぎ剛が、市井昌秀監督(『箱入り息子の恋』『ハルチカ』)のオリジナル脚本を映画化する『台風家族』(9月6日公開)でなんと最低最悪のクズ男を怪演! 生々しい表情と汚い言動で強欲ぶりを爆発させる彼にいったい何が!?
映画は銀行強盗で強奪した2000万円とともに姿を消した両親の“見せかけ”の葬儀に、兄弟とその家族が集まるところから始まるが……そんな本作で草なぎが演じたのは、どんな手を使っても遺産をぶん取ってやろうと考えている4人兄弟の長男・小鉄。娘からも「自立しろ」と言われるクズ野郎を剥き出しの生々しい芝居で体現したが、その姿はこれまでになく圧倒的で人間らしい。新たな魅力を開花させた草なぎの熱い想いを、昨年7月、猛暑の栃木県で行われた撮影現場の本人の言葉で伝えたい。
――『台風家族』はかなり衝撃的な映画ですが、草なぎさんはこの作品のどんなところに魅力を感じましたか?
この映画は市井昌秀監督のオリジナル脚本を映画化するものなんですけど、もしかしたら主演映画で自分よりも年下の監督とご一緒するのは初めてかもしれなくて。自分もそういう年齢になったんだなと思ったりもしたし、長男の役で遺産相続の話なんですけど、作品に対する監督と情熱とパワーを現場でもひしひしと感じるので、僕にとってもメモリアルな、特別な作品になると思います。
――草なぎさんが演じられた鈴木小鉄はどんな仕事をしても長続きしない、お金に異常なほどの執着を見せる中年男です。
小鉄は44歳なので僕と同い年です。彼の振る舞いは観る人によってはコミカルに映るかもしれないけれど、別にふざけているわけではなくて、ただ必死に生きているだけなんですよね。監督のテーマも、僕たちキャストがそれぞれのキャラクターを演じるのではなく、実際にそこにいる人たちのように見えること。家族や兄弟の絆のドラマがそれによってリアルに描き出せればこれは本当にいい映画になると思うんですけど、演じる方は必死だし、けっこう悩んでいます。でも、どうすればいいんだろう? って考えるのは、新しい課題を与えられたようで楽しいですよ。小鉄は遺産をほかの兄弟からぶん取ってやろう! と思っている男だからめちゃくちゃ汚い(笑)。でも、めちゃくちゃ人間臭かったりもするし、より素の僕が見られると思います。
――市井監督からは現場でどんな指示、要求がありました?
監督から「芝居で小鉄に寄せるのではなく、草なぎくんの小鉄を見たい」って言われたんです。それは僕だけではなく、小鉄の奥さんを演じた(尾野)真千子ちゃんや三男の千尋を演じた(中村)倫也くんに対しても同じで。それこそ、普通の芝居はここは少し怒った感じで言おう、ここは悲しい感じを出してみようって考えながら作っていくものかもしれないけれど、市井監督はそれを嫌う人で。こう言おうと思って言ったりすると、それを見逃さないんです。でも、芝居をしないで自然にそこにいることは、自分の演技の次の段階のテーマが含まれていると思っていた節もあって。なので、いいタイミングで市井監督と出会えたと思っているし、今回の現場では極力考えずに怒ったり、笑ったりするようにしているんです。でも、そうすると自分でしかなくて。逆に回り回って僕自身でいいんだなと思うことができたので、けっこう自分が出ていると思いますね。
――小鉄に素の草なぎさんが滲み出てくるわけですね。
監督が言っていたことなんですけど、お客さんの目も肥えてきているし、2時間弱の映画を形式ばった芝居で作ってもつまらないものにしかならない。特にこの作品の場合は倫也くんなら倫也くん、(長女の麗奈を演じた)MEGUMIさんだったらMEGUMIさんのパーソナルな部分が見えないと薄っぺらいものになっちゃうと思うので、恥ずかしながら、僕も自分が出てるんじゃないかな(笑)。特にあの鈴木家の居間のシーンは、7月半ばの酷暑の中、クーラーを切って蒸し風呂状態の中で延々と撮ったからキツい作業だったけれど、汗もリアルにかいているし、全員の素が出ているから、面白いものになっているような気がする。
――兄弟感も出てきていますか?
撮影も5日目ぐらいだから、兄弟感もだんだん出てきましたね。それに、僕は自宅に犬がいるから毎日帰らないといけないんだけど、みんなはずっと泊まって合宿状態なので、本当の家族みたいになっていて。逆に小鉄はほかの兄弟とベタベタしない役だったから、帰宅することで距離感ができたのはよかったなと思う。ひとりになって、遺産をどうやってぶん取ってやろうか? みたいなことを考える時間もけっこう楽しいですしね(笑)。
――尾野さん、中村さん、MEGUMIさんとのお芝居はいかがですか?
真千子ちゃんとは『クソ野郎と美しき世界』の撮影で沖縄に行ったときに意気投合したし、MEGUMIさんとも昔共演したことがあったからすぐに打ち解けて。監督の指示に瞬時に反応できる倫也くんの泣きの芝居も最高で、みんなすごく仲がよかったから、楽しいし、それぞれにいまの自分を出している感じも伝わってきました。市井監督の脚本がいいからなんでしょうね。本当の兄弟っぽかったんですよ。でも、みんなやっぱり必死で、MEGUMIさんが緊張しているのが分かったときには僕も緊張しましたね。
――兄弟間の生々しいバトルも繰り広げられますが……。
兄弟が罵倒し合うシーンは本当に壮絶ですけど、市井監督はけっこう長回しで撮影されるので、それでドキドキ感がさらに加わりました。それこそ、僕の顔の前で2分半ぐらいカメラを回し続けたときはどんな表情していいのか分からなくなって、けっこう迷ったりしたんですけど、そうなってくると、本当に演技をするのをやめようと思ったりして。そんな感じで、市井監督は追い詰めてくるし、監督の術中に完全にハマっています(笑)。
――確かな手応えを感じているようですね。
そうですね。最初に読んだときも素晴らしい脚本だと思ったけれど、実際に演じてみるとバカげているなと思ったセリフも実に愛着のあるものに感じられて。市井監督は、昔、演じられていた経験があるので、演じ手のこともよく考えてくれているし、噛みしめてやってみると読んだときよりも面白くなることが多いんです。真面目に演じれば演じるほど、人間らしさが出るのも僕はすごくいいと思っているし、これは、もしかしたら、もしかする作品になるかもしれません。
草なぎ剛(くさなぎ・つよし)
1974年7月9日生まれ、埼玉県春日部市出身。91年にCDデビュー以来、数々の名曲を世に送り出し、『NHK紅白歌合戦』に23回出場。主な出演映画は『黄泉がえり』(03)、『日本沈没』(06)、『あなたへ』(12)、『まく子』(19)など。『僕と彼女と彼女の生きる道』(04)、『任侠ヘルパー』(09)など数多くの話題のドラマや『バリーターク』(18)、『道』(18)などの舞台作品でも注目を集め、演技力にも定評がある。17年9月には稲垣吾郎、香取慎吾と「新しい地図」を立ち上げ、18年には自身が主演した『光へ、航る』を収めたオムニバス映画『クソ野郎と美しき世界』が2週間の限定公開ながら28万人以上を動員する大ヒットを記録した。
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