金原出版は6月21日、書籍『仮病の見抜き方』(税込2,160円)の刊行にちなみ、著者である医療法人社団永生会南多摩病院の國松淳和医師によるセミナーを都内で開催した。
同著は、ともすれば仮病とされてしまうような症状を訴える患者たちの10のケースを小説として書き上げたもの。プライバシーなどに配慮して小説の体裁をとっているが、内容は現代医学に基づいた医学書ノベルとなっている。今回のセミナーでは、國松医師が医療現場における仮病とはどのようなものなのかを詳しく語った。
現代医療でも「不明の病気」は多い
國松医師は現役の内科医として勤務しており、総合内科として全身を系統的におかす病気の診断と治療を専門としている。内科医として医療に携わる中で、特に積極的に取り組んできたのが「不明熱」「不定愁訴」「診断不明」「原因不明」とされる症状で、何を起因としてそのような症状が患者に現れているのかわからないという病を長年診てきた。現在では、原因のわからないものは國松医師のところへ、と遠方からでも紹介状を持って訪れる人が多くなっている。
とはいえ、これほど医療が進んだ現代で、原因を特定できないような病気があるのだろうか。それぞれの専門医が知識や技術を総動員すれば、必ず病名を特定することができそうな気がする人も多いだろうが、國松医師は明確に「原因が特定できないこともある」と回答する。
理由はさまざまだが、例えば「内科」という診療科の中でも、「腎臓内科」「呼吸器内科」「血液内科」など、さまざまな専門領域がある。どうしても、その専門領域の間にスキマが発生し、診断できないようなケースがあるのだという。
國松医師のもとを訪れる患者の中には、症状があっても検査上で悪い部分は見つからず、職場や時には医師からも仮病を疑われてしまったという人も少なくない。医療の現場において、仮病は何かしらの手当や保険にからむものなど、お金に関する策略があることが多い。だが、そういう目的が感じられないような、専門領域のスキマにあたる医療難民のような病を抱える人も数多くいるのが現状だ。
医療の現場における仮病には「病気なのに仮病と言われ続けた人」と「身体の症状はあるが、身体の病気ではない人」の2種類がある。
1つ目の「病気なのに仮病と言われ続けた人」はまれな病気であるなど、実際に病気に起因する症状があったが、病気を特定できなかったために仮病と言われてしまった人だ。
2つ目の「身体の症状はあるが、身体の病気ではない人」は、症状を意図的に作って詐病しようとしている人と、症状を無意識に作り出してしまっている人に分けられる。後者の場合は、治療に精神科の協力が必要になるが、症状は身体に現れているので内科で診ることになるという。
「足が痛む」「身体がだるい」などの症状を訴える患者に対し、身体的な不調が見つからない場合、いわゆる精神科領域の「虚偽性障害」として精神科を勧めても、患者側は身体症状を感じているので納得できずに、医師と患者とですれ違ってしまっていることも多い。國松医師は内科医として、そのような患者に手を差し伸べてきた。
医師と患者のすれ違いをなくす病歴聴取
実際に國松医師は、ともすれば「仮病」とされてしまいがちな患者に対して、どのようなアプローチをしているのか、40代男性のケースを用いて解説した。
その男性は、半年ほど前から「口が渇く」「眠れない」「ふらつく」「肌がかさつく」「だるい」「汗が出にくい」「微熱がある」などの症状に悩まされるようになった。症状が出始めてから3カ月くらいの頃にインターネットで症状を調べ、「自律神経失調症」ではないかと心療内科を受診。そこで精神的なものと言われ、服薬するようになるが改善しなかった。職場からは「病気じゃない」と仮病のように扱われ、家庭でも「しっかりして」と追い詰められていたという。
あまりに口が渇くので歯科も受診したところ、実際に口の乾燥という症状がみられ、「シェーグレン症候群」の疑いで膠原病内科を紹介された。そこでさまざまな検査を行ったが異常はみられない。この男性は、水が視界にないと不安になるほどにまで症状が現れ、本人も精神的なものではないかと考えていたものの、症状が改善しないため、國松医師のところを受診することになった。
國松医師は男性に対し、まず病歴聴取を行った。これは、「口が渇きますか?」「水をたくさん飲みますか?」といったような尋ね方ではない。「口の中が乾燥するんですか? それとも『飲まずにいられない』んですか?」「水は一日に具体的にどれくらい?」と、より踏み込んで聴取を行っていく。そこが問診と病歴聴取の違いだと話す。
病歴聴取の結果、男性は一日に多いときで10リットル以上も水を飲んでおり、尿の回数はもちろん、1回の量も多いことがわかった。医学用語でいう「多飲多尿」で、「中枢性尿崩症」であろうということがわかってきたという。
國松医師の心象としては「内科では検討されることの少なくない多飲多尿にたどり着くのにずいぶん時間を要してしまったな」。その後の検査で、下垂体に病変があり、中枢性尿崩症が確定したという。晴れて、その男性は仮病の疑いを晴らすことができたのだ。
國松医師は「仮病という嘘を暴いても、何の解決にもならない。患者の発するすべてをよく観察して、感じ取る。医師として、患者とどう対話してどう接していくべきか」を発信していきたいと語った。それくらい、医師と患者はすれ違ってしまっているケースが散見されるとのこと。診断名に落とし込めないような症状や病状というものは、実はたくさんある。そのようなメッセージも著書には込められているという。
ビジネスの場面でも、同僚や部下が不調を訴えて仕事に影響があった場合に「仮病なんじゃないの?」と疑ってしまうことはあるだろう。だが、それが繰り返される場合、もしかしたら認知の難しい病気の症状であるかもしれない。もちろん、ただのサボりかもしれないが、時にはそのようなケースにも真摯に向き合うことも必要ではないだろうか。