日本人の「働きすぎ」が問題視されて久しいですが、なかなか緩和されていきません。今回は、長時間労働の原因の1つとなっている「やりがい搾取」の構造について解説していきます。

  • やりがい搾取の意味は?(写真:マイナビニュース)

    やりがい搾取の意味は?

やりがい搾取とは?

就職活動をする学生の多くが「やりがいのある仕事」を望みます。「収入さえあればよい」と答える学生は、わずか3.6%にすぎません。※『2019年卒マイナビ大学生就職意識調査』より

学生に限らずとも、好きな職業や夢中になれる働き先、自分に合った役割には誰しもが就きたいと思うでしょう。しかし、そこには「やりがい搾取」という罠が潜んでいます。

「やりがい搾取」とは、やりがいを強く意識させることで、不当に安く働かせることを指します。教育社会学者で東京大学教授の本田由紀氏によって名付けられました。

「給料はちょっとしか出さないけど、たくさん働かせるよ」という本音を、「お金は稼げませんが、夢に向かって成長できます」という建前に言い換えて働かせるのが、やりがい搾取です。

職場にやりがい搾取が生まれる理由

経営者にとっては、従業員への給与・賞与や退職金、社会保険料といった人件費は悩ましいコストです。『TKC経営指標(要約版・速報版)』を元に計算すると、売り上げに対する人件費の割合はアパレル業界で20.3%、居酒屋で36.2%、美容室で54.3%、訪問介護・ヘルパーで65.5%にも達します。

低賃金であっても意欲的に長時間労働してくれる。働かせる側にとってはこれほどおいしい話はありません。こうしたやりがい搾取は「人をいかにして能動的に働かせるか?」を追求した結果として生まれました。

人間の脳は、美味しい料理を食べた時の「感覚的報酬」や、金銭を手に入れた時の「物理的報酬」の他に、誰かに認められるといった「社会的報酬」によってもドーパミンが放出され、快感を覚える仕組みになっています。

つまり、お金を支払わなくとも、貢献を強調したり、夢の実現を匂わせたりすることによって「これをすると気持ちいい。次も頑張ろう」と脳に思わせることが可能なのです。長時間労働を「やる気がある」と称賛することや、低賃金で働くことを美徳とすることなどは、やりがい搾取にうってつけの文化といえるでしょう。

やりがい搾取に遭いやすい職業と年収・待遇の実態

賃金コストの高い労働集約型産業、たとえば介護業・接客業・飲食業などが、やりがい搾取の対象となりやすい仕事です。

厚生労働省が発表している『平成30年賃金構造基本統計調査』によれば、2018年6月の平均賃金は、宿泊業・飲食サービス業で24万5,000円、医療・福祉業で28万2,000円と、全産業計30万6,000円と比べて低い水準にあります。

この他に、アーティストやデザイナー、アニメーターなどの「クリエイティブ」な仕事も危険視されています。2014年に過労で自殺したアニメーターは「月600時間労働」をしていました。

やりがい搾取の見分け方

やりがいを持って幸せに働くことができるならば、低賃金であっても、労働時間が長くとも、それはそれで良いと考える人もいるかもしれません。しかし、それは5年、10年と続く働き方なのでしょうか? 長期的なライフプランはそこにあるのでしょうか?

スキルを磨くためには時間をかける必要があります。楽器の練習をせずに音楽家になることはできません。成長のために一時的に負荷をかける「訓練」が必要な時期はあります。 劣悪な仕事環境で働いた経験を糧にして、コンサルタントとして活躍することだって可能です。問題は「今やっていることがどれだけ将来につながるのか?」です。

やりがい搾取を見分けるには、今の自分が何を得て、何を失っているのか、客観視する必要があります。

やりがい搾取に気づいたときに取るべき対処法

最も失ってはならないものは「生命」だと、改めて言う必要はないはずですが、2017年度に過労死や過労自殺(未遂を含む)で労災認定された人は190人に上りました。

心身を疲弊させる過重労働は、当たり前の判断すらできなくさせるのです。自分の健康を守るためには、まずは客観的に見てくれる人に相談しましょう。