進学や就職、転勤などでこの春から一人暮らしを始めたという人も少なくないだろう。そして、見知らぬ土地での孤独な単身生活のためか、誰にも見られていない気楽さのためか、一人暮らしでついつい増えがちなのが独り言だ。
また、新生活シーズンは、孤独に加えて不安や対人関係のストレスなどに晒されやすいタイミングでもある。これらのストレスと、独り言が増えることに何か関連性はあるのだろうか。今回は、一人暮らし歴10年、「自宅での独り言が年々増えてきているような気がする」というマイナビニュース編集部員Oが、独り言とメンタルヘルスの関係を統合医療クリニック「ハタイクリニック」院長・西脇俊二氏にうかがった。
ずっと独り言を口にしている人は、統合失調症の可能性大?
西脇氏によれば、独り言は“原因”と“機能”によっていくつかの種類に分けられるという。独り言の症状が現れる病気で代表的なものが、統合失調症と自閉症スペクトラム(ASD、アスペルガー症候群)だ。
「自閉症の方はもともと内言語機能(音声や文字を伴わない言語活動、思考や黙読などで内面化された言語活動)が乏しいと言われていて、思ったことがそのまま口に出てしまうこともあるとされています。子どもがよく遊びながら喋っているのは、思考する時に頭の中で内言語を使って考えられないからですが、自閉症の方も内言語の発達やコミュニケーションに問題があるとされている。喋りながら考えるので、ASDでは独り言が多いんです。一方、統合失調症の方の場合は幻聴・妄想に呼応した独り言であるパターンが考えられるので、本人が独り言を自覚していないケースも多い。思い出し笑いのような空笑(くうしょう)が増えているなど、他の症状がないか周りの人がよく見ておくべきですね」と西脇氏。
病気が重度だと現実生活にもかなり支障が出てしまい、ストレスの高い生活が続いた結果、二次性のうつ病やパニック障害、統合失調症などに発展することもある。街中や電車などで、ずっと独り言を言っている人に遭遇したことはないだろうか。そういった人はASDの可能性が高く、統合失調症に発展していることも疑われそうだ。
ただ、いずれの病気もどちらかといえば主な症状は独り言以外の部分にある。独り言以外の問題や異常行動があれば病気を疑うことも必要だが、一人暮らしをしている中でテレビにツッコミを入れる程度はごく普通なことであり、基本的に病気とは無関係だという。
西脇氏いわく「病的ではない独り言には、『自分の考えを整理して確認する』『孤独な時に自分の声を聞いて寂しさや不安を緩和する』といった機能が考えられます。例えば好きな女性にフラれ、『あんな女たいしたことない』とさげすむ“合理化”のように、人には防衛機制(適応機制)という、相反する欲求に挟まれた自分の精神を守るためにとる無意識の言動がありますが、この働きに付随する独り言が最も一般的でしょう。当然、一人暮らしや新生活の不安、孤独との関係も考えられます」とのこと。
読書が独り言の予防に
独り言の背景にあるストレスは心配だが、病気だという診断を下されずひと安心の編集部員O。ちなみに、年齢を重ねるほど独り言が増えがちな印象もあるが、加齢と内言語機能の関係は不明らしい。
「脳の機能的な問題で、認知症の方も独り言が多いと言われています。ただ、今は読書離れも進んでおり、年齢を問わず現代人の内言語能力は著しく落ちている傾向にある。速読でもしない限り、読書をしている最中は内言語機能が働いていることになりますが、多くの人がSNSや漫画、せいぜい雑誌などで短い文章にしか触れていないのが現状です」
「ウェブ記事で言うのもなんですが、ネットで触れる情報で複雑なものは少ないと思います。ネットでそんな複雑なものを書いてもあまり読まれないでしょうから。ネットサーフィンは必要な時だけ、1日何分など時間を決めて、ダラダラとスマホを見るのはやめたほうがいいですね。あれも一種の依存ですので」
西脇氏が語るように、落ち着いて本を読んで、内言語能力を鍛えることが独り言の予防にもつながるようだ。要は情報処理の問題なので電子書籍などでも問題はなさそうだが、集中してある程度まとまった量の文章をじっくりと読み続けることを考えると、特にスマホなどのデバイスでは難しい面もあるだろう。
独り言も使い方次第?
西脇氏は、独り言に限らず、普段使っている言葉や接している言葉へ意識を向ける大切さについても以下のように強調する。
「人間の言動の9割以上は、潜在意識に支配されていると言われています。顕在意識だけで頑張ろうと思ってもそれはなかなか続きません。痛みを避けて快楽を得るように潜在意識はできていて、潜在意識がやりたくないならやらない。僕を含め、みんな根性ないんです(笑)。そして、潜在意識は普段から接している言葉で決まります。アスリートのコーチングなどでも用いられる潜在意識トレーニングでは、リマインド(再確認)やアファメーション(宣言文・肯定的な断言をすること)など、全て言葉を使います。例えば、『よし! 俺ならできる! 』と口に出すのもそのひとつです。ということは、独り言も潜在意識を強化することにつながるので、愚痴っぽい人は気をつけたほうがいいですね」
SNS上でも愚痴っぽい人とは深く付き合いすぎないのが賢明といえるが、あえて言わせてもらえば、愚痴を吐き出すとスッキリするし、メンタルバランスを整える上でも悪いことばかりではないように思える。しかし、愚痴を含む独り言には自分をいたわる効果もあるものの、負の側面のほうが強いというのが西脇氏の考えだ。
「特に敏感なのが免疫力。何かひと言嫌味を言われるだけでも、人間の免疫力はガクンと下がってしまいます。つまり、ネガティブな言葉に接していると病気になりやすいんです。愚痴の多くは自分でコントロールできない他人に対してのものだと思いますが、そもそも期待するからイライラする。他人や自分に期待しないこと。でも自分は努力すること。自分にできることはこれしかないし、ここに集中することが大切です。自分にも過剰な期待をせず、無闇に落ち込んだりしない。期待しないで努力するって大変なので、みんな愚痴るんですけどね。これができるようになると、ストレスフリーに近付けて気分も安定しますよ」
また、他人の言動の原因がわかるだけでも対人ストレスは大きく減るという。
「患者さんから、パワハラ上司がいることで何人も部下が辞めているような職場の話もよく聞きますが、上司にも期待しちゃダメ。よくよく聞くと、ストレートな物言いでキレやすいとかで、その上司もアスペルガーの傾向を持っているというケースもありますから。そうやって病気や防衛機制について知るだけで、他人の言動の理由が見えてきたり、心理状態の説明もつきやすくなったりして安心できる。自分自身を客観的に認知しながら人と接することができるので、対人関係で直接ストレスを受け取らずに済みます。まあ、あまり期待しないのも通用しないと思ったら転職を考えたほうがいいかもしれませんが(笑)」
イライラや独り言が増えてきたら、まずは自分が他人に期待を抱きすぎていないかを問いかけた上で、相手を理解しようとする姿勢を持つことが肝心なようだ。
監修者
西脇俊二 (にしわき しゅんじ)
統合医療クリニック「ハタイクリニック」 院長
ハタイクリニックの院長として診療をしながら、メディア出演やドラマなどの医療監修、執筆など多数の分野で活躍中。著書に『自分の「人間関係がうまくいかない」を治した精神科医の方法』(ワニブックス)、『コミックエッセイ アスペルガー症候群との上手なつきあい方入門』(宝島社)など。YouTubeチャンネルの運営も行っている。