人間ならば誰でも起こしてしまう「ミス」。間違えないよう気を付けても、うっかりミスしてしまいよく怒られている……という方もいるのではないでしょうか。

今回、全日本空輸(以下、ANA)で整備士を務め、現在はANAビジネスソリューションで「ヒューマンエラー対策研修」の講師をされている中村恒徳さんに、ミスのメカニズムや対処法をお伺いしました。

  • 人はなぜミスをするのか? - 元ANA整備士に聞く、ヒューマンエラーの正体

    ANAビジネスソリューションの中村恒徳さん

――どんなに気を付けていても、間違えてしまうことってありますよね。人がミスを犯してしまう のは、どういったメカニズムなのでしょうか?

中村さん:ミス(ヒューマンエラー)は、人が脳で情報処理をする過程で発生した「エラー」の結果として起こります。まず、脳の情報処理における4つのプロセスについてご説明しましょう。

<脳の情報処理過程>
(1) インプット
(2) 認知
(3) 判断
(4) 行動

人間は目や耳から受け取った情報を脳に運び(1)、それを記憶と照らし合わせ(2)、どう行動すればふさわしいかを判断して(3)、行動に移しているのです(4)。

しかし、日々人間が受け取る情報の量はとても膨大です。たとえば、車の運転中には「道路標識」「クラクションの音」など非常に多くの情報を五感で受け取っています。

それと同時に、「標識を見落とす」「クラクションを聞き逃す」などのエラーもたくさん発生しており、それがミスにつながってしまうのです。

ただし、エラーが起きただけでは、ほとんどの場合何も起こりません。たとえば、「目覚まし時計をセットし忘れた」というエラーが起きても、次の日時間通りに起きられれば、「寝坊」というミスは起こりません。

エラーが起点となり、「寝坊」などの意図しない結果が起こってしまった時、エラーはミスに変わります。

  • 人はなぜミスをするのか? - 元ANA整備士に聞く、ヒューマンエラーの正体

    エラーが結果を引き起こした時、ミスにつながる

人間の脳の情報処理には、どうしても間違いが出てしまいます。したがって、ミスはゼロにはなりません。「人はミスを起こすもの」という前提で、対処しなければならないのです。

――では、人はどういった時にミスを起こしやすいのでしょうか。

中村さん:人はある環境に置かれるとミスを起こしやすくなり、場合によってはミスが十数倍に増えるということがわかっています。

たとえば、
(1) 経験不足
(2) 時間不足
(3) 情報が不明瞭
(4) 「マン・マシン・インターフェース」不良
(5) 情報が多すぎる
(6) リスクの認識不足
などの場合です。

まず、(1)の「経験不足」については、新入社員や人事異動など、仕事に慣れていない場合が挙げられます。このケースでは、積極的に声をかけるなど、周囲の支援が大事です。

(2)の「時間不足」は、タイムプレッシャーに押されてパニックに近い状態となり、通常の判断や行動ができなくなってミスにつながる場合です。「あらかじめタイムプレッシャーが強くなる時期を予測して対処しておく」「手順書など、拠り所になるものを持っておく」「周りに支援をお願いする」など、前もって心づもりや周囲の協力を仰いでおきましょう。

(3)の「不明瞭な情報」は、判断エラーが増え、ミスにつながる原因となります。「適当で」「いい感じに」など、「指示が不明瞭だ」と思った場合は、そのままにせず確認し直しましょう。また、自分が指示する場合には「〇日までに」「〇ページの〇行目をこのように直して」など、相手がはっきりわかるよう明確な指示を心がけましょう。

(4)の「マン・マシン・インターフェースが不良」とは、人間特性に合っていない設計のものを使っている、ということです。たとえば、「車のブレーキとアクセルを踏み間違える」という事故がよく起きていますが、これはブレーキ・アクセルという逆の機能を、両方「踏む」という同じ動作で設計していることが、原因の一つだとも言われています。仕組みや設計を考える時には、人間特性にも気を付ける必要があるのです。

  • 人はなぜミスをするのか? - 元ANA整備士に聞く、ヒューマンエラーの正体

    インターフェース不良で大きな事故につながることも……

(5)の「情報過多」は、情報が多すぎるとかえって何が大事なのかわからなくなり、ミスにつながるということです。親切心で「あれもこれも」と情報を渡す、似たようなマニュアルがいくつもある、といったことがこれにあたります。混乱しないよう、情報は簡潔でわかりやすいものを渡すのがよいでしょう。

(6)の「リスクの認識不足」とは、危険性の認識が足りない、ということです。たとえば、新入社員はどの作業がどれだけ危ないかわからず、ミスを起こしてしまう可能性が高くなります。逆に、ベテランでも「自分は大丈夫だ」と慢心してしまうと、ミスの危険性を上げてしまうこともあります。正しいリスク認識が必要なのです。

また、ミスが起きる要因としては、個人の特性よりも環境による影響が大きいと言われています。個人の心がけを見直すことも大切ですが、組織としてこのようなミスを起こしやすい環境要因を改善していくことが必要です。

――ミスを極力減らすためには、どのような心がけや工夫をするとよいでしょうか?

中村さん:まずは、しっかりと確認することです。記憶に頼って仕事をせず「知っていても念のために手順書を確認する」、あるいは「……だろう」と決めつけずに「……かもしれない」といろいろな可能性を考えてみる、などミスが起きないよう確認するワンクッションを入れましょう。

また、都度メモを取るのも有効です。たとえば、電話を切った途端に上司に呼ばれ会話を挟むと、細かい通話内容を忘れてしまった……ということもありますよね。後回しにせず、その場でこまめにメモを取るようにしましょう。


ここまでミスが起こるメカニズムや環境についてお話を聞いてきました。後編では、ANAの事例をもとにミスが起こらない組織についてお話しいただきます。

取材協力:ANAビジネスソリューション

ANAグループで、主に、教育・研修事業、人材派遣事業、ANAエアラインスクールの運営などを行う。
教育・研修事業では、ANAグループのノウハウを活かした「接遇&マナー」「ヒューマンエラー対策」「訪日外国人おもてなし」「ユニバーサルサービス」などの研修商品を展開。メーカー、医療機関、自治体など、あらゆる業種業態から依頼を受け、企業・個人に向けた研修を行っている。また、「ANAの口ぐせ」「ANAの気づかい」「ANAの教え方」など、ANAグループのノウハウを書籍でも紹介しており、これらシリーズは累計14万部を突破するベストセラーとなっている。