戦士・綾瀬はるかにはふたつの武器がある。

そのふたつが何かすでにピンと来た人もいると思う。彼女の主演ドラマ『ぎぼむす』こと『義母と娘のブルース』(TBS系 毎週火曜22:00~)にそれは顕著だ。

  • 『義母と娘のブルース』制作発表の竹野内豊、横溝菜帆、綾瀬はるか

    『義母と娘のブルース』制作発表の竹野内豊、横溝菜帆、綾瀬はるか

夫亡き後、残された血の繋がってない娘と、彼女をおんな手ひとつで高校生まで育てあげた義母の物語『ぎぼむす』は、桜沢鈴の四コマ漫画が原作。ヒューマンドラマのツボをみごとなまでに抑えまくり、火曜の夜を至極の癒やしの時間にしてくれている。

綾瀬はるかが演じる義母こと主人公・亜希子はスーパー主婦(義母)。元は一流企業の優秀な企業戦士だったが、宮本良一(竹野内豊)と結婚、後に彼が亡くなると彼が残した愛娘・みゆき(横溝菜帆)を守るため専業主婦に。そもそも良一が自分の余命が短いことを知って、亜希子なら娘を託せると考えてのある種の契約結婚だった。

仕事のことしか頭にないカッチカチの人物・亜希子は優秀ではあるが、理屈で動き、終始無表情。仕事の知識はたくさんあるが、ふつうの生活の常識が欠落しており、最初、みゆきに新たな母の挨拶として、名刺や履歴書を出すなどトンチンカン。お仕事ロボットのような亜希子にとってみゆきを育てることは重要なミッションを引き受けるようなものだった。亜希子のふるまいはギボ(義母)の響きすら科学的に聞こえさせる。仕事も家事も子育てもお任せロボット・ギボみたいな。

ところが、失敗を繰り返しながら家族で暮らしていくうち、じょじょに変化が訪れる。やがて良一が亡くなり、思いきり泣いたら顔が緩んだという、エヴァンゲリオンで「こういうときどんな顔をしたらいいかわからないの」と言って「笑えばいいと思うよ」とシンジくんに言われた綾波がそののち「泣いているのは私?」と泣くことも知るみたいなエピソードによって、亜希子の魅力は倍増した。

きりっとした綾瀬はるかと、ゆるい綾瀬はるか

第一部(みゆきが小学生時代)、第二部(みゆきが高校生時代)と大きく時代は変わり、すっかり義母が板について、血が繋がってないながら母娘(上白石萌歌)の名コンビっぷりで楽しませてくれて視聴率も上がりっぱなし。

いったん顔が緩んだものの、第二部でも相変わらず表情は硬く、淡々としている。亜希子の活躍の場には、戦国時代劇のようなSEが入り、"いざ出陣"的な雰囲気を醸す。これは脚本の森下佳子が昨年、大河ドラマ『おんな城主 直虎』(17年)を書いていたことへのパロディでもあるだろう。だが、綾瀬も大河ドラマ『八重の桜』(13)で堂々主演している。

銃を構えるポーズが凛々しかった綾瀬は、もともとアクションも得意な俳優として認知されている。NHK大河ファンタジー『精霊の守り人』(16~18)では華麗な剣術を披露し、『奥様は、取り扱い注意』(17)では身体能力の高さで有名な西島秀俊と対決している(夫婦設定でリビングでのアクションは見応えがあった)。初期の頃、『僕の彼女はサイボーグ』(08)というタイトルどおりサイボーグ役も演じている綾瀬はるかの武器のひとつは“強さ”である。

ただ腕っぷしが強いだけではなく、精神の強さがあって、まるで研ぎ澄まされた日本刀のようだ。面長できりっとシャープな顎のラインはその顔だけで何か切れそう。姿勢の良さも合わせて女戦士にピッタリ。

『世界の中心で、愛をさけぶ』(04)で病に冒されるヒロインを演じるにあたって頭を坊主にした時も、病と戦う強い意志がそこに見えた。いつか三蔵法師をやってほしい。きっと夏目雅子と並ぶのではないか。

そんなきりっとした綾瀬はるかがもうひとつの武器を手にしたのは、2007年の日本テレビ系ドラマ『ホタルノヒカリ』だろう。仕事はしっかりするが私生活はだらだら何もせず、長らく恋愛から遠ざかっていた主人公・蛍が久々にする恋愛を描くドラマ(原作はひうらさとるの漫画)で、綾瀬は仕事のできるしっかり者の反面“干物女”を演じ、たくさんの女性視聴者の共感を得た。すべての筋肉を弛緩させたようなその役は意外にも綾瀬はるかに似合っていて、大好評を博し映画化もされた。映画でローマの階段をごろごろ転がる脱力系アクションには驚いたものだ。

フィクションの中できりっとして手の届かない女の子のイメージが強かった綾瀬はるかが『ハッピーフライト』(08)や『おっぱいバレー』(09)では、もしかして手に届くかもしれない女の子を演じ始め、強い綾瀬はるかとゆるい綾瀬はるかを交互に出すことで、人気の鮮度を保っているといえるだろう。

武器をアップデートした

素の彼女は天然らしく、『第64回 NHK紅白歌合戦』(13)では『八重の桜』の流れで紅組の司会に抜擢されたものの、あまりに独特な進行ぶりで視聴者を煙に巻いたことがあった後、『精霊の守り人』『奥様は取扱い注意』などの強いバージョンを押し出して、その記憶を薄めることに成功した。

そして極めつけが『ぎぼむす』。彼女の武人のような強さを感動と笑いの両方に使った、綾瀬はるかの武器のハイブリッド作だ。

また、綾瀬の魅力はその身体にもあって、鍛えられていて強そうなのに、女性らしい丸みが残っていること。ハリウッドアクション女優のような、胸やおしりの盛り上がりすら筋肉です、みたいな鼻息の荒さがなく、ほどよい柔らかさを想像させるその肉体をポロシャツや部屋着から自然に浮き上がる丸みを隠さないこと、それすらお仕事です、と割り切っている感じも素敵なのだ。そして、その丸みが、“母”の包容力を感じさせることにもつながって、『ぎぼむす』のヒロインが綾瀬はるかである必然性を高める。

『ぎぼむす』は綾瀬はるかの武器、強さとゆるみという可愛さを、強さと大人のまろやかさへとアップデートした、平成の綾瀬はるかの集大成と言っていい。

■著者プロフィール
木俣冬
文筆業。『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)が発売中。ドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』、ノベライズ『隣の家族は青く見える』『コンフィデンスマンJP 』 など。5月29日発売の蜷川幸雄『身体的物語論』を企画、構成した。

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