1月9日、米国の長期金利(10年物国債利回り)が約9か月ぶりに2.5%を超えた。今年に入って、市場金利は全般に上昇してきた。そうしたなか、上昇幅は長期金利が短期金利(2年物国債利回り)を上回り、長短金利差は拡大。イールドカーブ(利回り曲線)はスティープ(右上がりの勾配が急)になった。

昨年1年間を通して、FRB(連邦準備制度理事会)の利上げを受けて短期金利が上昇する一方で、長期金利は上げ渋る展開だった。結果として、イールドカーブはフラット(平坦)になっていた。経験的には、イールドカーブのフラット化が進行し、さらに長短金利が逆転するようなら、その後の景気後退が示唆されるだけに、景気の先行きを懸念する声も出始めていた。

ここへきて、長期金利の上昇によって長短金利差が拡大するという、いわゆるベア(債券に弱気という意味)・スティープ化が起こっている背景を考察してみたい。

  • 米国の長短金利

景気の堅調とインフレ期待の高まり

まず大前提は米景気の堅調が続いていることだ。企業の景況感や消費者信頼感は高水準を維持している。昨年12月の雇用統計で、失業率は4.1%と、17年ぶりの低水準だった。FP(非農業部門就業者数)は前月比+14.8万人と、市場予想(+19万人)に届かなかったが、過去3か月平均でみれば+20.7万人だった。人手不足が広がるなかで、雇用増加ペースが月々10万人を超えていれば御の字だろう。

そして、インフレ期待がようやく高まりつつあるかもしれない。賃金や実際の物価指数は伸び悩んでいる。一方で、インフレ連動国債の利回りから算出される市場の予想インフレ率は10か月ぶりに2%を超えてきた。労働市場のひっ迫に加えて、原油や銅などの国際商品市況の上昇により、「いずれ」インフレ率が高まるとの見方が強まっている可能性がある。

利上げ観測の高まり

景気が堅調でインフレ期待が高まれば、当然のように利上げ観測も高まる。昨年12月のFOMC(連邦公開市場委員会)で公表された見通しによれば、参加者の中心的な予想は18年も17年同様に利上げ3回というものだった。当初、市場は半信半疑だったが、ここへきてFOMCの予想に近づきつつあるようだ。

また、最近公表された資料(公定歩合議事録)に基づけば、12人の地区連銀総裁の多くが利上げに積極的であると判断できる。利上げに向けたハードルは低くなっているかもしれない。

国債の需給悪化

1月第2週に日米欧でたまたま長期債を中心とする国債発行が重なったことも、長期金利を押し上げた要因だった。ただ、国債需給の悪化は一時的だとは言い切れない。FRBは既に14年10月に国債購入を停止していたが、17年10月から保有国債を漸減し始めている。主要国の中央銀行がリーマンショック以降の極端な金融緩和を修正しつつあることも、世界的な流動性の低下を通じて間接的な国債の需給悪化要因だろう。

また、昨年12月に成立した税制改革(トランプ減税)によって財政赤字が増大する可能性があることは、潜在的な国債の供給増加要因だ。

1月10日には、中国当局が米国債購入の縮小や停止を検討しているとの報道を受けて、米国債市場に衝撃が走った。中国は世界最大の米国債保有国だからだ(僅差の2位が日本)。ただ、中国が外貨準備を米ドルから他通貨へと分散するのは今に始まったことではない。また、中国当局がどの程度、米国債購入を見直すかは全く不透明だ。むしろ、その報道に大きく反応するほど、市場が国債の需給悪化に神経質になっていると解釈すべきかもしれない。

16年11月の大統領選挙でのトランプ勝利をきっかけに、トランプ減税による景気刺激期待や財政赤字拡大懸念がないまぜとなって、長期金利は約1か月間に1.8%から2.6%まで急上昇した。しかし、そこでピークをつけ、17年の長期金利は9月まで低下基調だった。そこから始まった長期金利上昇が足元でいよいよ本格化するのか。その場合、株価がいつまでも長期金利の上昇に耐えられる保証はない。それとも、長期金利上昇は今回も一時的な「しゃっくり」にとどまるのか。大いに注目されるところだ。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。