トランプ大統領は11月2日、米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)の次期議長にパウエル理事を指名した。議会の承認が得られれば、イエレン議長の後任として18年2月4日にパウエル議長が誕生する。

ジェローム・パウエル氏は、1953年生まれの64歳。大学卒業後にウォール街の投資銀行からキャリアをスタート。ブッシュ・シニア大統領の時に金融市場担当の財務次官。その後、投資ファンドのパートナー、ワシントンのシンクタンクの研究員などを経て、2012年5月にFRB理事に就任。以来、FOMC(連邦公開市場委員会)に参加して、金融政策決定のプロセスに関与してきた。

パウエル理事は、過去のFOMCで反対票を投じたことは一度もない。これまでの発言などから、イエレン議長らと同様、利上げに対して慎重な「ハト派」とみなされてきた。

もっとも、パウエル理事の専門は、連邦政府や州政府の財政、金融制度などであり、いわゆるエコノミストとしてのバックグラウンドはない。トランプ大統領がパウエル理事を選んだのも、金融政策のスタンスよりも、リーマン・ショック後に厳格化された金融規制の緩和を支持している姿勢が評価されたからかもしれない。

そのため、パウエル理事はFOMCでの議論をリードするというよりも、参加メンバーによるコンセンサスの形成を重視するかもしれない。最近の講演でも「経済情勢が予想通りに展開するなら、金融政策の正常化を継続すべき」と発言している。これは、最近のFOMC声明文に沿った発言であり、基本的にイエレン路線の継承を示唆している。

「金融政策の正常化」とは、リーマン・ショック後の極端な金融緩和策を元に戻すことを指す。具体的には、政策金利をゼロから徐々に引き上げることや、QE(量的緩和)によって購入し、現在も大量に保有している国債や住宅ローン担保証券などの債券を削減すること(いわゆるバランスシートの縮小)を指す。

幸いなことに、FRBはイエレン議長の下で既に金融政策の正常化を始めている。2015年12月に利上げを開始し、既に計4度の利上げを実施した。また、保有する債券の残高を今年10月以降、減らしている(債券の売却はせず、満期償還分の再投資を段階的に減額していく)。

そのため、パウエル新議長が直ちに難しい判断を迫られることはないかもしれない。それでも、金融政策はオートパイロット(自動操縦)ではない。パウエル新議長が直面しそうな課題は以下の通り。

まず、FOMCのパワーバランス。現在、7人の理事のうち3つが空席となっている。そのうち1つは10月に辞任したフィッシャー副議長の分だ。イエレン議長が理事職(任期は2024年1月まで)も辞すならば、空席は4つになる。それら空席にトランプ政権がどういった人物を指名するか。また、ウォール街を管轄する、したがって金融市場で重要な役割を担うニューヨーク連銀のダドリー総裁が来年半ばで交代する。パウエル新議長がFOMCの新しいメンバーを上手くまとめていけるかどうか。

より重要なのは、金融政策の正常化をどこまで進めるべきか、という点だ。具体的には、中長期的に目指すべき、政策金利の水準(均衡水準と呼ぶ)や債券保有額(バランスシートの規模)の判断がいずれ求められるだろう。

それらに関連して、景気の堅調が続いても物価がなかなか上昇しない点、とりわけ、失業率の低下が示唆する労働需給のひっ迫が賃金の上昇につながっていない点など。そうした「謎」について、パウエル新議長自身あるいはFOMCが、何らかの答えを見出す必要があるかもしれない。

そして、経済・金融情勢が常に変化し、何らかのショック・イベントが起こりうるなかで、パウエル新議長が適切なメッセージを発し、かつ行動することができるのか。世界的な株高が続くなかで、市場は懐疑をもって見守ることになりそうだ。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。

※写真は本文と関係ありません