出産は痛い。人によってその度合いはまちまちなものの、一般的には"信じられないほど痛い"などと表現されることもある。赤ちゃんと出会うための道とはいえ、「できることなら痛くなく出産したい」と思うのが多くの女性の願いだろう。それを医学的に可能にしたものに「無痛分娩」があるが、それはいったいどのようなものなのだろうか。順天堂大学医学部附属練馬病院産婦人科長の荻島大貴先生にうかがった。

無痛分娩は本当に痛くない?

ズバリ、やっぱり痛い

「無痛分娩は本当に痛くないのでしょうか」との問いに、「痛いです」と荻島先生は答えた。しかし、「なんだ、痛いのか」と思って選択肢から排除するのはまだ早い。無痛分娩にもいくつか種類があり、近年では相当痛くない方法も選べるという。まずは荻島先生に、無痛分娩とは具体的にどんなものなのかを解説していただいた。

麻酔はどこに入れる?

麻酔というと、気体を吸い込むものや点滴、注射、スプレーなど、さまざまなものがある。無痛分娩に使う麻酔はどこに入れるのかというと、実は背骨のあたりに入れる。すでに「ひえー」という声が聞こえてきそうだが、その恐怖心を抑えてもう少しお付き合いいただきたい。

腹部の痛みを緩和するために背中から入れる麻酔には2種類ある。「硬膜外(こうまくがい)麻酔」と「脊髄(せきずい)麻酔」だ。背骨というのは単に骨が積み重なっているだけではなく、その周りはなかなかに複雑な構造をしている。硬膜外腔や脊髄腔という部分があるため、それらを利用して麻酔を注入し、痛みを消したい部分の神経を麻痺させる。

主な無痛分娩は「硬膜外麻酔」

現在、産科で使用されている無痛分娩は、硬膜外麻酔が主だという。「硬膜外腔にはスポンジ状の組織があるため、細い管を留置して薬を持続的に流し、じわじわと漫然と薬を効かせることができます」と荻島先生は言う。それならば薬が無駄に広がってしまうこともない。この場合、完全に痛みをとることはなく、身体も動かせる。

一方、脊髄麻酔は一気にドカンと麻酔が効いて下半身を完全に麻痺させる。しかし、脊髄腔にはスポンジ的なものはなく、万が一薬が上半身へ流れてしまうと呼吸中枢の神経まで止まってしまうという。ただし、頭を上げたり、水よりも比重が重い薬を入れたりして上へ流れないようにしているとのこと。

また、脊髄麻酔は長くて2時間しか効かない。分娩は、初産で平均17時間、2度目以降で8時間かかるため、時間的には全く足りない。ちなみに、帝王切開ではこの麻酔を使用して2時間以内に処置をするのだそうだ。

初産で平均17時間、2度目以降で8時間という長丁場。麻酔も長く効くようなものを使用しなければならない

陣痛と産道、それぞれ痛みを感じる神経は違う

出産の痛みには、子宮が収縮する陣痛と、赤ちゃんが産道を通ってくる時の骨盤などの痛みがある。どちらも背骨にある神経を介して脳が痛みとして認識するわけだが、具体的にはそれぞれ違う場所で感知しているのだという。

陣痛は胸椎(背骨の中~上側)で、骨盤内の痛みは仙骨(お尻のあたり)で感知する。その間にある腰椎は痛みに関係がない。しかし、1本の管から胸椎と腰痛の両方に麻酔を効かせるには、あいだの腰椎から十分な量の薬を入れて両方へ行きわたるようにじわじわと広げるしかない。「そのため、麻酔がよく効くこともあれば、効きが弱いこともあります」と荻島先生は言う。

完全なる無痛分娩「CSEA」とは

ところが近年では、痛みを完全に取り除く「CSEA」というものが登場しているという。Combined Spinal-Epidural Analgesiaの略で、硬膜外麻酔と脊髄麻酔を併用した方法だ。脊髄麻酔で一気に痛みを取ると同時に硬膜外へ管を入れ、持続的にも麻酔を効かせる。荻島先生は、「この方法では痛みはありません。ですが、うんでいる感覚も随分少なくなります」と話す。

息むことができにくくなるため、鉗子(かんし)や吸引などで赤ちゃんを引き出すことが多くなる。また、陣痛が来て、ある程度子宮口が開いてきてから麻酔を入れるため、それまでの痛みはある。そのほか、気になるCSEA自体を挿入する痛みは、かなり細い針を使うため痛くないとされている。

CSEAは高度な医療技術であるため、産科麻酔を専門とした麻酔科医か産科麻酔医のトレーニングをしっかり受けた産科医のいる、大きな病院で受けることが望ましい。興味がある場合は、HPなどで産科麻酔医についてしっかりした説明がなされている大病院を訪れてみるといいだろう。

「CSEA」を導入している病院はまだ少ない

"痛みを和らげる"だけでも効果はある

現在、無痛分娩を考えている人は日本で4割程度いるという。荻島先生の所属する順天堂大学附属練馬病院の本院(順天堂医院)では、経腟分娩の半数が無痛分娩なのだそうだ。また、米国では7割が硬膜外麻酔を選択しているとされ、その点では日本は遅れていると言われていると荻島先生は言う。

「無痛分娩は、正確に言うと和痛(痛みを和らげる)分娩です。しかし、完全に痛みをとらなくても、それが半分になれば本人は楽になりますし、それで緊張が解け、お産がスムーズになることもあります」(荻島先生)。

痛みというのは人それぞれだ。硬膜外麻酔を入れる時も、ほとんど痛みを感じない人も感じる人もいる。また、緊張に強い人もいれば、弱い人もいる。そして多くの人が無痛分娩を選択するようになってきているとしても、合併症などのリスクが全くないわけではない。しっかりと医師と相談し、どの方法が自分に合っているかを選んでみてはいかがだろうか。

※写真はイメージで本文とは関係ありません

監修者プロフィール: 荻島 大貴

1994年順天堂大学医学部卒業、2000年同大学大学院卒業。現職 順天堂大学医学部付属練馬病院産科婦人科診療科長・先任准教授。日本産科婦人科学会専門医・指導医、日本臨床細胞学会細胞診専門医、日本婦人科腫瘍学会専門医・指導医・評議委員、日本がん治療認定機構がん治療認定医、日本周産期・新生児学会周産期専門医、母体保護法指定医。練 馬区を中心として城西地区の婦人科がんの診療と周産期医療を行っている。

筆者プロフィール: 木口 マリ

執筆、編集、翻訳も手がけるフォトグラファー。旅に出る度になぜかいろいろな国の友人が増え、街を歩けばお年寄りが寄ってくる体質を持つ。現在は旅・街・いきものを中心として活動。自身のがん治療体験を時にマジメに、時にユーモラスにつづったブログ「ハッピーな療養生活のススメ」も絶賛公開中。