働き方改革の機運が高まる昨今、子育て支援の充実をうたう企業は増えている。しかし、現場で働く子育て中の社員からは、「実際は、働きやすくない」という声を聞くことも多い。
最近、東京都も宣言し話題となった、部下のワークライフバランスを応援する上司「イクボス」養成に取り組む組織の実態はどうなっているのだろうか。イクボスプロジェクトを推進しているNPO法人ファザーリング・ジャパンの安藤哲也 代表理事に聞いた。
全ての労働者が働きやすいマネジメントを
――最近では、くるみん認定のあり方が議論になるなど、子育てしやすい企業の定義が難しくなっているように思います
まず、くるみん認定に関して言うと、前近代的な評価制度だと思うので、議論の必要性を感じません。くるみん認定は、男性がほとんど育児に関わっていない時代にうまれた制度です。認定基準の1つ「男性の育休取得」に関しては、取得者が1人でもいればOKとなっています。
子育てサポートの充実度を判断するには、2015年にスタートした「プラチナくるみん」の認定企業を見るといいでしょう。くるみんマークを取得している企業のうち、さらに両立支援の取り組みが進んでいる企業を特例認定するというものですが、こちらは「男性労働者の育休取得が13%以上」という条件がついています。
くるみん認定を受けた企業は現在2,657社ある一方、プラチナくるみんの認定数は106社にとどまっています(2016年9月末現在)。この認定数が現状を表していると思います。
また、これまでは子どものいる社員、特に女性を支援している会社というのが子育てしやすい企業と認識されていたと思います。しかし、子どものいる人は支援しても、独身は時間が余っているから仕事をさせてもいいという考え方は、もう通用しないでしょう。
子育て中の人だけを優遇するのではなく、全ての労働者にとって働きやすいマネジメントを行う必要があると思います。そういったマネジメントを担う経営者や管理職のことを「イクボス」と名付け、全国に広める活動をしているのはそのためです。
イクボスだって宣言倒れしている
――イクボスを広める活動としては、何を行っていますか
イクボス養成に取り組む企業が参加する、「イクボス企業同盟」というネットワークを作っています。2年前から始めた活動ですが、現在、117社まで増えました(2016年11月21日時点)。ほかにも、中小企業が参加する「イクボス中小企業同盟」や、自治体の首長や幹部職員による「イクボス宣言」などがあります。
――イクボス企業同盟に入るための条件というのはあるのですか
特に明確な条件があるわけではありませんが、その企業が経営理念としてダイバーシティーを推進したい、イクボスを養成したいという気持ちがあるかどうか、その本気度は見ています。
ですので、加盟時の確約書には、社長か人事担当役員のサインをもらいます。加盟後は、イクボス養成の取り組みについて勉強会で発表してもらったり、ファザーリング・ジャパンのワークライフバランスに関するアンケートなどで協力してもらったりしています。
実は、くるみん認定に関する報道が出た際、同盟に適さない企業があるのか、扱い方について内部で議論もしましたが、やはり一律で条件を決めるのは避けました。まずは、イクボスの概念を広めることが、大切だと考えたからです。
しかし、加盟社数が増える中、未だ本気モードになっていない企業があることも認識しています。イクボス宣言をした自治体も同様です。そこで自治体については、実態を明らかにするため、2017年度に「イクボス自治体ランキング」を発表することにしました。
現在、100以上の自治体がイクボス宣言をしているのですが、全てに調査をかけ、イクボス研修の回数、時間外勤務の削減、女性の管理職や男性の育休取得がどれだけ増えたかなどを、点数化して順位付けする予定です。懸命に取り組んでいる自治体にとっては、アピールのチャンスにもなるでしょう。
宣言をすることが目的なのではなく、大事なのはその先。ランキングの発表によって、いい意味での競争原理が働いてくれればいいなと思っています。
――企業についてはどうですか
企業については、同じ業界でグループを作っていくことになるでしょう。業界ごとに課題が異なるので、グループを作ることで、取り組みがより具体的になっていくと思います。 今は、あの上司のおかげで成長できた、育休が取れた、子育てしながらキャリアを積めた、生産性が上がって業績が良くなった……という事例を広める時期だと考えています。
2014年から、厚生労働省では「イクボスアワード」という表彰制度を作っていますが、今年は建設会社の部長や、警察署長が受賞していました。労働環境が厳しいと思われている業界でも、取り組むことができるという情報発信になったと思います。
トップダウンで、集団で変えていく
現状では、新入社員がイクボス同盟の加盟企業に入社したとしても、配属先にイクボスがいない、ということがあると思っています。部下は上司を選べませんからね。まだまだイクボスは少ない。浸透するまでにあと4~5年かかると見ています。
イクボス養成の取り組みは、1社だけがやっても実現できません。例えば1社が20時退社の取り組みをしたとしても、ライバル企業が20時以降も働いていたら、売り上げで負けてしまうということもありえますよね。また、取引先の企業が20時以降も働いていたら、対応せざるを得ません。
業界全体で取り組めば、就活生へのアピールにもなるし、グループ企業全体で取り組めば、高度な経営判断なのだと周囲から認識してもらえる、というメリットもあります。トップダウンで、集団で変えていかないと、日本は変わりません。
長時間労働などによる過労死が問題になったことで、このような取り組みは加速していくでしょう。例えばファザーリング・ジャパンで実施しているイクメンセミナーも、リーマンショックのあと、受講者のパパが増えました。仕事をやればやるだけ給料も上がり、幸せになるという物差しが通用しなくなり、残業もできず、給料も増えず、家で居場所がない、という現実に男性の多くが気づいたからではないでしょうか。
働き方に満足していて、ライフが充実していて、労働意欲の高い社員のいる企業の方がもうかる、ということに全ての経営者が気づけたら、イクボスという言葉は必要なくなります。結果として、どの職場でもイクボスが標準化されているという世の中を目指したいですね。