幕府の建物があった場所も

さて、宝戒寺を出たら左手に進もう。若宮大路に並行して宝戒寺門前から南へと伸びる道は「小町大路」という。大路といっても、車がやっとすれ違える程度の狭い道だ。

かつて武家屋敷が並んでいただろう小町大路

鎌倉時代、現在、宝戒寺が建っている場所には執権の北条氏の屋敷があったという。おそらく、この辺りは武家屋敷が建ち並ぶ、鎌倉でも最も重要な場所だったのだろう。ちなみに、小町大路をずっと南の方へ行くと「魚町(いおまち)」「米町」などという地名が今でも残っており、市街地の南側には庶民の町が広がっていたようだ。

なお、若宮大路と小町大路の間の路地の一角には、「宇都宮辻子(うつのみやずし)幕府跡」「若宮大路幕府跡」という石碑が立っている場所がある。いずれも、かつて鎌倉幕府の政庁の建物があった場所だ。少々分かりづらい場所だが、歴史の舞台となった場所に立ち寄ってみるのもオススメだ。

「若宮大路幕府跡」の石碑。鎌倉幕府は鎌倉時代の140年間に二度引越しが行われたため、幕府跡の史跡が3カ所ある

明治の蔵で昭和の喫茶店の雰囲気を

宝戒寺から300mほど歩くと、かつて安房(千葉県)から鎌倉入りした日蓮が、民衆を集めて説法を行った場所とされる「日蓮辻説法跡」の史跡が道の左側にある。その先に、白い漆喰(しっくい)塗りの美しい蔵が見えてくる。

現在、喫茶店「tsuu」として営業している明治時代に立てられた米蔵

この蔵は明治30(1897)年から10年がかりで、秋田の宮大工によって建てられた米蔵で、現在は内部を改装し、喫茶&ギャラリー「tsuu(つう)」として営業している。オーナーの小沼多鶴子さんは、かねてから昔懐かしい雰囲気の喫茶店を開きたいと思っていたが、2009年、ひと目見た時から気に入っていたこの蔵がテナント募集中になっているのを知り、迷うことなく応募したという。

実は小沼さんの息子さんは、ジャズミュージシャンの小沼ようすけさんで、小沼さん自身も大の音楽好き。息子さんをはじめ、他のミュージシャンのライブも店で行うが、壁が厚く、音が漏れない蔵は、音楽を演奏するのにも最適な環境なのだ。

とてもセンスが良く落ち着いた空間の「tsuu」店内

現在、同店はランチタイムの営業が中心で、サイフォンで入れたおいしいコーヒー「氷温熟成珈琲」(ホット600円、アイス650円)のほか、身体に優しい安全な有機野菜をたっぷり使った野菜ソムリエが考案した「tsuuオリジナルカレー」(セットで1,500円)や、「秋田産もち豚」を使った「スペアリブフルーツ煮」(セットで1,900円)などのランチメニューも提供している。

コーヒーはサイフォン抽出にこだわる。コーヒー豆は氷温度熟成でグァテマラ、マンダリン、ブラジルを用意

●information
百年の蔵 喫茶&ギャラリー 鎌倉tsuu(つう)
住所: 神奈川県鎌倉市小町2-23-6
営業時間: ランチタイム11:30~15:00 ディナーは要予約
定休日: 月曜日
アクセス: 鎌倉駅東口徒歩5分

時間があれば、ハイキングも楽しめる

さて、ここまで来れば鎌倉駅まで5分。鎌倉市街地の中心部をグルッと一周して戻ってきたわけだが、もし時間が許すなら、もう少し散歩を続けてみよう。小町大路をさらに南へ歩き、滑川(なめりかわ)に架かる橋を渡った先で、左手に入っていくと、妙本寺という寺院の境内が広がっている。

境内の一番奥には、祖師堂という大きな建物があり、周囲を山の木々に囲まれている。このような山の懐に抱かれるような地形を鎌倉では「谷戸(やと・やこ)」という。妙本寺は大きな寺だが、静かで季節毎に様々な花や自然が楽しめるので、地元の人々の散歩コースとして親しまれている。

祖師堂の左手からは、妙本寺の裏山を通る祇園山ハイキングコースに入ることができる。このハイキングコースは距離が短いものの、豊かな自然に手軽に触れることができ、また、祇園山山頂は由比ヶ浜、材木座の海を一望できる、オススメのビュースポットになっている。

妙本寺祖師堂とノウゼンカズラ(7月下旬)

さて、鎌倉駅周辺の散歩コースいかがだっただろうか。ほんの狭い範囲を歩くだけでも、歴史、グルメ、ハイキングなど、さまざまなことをコンパクトに楽しめるのが鎌倉の魅力のひとつだ。限られた時間を上手に使い、古都鎌倉の魅力を存分に味わっていただきたいと思う。

※記事中の情報は2016年9月時点のもの。価格は税込

筆者プロフィール: 森川 孝郎(もりかわ たかお)

旅行コラムニスト、オールアバウト公式国内旅行ガイド。京都・奈良・鎌倉など歴史ある街を中心に取材・撮影を行い、「楽しいだけではなく上質な旅の情報」をメディアにて発信。観光庁が中心となって行っている外国人旅行者の訪日促進活動「ビジット・ジャパン・キャンペーン」の公式サイトにも寄稿している。鎌倉の観光情報は、自身で運営する「鎌倉紀行」で更新。