米国では9月5日のレーバーデーを過ぎて、大統領選挙戦が終盤のヤマ場に突入した。これから投票日の11月8日までの約2カ月が勝負を分けることになる。

この間、大統領候補は接戦が予想される州を中心に全米を行脚して、有権者に支持を呼びかける。通常であれば、大統領候補が訴えるべき点は主に2つだろう。一つは、選挙公約でもある自身の政策を説明することで、有権者に対して明るい未来を描くことだ。そして、もう一つは、自身がいかに大統領に相応しい人物かをアピールすることだ。

今のところ、多くの世論調査で、民主党のクリントン候補が共和党のトランプ候補を支持率でリードしているものの、その差は誤差の範囲内と言っても良い程度だ。もっとも、大統領に当選するかどうかは、支持率とは別に、州ごとに割り当てられた選挙人を獲得して、全米の過半数に達するかどうかで決まる。

そして、調査によって差異はあるものの、選挙人数の計算ではクリントン候補が圧倒的に有利なようだ。民主党寄りの州の選挙人合計が過半数(270人以上)を超えているとの調査結果もある。そのケースでは、クリントン候補は、取りこぼしさえしなければ、フロリダやオハイオといった接戦州を一つも取れなくても大統領に当選する。

ただし、クリントン候補にもアキレス腱がないわけではない。有権者から「信用できない」とみられていることだ。8月下旬に実施されたABCニュース/ワシントンポストの最新の世論調査で、クリントン候補を「好ましくない」と考える有権者が全体の59%に達している。「好ましい」は38%なので、20ポイント以上の差がついた。これはトランプ候補の「好ましくない」60%、「好ましい」37%とほぼ同じ結果といえる。

かかる状況下で、トランプ候補だけでなく、クリントン候補までもが、自身への投票を増やすよりも相手候補への投票を減らす方にエネルギーを費やすとしても不思議ではない。それは「ネガティブ・キャンペーン」、つまり中傷合戦に他ならない。

レーバーデー明けの6日、今後を予見させるかのように、クリントン候補は、トランプ大学に関連した不適切な献金に絡んで、トランプ候補を「詐欺師」呼ばわりした。一方で、トランプ候補も、クリントン候補を「大統領らしく見えない」と感情的に攻撃した。 9月26日には、3回予定されているディベート(討論会)の1回目が開催され、両者の直接対決が実現する(別に副大統領候補のディベートが1回)。投票日が近づくにつれて、ネガティブ・キャンペーンがどこまでエスカレートするか予測不能だ。

さて、ネガティブ・キャンペーンは、有権者を投票所から遠ざけたり、あるいは第3候補に向かわせたりするだけではない。その悪影響は、選挙が決着した後にも尾を引きそうだ。

まず、「コートテール効果」はほとんど期待できない。「コートテール(コートの裾)効果」とは、ある大統領候補が高い得票率で当選した場合に、議会選挙でも同じ政党に所属する候補の得票率を高める効果だ。その結果、大統領の議会運営は容易になる。

そうでなくとも、ネガティブ・キャンペーンは民主党と共和党との関係にも禍根を残すことになり、選挙後の協調路線は難しくなるはずだ。

さらに、新大統領には選挙戦で暴かれた「過去」が付きまとうことになり、就任早々から求心力を失うかもしれない。そして、消去法的に選ばれた新大統領のもとで、有権者や企業のマインドが劇的に改善するとも思えない。

今回の大統領選挙は、史上稀にみる「醜い」選挙になるかもしれない。今後の進展を見守りたい。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフアナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。

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