1992年にウィーンで初演をむかえて以来、世界中で上演されているミュージカル『エリザベート』。日本では1996年から宝塚歌劇団、2000年からは東宝版の上演が行われている。オーストリア=ハンガリー帝国の皇后・エリザベートの生涯を描き、ハプスブルク家の崩壊の物語に、"死"の概念である黄泉の帝王・トートを絡め、情感に満ちた音楽に彩られた名作だ。
いま、最もチケットのとりにくい舞台のひとつである同作。2016年度はトート役に井上芳雄と城田優をむかえ、6月28日の東京・帝国劇場を皮切りに、福岡・博多座、大阪・梅田芸術劇場、愛知・中日劇場と全国公演を控えている。『エリザベート』という作品に挑む井上と城田を囲む、博多座主催による合同取材会が行われた。
エリザベートの魅力とは
とにかく「チケットが取れない」と話題の同作だが、皇太子・ルドルフ役でデビューした井上は「ラッキーだったと思いますね。エリザベートでデビューしてなかったら、今のようにはなっていなかったと思います」と振り返り、エリザベートという作品を「底なし沼」と表現した。
井上「去年トートを演じてみて、何故ここまで、と思うくらいに観客の皆さんから愛されているのは相変わらず。というか、むしろ強まっているように感じました。去年もチケットが即完売して、底なし沼みたいな作品ですよね。ただ、麻薬のような力がある作品だからこそ、甘えちゃいけないなとも思います。これは特別なお祭りだからと、自分を戒めないと溺れてしまう。『自分の力じゃない、自分の手柄じゃない』と思わないと」
一方城田は、自分が演じる"死"という概念の面白さを語る。
城田「ノンフィクションの中に"死"という世界が入るだけで、こんなにもファンタジックになるんだなと驚かされる、素晴らしい作品です。魔法のようなものだからこそ、恐ろしいです。初演の時は24歳だったので、今より経験も実力もなく、逆に勢いでできたところもありました。5年経って、前回(2015年)またトート役を演じる時に、経験も積んでいるし、『あのとき出せなかった音も余裕で出せるようになった』と思っていたんです。何の不安もなく、やり切れるだろうと思っていたら、そんな甘い時間はなかった。本番は苦しかったですよね」
作品の強さは、主演の2人も感じるところが大きい様子だが、トートという役については、一体どのようにとらえているのだろうか。
定義のない、トートという役
トートという役柄について「死という、定義のない概念であること」の難しさがあげられる。城田は「概念がないからこそ自由にできるということもあるんですけど、僕は細かい動作、声、すべてのことが気になっちゃうんです。自分が作ってるトートという存在のちょっとした動きについて『今のは人間ぽく見えたんじゃ?』と思ってしまって。ちょっと失敗すると『今日のお客さんに見せる顔がない』とすぐ落ち込んでしまう性格で、作品の力も莫大だから」と、率直に心情を吐露した。
一方、井上は「人間ではないので、どうやってもいい」とある種の開き直りを見せた。ただ井上は「観ている人に"死だな"と思ってもらえないと。誰も死神を見たことないし、それぞれの中に死のイメージがあると思うので、物語の中で成立させるのは難しい」と語る。
2人のアプローチは真逆で「稽古中は楽しかった」と語る城田と、「稽古中は苦しんだ」という井上。井上は本番で「自分が1やったら、観客が10受け取ってくれる。そんな役はなかなかない」と話すが、実際に城田も前回の公演時に井上のトートを見て「久しぶりに芳雄君を舞台袖で見てた時に、進化してる」と印象を持ったという。
2人のトート、互いの印象は?
城田は「稽古場であった時のトート像とまるっきり違うくらいエネルギーが出ていて、すごいと思った」と井上のことを称賛する。
城田「芳雄くんはもう、ミュージカルでは教材になる人。僕ら世代の先頭にまず、井上芳雄という人がいて日本のミュージカル界が成り立っていると思います。落ち着きもあるし、観察力や洞察力も高くて。トートという役に関しても、去年舞台に立ったことで、自分のものになさっている感じがして、すごく面白いです。テキストになり得るというのは、稽古中よりも本番がいいという点なんですよ。稽古場で練ったものが本番で爆発するのがベストだと思うので。王道のど真ん中のプリンスといわれる理由はわかります」
井上「城田君はとても正直に、ある意味大胆に、自分が苦しんだと言えるようなところもあるし、それが事実ということはすごく繊細な面もある。その大胆さと繊細さのバランスが魅力的ですよね。人が望んでいることの逆を行きたかったり、行きたくないのに行ってしまったり、そんな予想外なところに、人は惹きつけられるのではないでしょうか」
意識せずとも、互いに影響を受けていることもあるという2人。福岡出身の井上は、博多座で凱旋公演を行うことになる。
井上「よく、博多に帰るとリラックスしていると言われるので、ほどけているのかもしれません。ほどけすぎると世界が違ってしまうので、緊張感をどう保つかですね。去年は東京公演だけでしたので、みんなでごはんに行くような流れにはなりにくかったですが、博多では交流をしたいです。飲み食べしまくる楽しみがあります(笑)」
井上の言葉に、「行きましょう、行きましょうよ!」と城田も大きく頷いた。