2016年6月3日に発表された米5月雇用統計は、非農業部門雇用者数が前月比3.8万人増と、予想(16.0万人増)を大幅に下回る伸びにとどまった一方、失業率は4.7%と予想(4.9%)以上の改善を見せた。また、5月の時間当たり賃金(平均時給)は25.59ドルと前月比+0.2%増加し、前年比でも2.5%と予想通りに堅調な伸びを示した。

米非農業部門雇用者数と失業率

米国平均時給

非農業部門雇用者数の増加幅は、2010年9月以降で最小となり、通信大手ベライゾンのストライキの影響による押し下げ分の3.5万人を加味しても冴えない結果であった。増加幅が前2カ月分の合計で5.9万人下方修正された事もあって3カ月平均は11.6万人と、ほぼ4年ぶりの低水準となった。また、失業率の改善については労働参加率が62.6%へ低下した事に起因するとの見方が専らだ。つまり、労働力人口の減少(=労働市場からの退出者増加)という負の要因によって失業率が押し下げられたにすぎないとの見方である。

この雇用統計を受けて、米国の6月利上げの可能性はほぼゼロに低下し、7月も30%前後まで確率が低下したためドル安が進行。ドル/円相場は約1カ月ぶりに106円台半ばまで急落した。5月末には、6月利上げの確率は30%前後まで、7月は60%前後までそれぞれ上昇していたが、雇用統計を受けて市場の利上げ期待が急激に萎む格好となった。ただ、そうした市場の動きはやや過剰反応にも思える部分が多い。米FOMCが単月の雇用統計の結果だけで利上げスタンスを撤回する事は考えにくいという事もあるが、それだけではない。

非農業部門雇用者数の増加幅が3カ月平均で11.6万人にとどまった点は確かに物足りないが、イエレンFRB議長が昨年末の議会証言で「毎月10万人弱の雇用ペースを確保できれば、労働力への新規参入者を吸収できる」との見解を示していた事を忘れるべきではないだろう。失業率を押し下げたとされる労働参加率の低下についても、一部のFRB所属のエコノミストが指摘しているように、高齢化などの構造問題が絡んでいる公算が大きく、米労働市場の緩みを反映しているとは言い切れない面がある。そうした見方に立てば、市場は2007年11月以来の水準に低下した失業率の改善を過小評価している可能性があると言う事になる。また、賃金の伸びが堅調な中で、雇用者の伸びが鈍化したのは人手不足が原因である可能性も捨てきれない。

5月雇用統計については、イエレンFRB議長も6日の講演で「失望的」としながら「単月のデータを重視し過ぎるべきではない」と述べている。この講演では、利上げ時期についての具体的な言及を避けており「今後数ヶ月以内に利上げが必要になる可能性」とした5月末からはそのスタンスを一歩後退させたように見えなくもない。もっとも、議長は「条件が合えば緩やかな利上げが適切となる可能性が高い」とした上で「5月雇用統計は賃金の伸びがようやく上向いた可能性を示唆した」と述べており、利上げスタンスは維持しつつ、今後のデータを再点検する構えのようだ。

6月23日に行われる英国の欧州連合(EU)離脱を問う国民投票の結果が不透明なだけに、その前に行われるFOMC(6月14日~15日)で利上げに踏み切る可能性はまずないと見るのが自然だろう。ただし、このFOMCでは年内2回の利上げ方針が改めて示される公算が大きい。また、7月8日の米6月雇用統計では、ベライゾン社のストライキ終結にともない非農業部門雇用者数に3.5万人の上積みが期待できる。その上で、イエレンFRB議長が指摘したように賃金の伸びが上向いた事が確認できれば、7月26日~27日のFOMCでの利上げは十分に可能性があると考えられる。

執筆者プロフィール : 神田 卓也(かんだ たくや)

株式会社外為どっとコム総合研究所 取締役調査部長。1991年9月、4年半の証券会社勤務を経て株式会社メイタン・トラディションに入社。為替(ドル/円スポットデスク)を皮切りに、資金(デポジット)、金利デリバティブ等、各種金融商品の国際取引仲介業務を担当。その後、2009年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画し、為替相場・市場の調査に携わる。2011年12月より現職。現在、個人FX投資家に向けた為替情報の配信(デイリーレポート『外為トゥデイ』など)を主業務とする傍ら、相場動向などについて、WEB・新聞・雑誌・テレビ等にコメントを発信。Twitterアカウント:@kandaTakuya