佐藤尚之『明日のプランニング 伝わらない時代の「伝わる」方法』(講談社/2015年5月/円+税)

インターネットの普及によって、世の中に流れる情報の量はいよいよ天文学的な数字にまで膨れ上がってしまった。情報収集に関する悩みについて、今ではもう「必要な情報が見つからない」ということよりも「情報が多すぎてどれが本当に必要な情報なのかわからない」ということのほうが多くなってきたのではないかという感じすらある。

こういった情報過多の時代に、多くの人に何かを伝えるというのは決して簡単なことではない。頑張ってコンテンツを作っても他の情報の量が多すぎて注目されないまま終わることは少なくないし、仮にバズを生み出すことに成功して注目を集めることができたとしても、すぐ他の新しい情報がやってきてあっという間に忘れられてしまう。こういう状況に、多くのメディア関係者は日夜頭を悩ませていることだろう。

本書『明日のプランニング 伝わらない時代の「伝わる」方法』(佐藤尚之/講談社/2015年5月/円+税)は、こういった情報過多で圧倒的に情報が「伝わらない」現代において、どうやって情報を伝えていけばよいのか、その考え方を解説した本である。

現代は情報"砂の一粒"時代

本書で紹介されているある調査によると、2010年の1年間で世界に流れた情報の量は約1ゼタバイトだったという。1ゼタバイトと言われて、ピンと来る人はほとんどいないだろう(念のために書いておくと、ゼタは10の21乗)。1ゼタバイトは、世界中の砂浜の砂の数とだいたい同じなのだそうだ。世界には、今やこれだけの情報が溢れている。

こんな状況では、「いいものを作れば知ってもらえるはずだ」という考え方だけでは到底立ち行かないことがわかる。頑張って情報を発信したとしても、その情報は所詮砂の一粒にすぎない。そんな現代において情報を多くの人に効果的に届けるためには、今までのやり方とは違った考え方をしなければならない。従来のテレビCMのような、一律の方法でたくさんの人にまとめて届ける、というやり方は少しずつ通用しなくなっている。

普段はネットをあまり見ないという人たちもまだ5,000万人以上いる

もっとも、すべての人がそういった「情報洪水」時代を生きているというわけでもないというのが現代の面白いところだ。ネット上をおびたたしい数の情報が行き交っている一方で、日本にはネットを毎日は利用しないという人が5,670万人もいる。ネット検索を日常的に使わないという人はもっと多い。情報爆発と同時に、情報格差もどんどん大きくなってきているというのが実情なのだ。

こういった情報"砂の一粒"時代以前の人たちを相手にする場合、従来のマス向けの情報伝達手法(前述のテレビCMなど)はまだまだ有効である。日常的にネットを使っていると、こういう人たちの存在を見落としがちになってしまうが、こういう人たちもまだ全体の半分ぐらいはいるわけだから無視してはいけない。本書では、こういった情報"砂の一粒"時代以前の人たちについても、結構な量を割いて情報の伝え方を論じている。そういう点では、なかなか隙のない本だと言える。

情報が多すぎると、人は友人や知人の情報を頼るようになる

情報"砂の一粒"時代以前の人たちについては従来の方法を利用するとして、では情報過多時代の本丸とも言うべき普段からネットやSNSを使って情報に浸りきってしまっている人に情報を伝えていくためには、どのようなやり方が考えられるのだろうか。

本書で提案されている主たる方法は、彼らの「友人・知人」を使っていくというものだ。人間は情報が多すぎると自分と価値観や環境が近い友人・知人の意見を一番重んじるようになる。自分だけであれば素通りしていたであろう情報も、友人・知人の推薦が入ることで興味が湧く、ということは実際少なくない。情報過多の現代では、直接的なアプローチよりもむしろ友人・知人を介した間接的なアプローチのほうが深く人に刺さりやすい。

重要なのはファンから友人・知人へのオーガニックリーチ

このように、友人・知人は情報が多すぎる現代においては最強のメディアということになるが、この友人・知人を介して商品購買のようなアクションを受け手に起こさせたい場合は、単にバイラルしやすいコンテンツを作るだけでは不十分だ。そこで重要になってくるのは、ファンから友人・知人への「オーガニックリーチ」という考え方である。

たとえばある商品について、それに強い関心を抱いていたり、熱烈な好意を持っているファンは自分の言葉でそれを友人・知人に広めてくれる。これを本書ではオーガニックリーチと呼んでおり、情報が伝わらない現代においてオーガニックリーチはもっとも協力な情報伝達手段となる。こういった「ファンベース」の考え方が、情報"砂の一粒"時代における情報の効果的な伝え方ということになる。

本書の内容は、広告業界やウェブ業界など実際に多くの人に情報を伝えることを仕事にしている人だけでなく、たとえばブロガーのように趣味で情報発信を行う人にとってもきっと参考になるだろう。ファンからオーガニックな言葉を引き出すという考え方は、商業メディアにだけでなく個人メディアであっても有効である。仕事でもプライベートでも、情報が多くの人に伝わらないことに不満を覚えたことがある人は、ぜひ本書を一読してみてほしい。きっと伝えるためのヒントが見つかるはずだ。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。