組事務所内の様子

土方 午前10時過ぎ、責任者の人が来るのに合わせて事務所に出掛けます。そのまま事務所にいて、責任者の人が帰る時間、17時くらいに宿に帰るパターンです。携帯電話が普及したことで、事務所の機能が形骸化してて、当番に来る人たちも一応決まりだから来てるけど、あんまりやることがない。みんなヤクザ映画を観たり……けっこうVシネマを観てるんですよ。あとは縁側で日向ぼっこしているおじいちゃんのように世間話をしている。金がないっていう世知辛い話が多かった。明るい話はほとんどなかった。

僕らは事務所にずっといたんで、最後には空気のようになったんです。日常を撮るというのが目的だから、それでかまわないんです。ドキュメンタリーには神様がいて、どれだけ事前に想像していても、絶対そうならないというのが合い言葉だった。それが面白いと思えるようになったらいいことが起きる。だから想像するな。想像するなとお互いが言い合ってました。

ただ、神様が微笑んだ時は2度ありました。ひとつは別室の中で組員が若頭(組のナンバー2)に叱られるシーン。ガタガタ音がして、ビシビシ聞こえてきて、これは撮れたと思った。誰だってヤクザのイメージは恐怖、凶暴な集団って印象があるはずだけど、実際、日常に入ってみたらほとんどそれがない。恐怖を感じる場面がなかったんです。あそこだけですよね。まともに彼らって怖いなと思えたのは。

もうひとつは家宅捜索です。これは毎日事務所に通っていたから撮れた。自主規制はありません。撮れるものは全部撮った。彼らは常日頃から警察とやり合っているからだと思うんですけど、危ない場面ではギリギリまで出すけど、肝心なところを見せない。シノギでも実際になにをやったかは分からないんです。これは本当です。映像を観て、おそらくという推測は出来ます。たとえば野球というヒントはあるから、ああ、なんとなくこれかな? と思うはずです。もちろんあのシーンを使ったということは、観てる人にもなんらかの推測が成り立つんだろうなと思って使ってる。怪しいものを扱っている場面もありますが、音声上も画像でも、なにを手にしているかは分からない。

題材として惹かれたのは、Mさんという21歳の部屋住み(住み込みで事務所に暮らし、ヤクザの礼儀作法を習得する)の若者です。映画はテレビバージョンより尺(放送時間)を伸ばして入れました。ドロップアウトしたことは昔と同じでも、今時のドロップアウトなんです。

撮影中に、警察による家宅捜索が行われた

阿武野 本人は引きこもりでしたとは表現してないけども、根本的にはそういう現代的な背景でヤクザになった若者がいるなんて想像していなかった。普通はやんちゃして、バイク乗って、暴走族に入ってという粗暴系のコースから入る世界ですよね。でもそうじゃなくなってるっていうのが衝撃だったですね。叔父貴が面白いことを言うんですよ。

「20歳くらいならもっと楽しいことをしてたいのに、なんでまたこんな部屋住みみたいなことすんねん」

家にいてゲームやってたほうがラクなのに、部屋住みになって、「おはようございます」「清勇会です」なんて、ドスの効いた声で電話応対して、掃除するなんておかしいだろと。そういうヒエラルキーの中に自分を置くことで、生きている実感を持ちたいということが、すごい不思議だと。そして叔父貴は彼にこう言いました。

「しっかりして欲しいねん。お前がしっかりしてくれないとつまらんねん」

そうポロッと吐露する瞬間、そこに疑似家族……お父さんと息子っていうのが、ほんとに短いシーンですけどポッと立ち上がる。暴力団というと、パーソナリティが出ないけど、カメラを回してみるとそこに個性というか、人間が浮かびます。