――同書のタイトルにもなっている「文集」は、学生時代の作文をまとめた読み物として多くの人がそこに当時の思い出を刻んできた。ミムラもその一人だったが、自身が書いたものを読まれるのが恥ずかしく、すべて処分してしまったという。しかし、あるきっかけで文集の魅力を再認識し、今回のタイトルに採用することとなる。同書で何よりも驚かされるのは、まさに文集に書かれているもののように過去の記憶が詳細かつ鮮明であること。中には小学校時代のことまで事細かに書かれている。日記をつけたことがないというミムラの記憶力の秘訣とは。

何人かの方々から『文集』を読んだあとに「よくあんなにいろいろ覚えていますね」ということを指摘されて、初めて「そうでしょうか」とあらためて振り返ってみた感じです。

他の人と少し違うのかなと思い当たるのは二つあります。一つは3歳の時には3桁の計算ができたらしいです。「計算」というものではなく、頭の中にあるみかんやりんごの山を瞬時に数えるのだと当時答えていたそうですが(サヴァン症候群みたいでこのままだったら格好良かったですね)。

もう一つはこの時のことを「らしい」と言っている部分であり、幼稚園の時、卒園間近でインフルエンザにかかって42度3分という、タンパク質が変異するほどの高熱を出し数日寝込んだところ、それ以前の記憶がなくなるという経験をしました。

それで、元気になって幼稚園に戻ったらわぁっと何人も友達が駆け寄ってきて「りえちゃんだいじょうぶ?」「あのねあのね」と取り囲まれたのですが、本人はその子たちが誰だかさっぱり覚えていなかったのです。これはかなりコワイ体験でした。もちろん「あなたダレ??」と言えないモラルだけは子供ながらも薄々わかっていたので、卒園までの間なんとなくの知ったかぶりで通さねばならず、幼稚園に行くのが恐ろしかったです。

「お隣さん」のように反復して体に入っているものは忘れず、家族や近所の人々や日常に密着した物の名前は覚えていたのですが、新しく、かつ比較的刺激的だったはずの幼稚園での出来事が抹消されました。イコールそこで自分がどんな立ち位置だったか、人間だったかもわからなくなってほのかにできつつあったアイデンティティが真っさらに戻ったと言っていいと思います。

この時の出来事に端を発して、その後も"ひょうきん者で人を笑わせたい自分"と"何も構わないでほしい、一人で居たい自分"が数年単位でいったりきたりしました。二重人格という大げさなことではなく、ごくごく普通の思春期にありがちなことですが、全く違う方向に二部屋あったので記憶が蓄積しやすかったのではないかと想像しています。

人のにぎわいの渦中で楽しんでいることも多く、一人でぽつんとその集団を第三者的に見ていることもあったので、役者としては双方の感覚を絵空事ではない実体験で覚えているのはとても大きな財産になったと思います。

20後半から、それを簡単にスイッチングできるようになり、より役者業の為の道具として「使えるなぁ」と感じています。

同じキャラクターを演じるだけでは、記憶力に限界があるのかもしれません。根幹さえ一貫していれば、頭の中に何部屋か作って自由にさせてやると意外としっかり記憶するものと思います。ルーティーンを意識的に逸脱する時間を作ると記憶が定着しやすくなるのではないでしょうか。その意味では役者はいや応なく仕事のことをつぶさに覚えることになると思います。高峯秀子さんの「わたしの渡世日記」なんかすごい情報量ですよね!

ということで思いつく限り書いてはみましたが、私の記憶力は時々第三者からすごいと言われても平々凡々なものと思います。現在も日記は書きませんが、依頼いただいた時にお待たせすることのないようにと、興味深かったことや面白かったことはメモを残す癖はついています。自費出版で自伝を出したがる60代以降のおじさまも多いと聞きますし、実際書こうと思えば誰でも書けるのではないでしょうか。

処女小説はいつ? 又吉の受賞で思うこと

――ピース・又吉直樹の小説『火花』が芥川賞を受賞し、200万部を超えるヒットで世間の注目を集めている。読書家で執筆業をこなしてきたところなどはミムラと重なる部分も多いが、これまで文学作品は発表していない。今後の予定はあるのか。

まだまだ拙い私レベルでも5年ほど前から声がかかり、計四社から「書く気はありませんか?」「書くことになったらぜひわが社で!」と打診されました。うれしかったですね。本職の方には申し訳なく思ったり、うぬぼれるな、と言われそうですぐわれに返りましたが。

ただのイチ本好きとしては出版業界の将来をなんとなく危惧していて、又吉さんの受賞が決まった時に少しほっとしました。天下の芥川賞ですから、芸人さんでの受賞が初めて、となるとこれがある種の基準になるので、又吉さんでよかったなぁと。本当に本が好きな人が書いている本ですから、皆に愛されるわけだなぁととても自然なことのように思いました。

本も含めエンターテイメントはお客さんが居ないと成立しないものですから、どれだけ失敗を重ねても、「これはどうでしょうか」と見せ続ける。それでダメなら改善して「では、これでは?」と発表を繰り返しながらお客さんに尋ね続けるしかないわけです。

作家の方は発表に至るまでにかなりの時間を費やすと思いますが、それも一人でずっと取り組む。そして発表して評価を下されるのは一瞬。プロの作家さんでも一刷目が一万部だなんてそうそうないと聞く時代、「本を出す」行為にこぎ着けるだけで奇跡的なわけですよね。

私が自著を1,000円にしたのには、本業の作家さんへの尊敬の念からです。会社から「安すぎないか」「せめて1,500円くらいでは」と言われたのですが、プロでもない人間の文章が詰まっている本にこれ以上の値をつけるのは微妙。芸能人らしくビジュアルブックであれば別ですが、そういう付加価値もないのでこれが限界と思います、と説明して納得していただきました。

そんな考えなので、今はまだまだ……。お声がけくださった出版社さんにマイナスを生じさせるわけにもいきませんし。書く事も大好きですが、それ以上に読む事が好きなので、読む方の私の心が「お前の腕前でやってくれるな」と、厳しくにらみを利かせている間はやることはないと思います。

■プロフィール
ミムラ
1984年6月15日生まれ。埼玉県出身。趣味は読書。2003年10月の月9ドラマ『ビギナー』でヒロインに抜擢され、女優デビュー。以降、『斉藤さん』(08年日本テレビ系)、『銭ゲバ』(08年)、『江~姫たちの戦国~』(11年NHK)、『梅ちゃん先生』(12年NHK)などのドラマのほか、『海猫』(04年)、『サイドカーに犬』(07年)、『天国からのエール』(11年)、『わが母の記』(12年)など映画にも多数出演。今年1月には初舞台も踏み、7月からNHK・BSプレミアム『一路』に出演中。8月もNHK『経世済民の男 高橋是清』と出演作が続く。