ネパールで4月25日、首都カトマンズより北西約80kmを震源とするマグニチュード7.8の地震が起きた。この地震により8,000人以上が犠牲になり、現在も大きな余震が続く中、家屋が全壊・半壊の被害を受けて多くの人々が野外での生活を強いられている。

首都カトマンズでも家屋が全壊・半壊した

この被害は、カトマンズ盆地一帯に広がる世界遺産「カトマンズの谷」の歴史的建造物にも及んでいる。被災した世界遺産は今後どうなるのか、世界遺産に詳しい世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局の研究員・本田陽子さんにうかがった。

約900もの歴史的な建造物が密集した盆地

まず、このカトマンズの谷はどんな物件なのか。世界で最初の世界遺産は1978年に誕生しているが、カトマンズの谷はその翌年の1979年に文化遺産として登録されている。直径約20kmあまりのエリアに約900もの歴史的な建造物が密集し、カトマンズとパタン、バドガオンの3つの古都が残されている。

カトマンズのダルバール広場も地震で一変した

中でも世界中の観光客を魅了しているのが、旧王宮や寺院、館(やかた)がひしめくカトマンズのダルバール広場だ。広場には赤レンガと木材を組み合わせたネパール特有の様式を用いた建造物のほか、ヒンドゥー教と仏教が共存する寺院などがあり、ネパールが歩んできた歴史を肌で感じることができる。また、広場は観光地であるのみならず、地元民の憩いの場にもなっており、多くの人々が行き交うカトマンズ屈指の活気あふれるエリアとなっている。

ダルバール広場の様子

今回の地震ではダルバール広場の建造物のほか、カトマンズ市内を一望できたダラハラの塔も崩壊した。また、ともに世界遺産に登録されたネパール最大の巨大仏塔(ストゥーパ)「ボダナート」にも亀裂が入るなど、カトマンズの谷の構成遺産に甚大な損傷がみられている。今後、こうした世界遺産はどのように扱われるのか、本田さんにうかがってみた。

「ボダナート」にも地震で亀裂が入った

危機遺産登録で国際的な支援を

―地震で破壊された建物もあるようですが、こうした世界遺産はリストから削除されてしまうのでしょうか?

「そもそも『顕著な普遍的価値を有するもの』が世界遺産になるわけですが、その価値が全くないとみなされてしまうと削除されるケースもごくまれにあります。ですが、まずは『危機遺産』に登録されるのが一般的です。

これは『危機にさらされている世界遺産リスト』のことで、登録される理由は自然災害や紛争などの人為的被害、また、密猟などによる生態系の悪化、老朽化などと多岐に亘ります。実は、ネパールのカトマンズの谷は2003年~2007年の間、危機遺産に登録されていました。その時は急激な都市化による景観の悪化が理由でした。

年に1回開催される世界遺産委員会では、危機遺産の登録やすでに登録されている危機遺産の見直しを行っています。2015年5月現在、危機遺産は46件あり、その数は年々増えています。ネパールのカトマンズの谷は地震による被害を理由に、今年の世界遺産委員会で危機遺産リストに登録される可能性が高いと思われます」。

ダルバール広場の様子

―危機遺産に登録されるとどうなるのでしょうか?

「危機遺産に登録されることは観光的にはダメージになりますが、罰金を払わないといけないとかペナルティーが課されるとかというような罰則はありません。そもそも危機遺産への登録は、その保有国に対してもっとしっかりとした保全をうながすことが目的とされています。

ただし、地震など自然災害が原因の場合は事情が異なります。特に今回のネパールの場合、危機遺産として定めなくても国際的な協力が必要とされるレベルにまで達していますが、もし危機遺産に登録されればより注目が集まり、国際的な支援や協力が得やすくなると思われます。

また、文化財の保護という点において、修復・復元に精通した人材を育成することもとても大事なことです。文化財は国民にとってアイデンティティにもなりうるものですから、自国民の手による文化財の保護がゆくゆくは確立するように、日本などの先進国は協力していくことが必要になるでしょう」。

修復・復元に精通した人材を育成することも大事

過去に削除された世界遺産は2つ

―危機遺産への登録は世界遺産を守るためのものなんですね。とは言え、危機遺産に登録されたものが世界遺産から削除されたケースはあるのでしょうか?

「過去に世界遺産を削除されたケースが2つあります。ひとつは『アラビアオリックスの保護地区』(オマーン)で、これは政府が石油・ガス開発のために保護地区の約90%の削減を行ったため、危機遺産登録を経ず2007年に世界遺産から削除されました。

もうひとつは『ドレスデン・エルベ渓谷』(ドイツ)です。エルベ川に橋をかける計画が歴史的景観を損なうとして2006年に危機遺産に登録されたのですが、生活の利便性から橋の建設が実行されたため、2009年に世界遺産から削除されました。こうした例はありますが、危機を脱する道筋ができたと世界遺産委員会が判断すれば、危機遺産リストから外されます」。

―近年、危機遺産から脱した世界遺産にはどのようなものがあるのでしょうか?

「地震によって危機遺産に登録されたもののひとつに『バムとその文化的景観』(イラン)があります。こちらは2003年の大地震により破壊的な被害を受けたため、2004年に世界遺産に緊急登録されると同時に危機遺産にも登録されました。復興には日本も支援に加わっています。

こうした各国からの支援を通じて、完全ではないもののかなり復元されたということで、バムは2013年に危機遺産を脱しました。地震からの復興を果たした世界遺産の例は他にもあるので、こうした前例から学んでカトマンズも復興してほしいと思います」。

現在も多くの人々が屋外での生活を強いられている

現在ネパールでは、人々が元の生活を取り戻すための食糧支援や救援物資の輸送、情報通信支援が急ピッチで進められている。そうした支援は国連WFP協会などでも受け付けている。

一方、世界遺産の復元までにはさらに長期的な支援が必要になる。特にカトマンズの場合、観光収入が都市GDPの5割を占めており、生活と観光は切っても切れない関係となっている。ある程度観光もできる段階になったなら、積極的にネパールを旅先に選んで観光客としてお金を落とす(経済活動をする)というのも、ひとつの支援になるだろう。

※記事中の写真は2015年5月撮影時のもの

プロフィール: 本田 陽子(ほんだ ようこ)

「世界遺産検定」を主催する世界遺産アカデミーの研究員。大学卒業後、大手広告代理店、情報通信社の大連(中国)事務所等を経て現職。全国各地の大学や企業、生涯学習センターなどで世界遺産の講義を行っている。