マルチな才能を誇る湘南ベルマーレ・遠藤航は、一人でいくつもの役割をこなす

任される役割が増えるごとに表情は輝き、充実感も増してくる。2シーズンぶりのJ1を戦う湘南ベルマーレの若大将、22歳のDF遠藤航は成功率100%を誇るPKキッカーを皮切りに、日本代表を合わせ実に「10」もの肩書を背負わんばかりの勢いで成長を続けている。

遠藤がPKキッカーを託される意外な理由

ボールを置くペナルティーマークから、相手のゴールキーパーが仁王立ちするゴールラインまでの距離は12ヤード(約10.97m)。プロサッカー選手による成功確率が約8割とされるペナルティーキック(PK)は、蹴る側も「決めて当然」というプレッシャーに襲われる。

当然のことながら、試合中にPKを獲得した場合に備えて、ほとんどのチームがあらかじめキッカーを決めている。「キックが正確だ」「駆け引きで相手の逆を突ける」――といった理由があるなかで、ベルマーレを率いるチョウ・キジェ監督の選定基準は非常にユニークだ。

「PKを外しても、その後のプレーが何も変わらない選手に蹴らせています」。

開幕から10試合を終えたJ1戦線。キャプテンのMF永木亮太が指名された1試合と、過密日程による蓄積疲労が考慮されて欠場した1試合を除いて、今シーズンのベルマーレは22歳の若大将・遠藤がPKキッカーの大役を務めている。

「もちろん、決める力があるから蹴らせているんですけどね」。

指揮官が苦笑いしながら補足したように、これまでに3度獲得したPKにおける遠藤の成功率は100%。すべての場面で心憎いほど冷静に、そして危なげなく強烈な弾道をゴールネットに突き刺してきた。

強靭なメンタルに導かれるPK成功率100%

ホームにヴィッセル神戸を迎えた6日の一戦。0対1で迎えた前半のアディショナルタイムにPKを獲得した直後も、遠藤は表情ひとつ変えずにボールをセットした。

「PKに関しては、どちらかと言えば自分が蹴るよりも味方が蹴るのを見ているほうが緊張するんですよ。迷っちゃうと入らないし、基本的には前日の練習で決めることができた方向に、自信をもって蹴るようにしています。(ミスをしたらどうしようと)考えないようにしているというか、『たとえ外したとしても気持ちを切り替えればいいだろう』といった感じで蹴っています」。

チョウ監督がキッカーに指名するのもうなずける。浦和レッズとの開幕戦で決めた先制点、劇的な逆転劇を飾った鹿島アントラーズ戦の同点ゴールに続き、ヴィッセル戦でも自身から見て右側へ迷うことなく強烈な一撃を一閃(いっせん)。メンタルの強さと正確なキックで、チームに勝ち点「1」をもたらした。

「正直、得意なのはそっち(右)ですけど……それはあまり書かないでくださいよ」。

今後を見すえた相手との駆け引きからか。苦笑いしながらメディアに自粛をお願いしたが、22歳とは思えない余裕と風格を漂わせたたたずまいは、「それでも決める自信がある」と語っているようだった。

湘南ベルマーレで背負っている7つの役割

通算3得点でチーム内の得点王に浮上した。高校3年生だった2010年、けがで前半戦を棒に振った2013年に続き、3度目となるJ1に挑む今年は副キャプテンとして永木をサポートしている。

ピッチの上では3バックの右を主戦場として、試合状況によって3バックの真ん中、ボランチ、そして3トップの右と4つのポジションでプレー。PKキッカーとチーム内得点王、そして副キャプテンを合わせて、ベルマーレだけで「7役」を務めるマルチぶりを発揮している。

「いろいろなポジションを任されることは、成長していく上で自分にとってもプラスになるとポジティブにとらえています。自分のよさの引き出しというものを与えられたポジションによって変えられる、ということを意識していきたいですね」。

3バックの右ではボール奪取から積極的に攻め上がり、ビルドアップに加わる。真ん中ではカバーリングと縦パスを入れる意識を強くもつ。ボランチでは潰(つぶ)し役とゴールに絡むプレーを、前線に入ったときはボールを収めて攻撃の起点になることを心掛ける。成長へのハードルが高いほどに、充実感も増してくる。

「自分としては飛び抜けている部分を作りたくないというか、すべてにおいて平均値の高い、何でもできるプレーヤーになりたいんです」。

一芸に秀でたスペシャリストではなく、何でもこなせる質の高いゼネラリストを目標とするのも、自身が備えている素質を理解しているからとも言える。

チョウ監督が絶賛する学習能力の高さ

J2を戦った昨シーズンは、3バックの右で7ゴール3アシストを記録した。自信を深めた今シーズンはゴールとアシストの合計を「15」と目標設定したが、実際に戦いながら修正を加えることも忘れない。

「僕としては相手のカウンターを注意しながら、バランスとタイミングを見ながら前へ行くことを考えています。攻め上がっても詰まるシーンもあるし、後ろでボールを受けたほうがいいシーンもあるので、攻め上がる量よりも質を重視している感じですね」。

遠藤と3バックの左に入る三竿雄斗が頻繁に攻撃参加するスタイルを逆手に取るように、J1勢はベルマーレにあえて攻めさせた上で「カウンター返し」を仕掛けてきた。

だからといって、相手の狡猾(こうかつ)さにひるんでいては「湘南スタイル」は発動されない。「無謀」と「果敢」の間に明確な境界線を引き、勝ち点を積み重ねていくにはどうしたらいいか。

「前線に相手が何人残っているのかを常に把握して、味方に声をかけるようにしています」。

失敗に学ぶ姿勢を貫く遠藤へ、チョウ監督も厚い信頼を寄せている。

「彼の一番いいところは、ミスに対する学習能力の高さ。ミスを引きずらず、試合のなかで整理していく力はJ1の選手のなかでもずぬけているんじゃないかな」。

ハリルジャパンで担うであろう10役目

来年のリオデジャネイロ・オリンピック出場を目指すU-22代表ではキャプテンを任され、基本的にはボランチを、必要なときにはアンカーを務める。

実はオリンピックの舞台で戦うことを前提にして、遠藤のサッカー人生の青写真にはこんな短期的目標が描かれている。

「オリンピックの前には、A代表に入りたい。努力すれば手の届く場所にあると自分では思っている」。

ヴァイッド・ハリルホジッチ監督のもと、5月12日と13日に千葉県内で行われる国内組限定の日本代表候補合宿に、U-22代表からDF植田直通(鹿島アントラーズ)、DF岩波拓也(ヴィッセル)、FW浅野拓磨(サンフレッチェ広島)が招集された。

リオデジャネイロ世代の精神的支柱として、遠藤は喜びを覚えずにはいられない。

「何人かがA代表へ入ることによって、自分たちの世代の底上げにもつながると思うので」。

同14日にリーグ戦が行われる関係で、遠藤を含めたベルマーレ勢は選外となることが事前に決まっていた。それでも、己が信じる道を真っすぐに進んでいけば、ベルマーレでの「7役」にU-22代表のキャプテンとアンカー、そしてA代表が加わり、「10役」となる瞬間がそう遠くはない未来に訪れるはずだ。

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筆者プロフィール: 藤江直人(ふじえ なおと)

日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。