ponanzaが示す可能性
序盤ではponanzaが興味深い指し回しを披露した。
図4は飛車の頭を押さえられ、先手がどこに飛車を逃げるかという場面。横歩取りでは飛車の横利きが重要な要素になるため、四段目をキープして戦うことが多い。人間の第一感は穴の開いている8筋に回る▲8六飛だ。しかしponanzaは▲5六飛△4二銀▲8六飛(図5)と不可解な手順を経て8筋に移動させた。5筋に途中下車しているので、手の損得で見れば純粋な1手損である。これを見て控室に詰めていた棋士は口々に「ありがたい」とつぶやいた。途中下車の間に後手は陣形整備が進んだ。見返りのない手損に思えたからだ。山本氏も「単なる手損のようで、不安になった」とこのときの心境を振り返っている。
ところがあとで検討すると、ponanzaは微妙な損得勘定のうえで手順を選んでいたことがわかった。△4二銀と銀を上がった形は後手玉の側面が開いており、たとえば飛車を持ったときに王手で打ち込む筋が生じる。図4と図5の後手陣を比較すると、図5がまさるのではなく、どちらも一長一短ある。これがponanzaの主張だった。
コンピュータは先入観にとらわれない自由な発想で、これまで人間が思いもよらなかった局面で定跡を動かしてきた。2013年、名人戦という大舞台で登場したponanza新手は、戦場となった矢倉だけでなく、相居飛車全体の勢力図を塗り替えるきっかけになるほどの影響力があった。このときは人間の盲点をコンピュータが指摘した格好で「組み合わせの妙味」が注目されたが、今回のponanzaの途中下車は、手の損得と形の良し悪しを天秤にかけ、既存の価値観に疑問を投げかけ新たな可能性を提示するものだ。これはプロ間でも最近になって深められるようになったテーマでもある。図4から図5に至る手順の意味を理解して、ponanzaに創造性の萌芽を感じた。
参考になる駒組み
村山七段の研究は不発に終わったが、ponanzaが分の悪い定跡に挑んでいるという事実は残っていた。少なくとも対局中は、である。だがponanzaはその前提をひっくり返してしまう。
ponanzaは▲5六角成(図6)と強力な馬を作り、確かなポイントをあげた。ponanzaは中央に据えた馬でにらみを利かせながら、自然な駒組みでリードを保つ。先手がバランスよく陣形を発展させることができたのに対し、後手は駒組みが難しい。コンピュータ将棋は攻め重視の棋風であることが多く、ponanzaも途中で馬を切り飛ばして猛攻をかける順を読んでいたという。それを踏みとどまった結果のじっくりした試合運びは堂々たるもので、強者の風格を感じさせた。
分が悪いとされる選択から駒組みを進め、気づけば十分な態勢。相横歩取り対策のサンプルとして提示しても申し分のない序盤だったように思う。