星稜(石川県)の初優勝で幕を閉じた第93回全国高校サッカー選手権。決勝戦で悪夢の逆転負けを喫してから1年。悔しさとチーム内の競争心を両輪として前進を重ね、名物監督を襲ったまさかのアクシデントをも力に変え、粘る前橋育英(群馬県)を振り切った。
決勝戦前に両校が抱いた対照的な思い
武者震いと達成感。ともに初優勝をかけて決勝戦で激突した星稜と前橋育英の明暗を分けたのは、準決勝を突破した時点で抱いた「思い」の差だったのかもしれない。
ちょうど1年前。星稜は残り3分で2点のリードを追いつかれ、延長戦でも主導権を奪いかえせずに富山第一(富山県)に屈して初優勝を逃した。悪夢の一戦にフル出場していたMF前川優太(3年)は、1月10日の準決勝で日大藤沢(神奈川県)を下した瞬間に心の中でこう呟(つぶや)いている。
「やっと来た! 」。
決勝戦で喫した悔しさは、決勝戦でしか晴らすことができない。「日本一」という忘れ物を取り戻すことだけを目標に据えてきたからこそ、星稜の選手たちは「武者震い」を覚えずにはいられなかった。
一方の前橋育英はどうだったか。終了間際の劇的なゴールで同点に追いつき、PK戦の末に過去4度もはね返された「準決勝の壁」を越えた瞬間の喜びようは星稜の比ではなかった。しかし、喜びと同時にある種の「達成感」が生じていたとしても不思議ではない。
対照的だった準決勝後の第一声が、両校の心理状態を物語っている。星稜の木原力斗監督代行が「うまくいったところもあれば、いかなかったところもある」と3対0の快勝の中でイレブンに注文をつけたのに対し、前橋育英の山田耕介監督はこう語っていた。
「ホッとしています」。
去年の決勝戦の映像を見直さない理由
準決勝から中1日で迎えた大一番。星稜はキックオフから独特の雰囲気に飲まれることなく猛攻を仕掛け、一方の前橋育英は不用意なパスミスからPKを献上するなど硬さが目立った。まさに「武者震い」と「達成感」の違いにもたらされたものといっていい。
決勝の舞台で何をなすべきか。星稜は全員が理解していた。先制点となるPKを決めた前川は「去年の決勝戦の映像は一度も見直していない」と明かした上で、敗因をこう分析している。
「(監督たちから)『最後まで気を抜くな』と言われていたけど、どこかで油断していたんだと思う。いまでも鮮明に覚えていますけど、1点を取られてからはスタジアムの雰囲気に飲まれてしまった」。
映像をチェックする必要もない。試合終了の笛が鳴るまで絶対に油断しないこと。何があっても最後まであきらめないこと、そして、動じないことも富山第一の姿勢から学んだ。だからこそ、後半に入って平常心を取り戻した前橋育英に2分間で2点を奪われて逆転されても、決して浮き足立つことはなかった。
後半19分に同点ゴールを決めたDF原田亘(3年)、延長戦の前半5分に勝ち越し、後半終了間際にダメ押しの2発をたたきこんだFW森山泰希(3年)はともに昨年の決勝戦を経験している。苦い思い出があるから、延長戦でリードしても最後まで攻撃の手を緩めなかった。
チーム内に息づく切磋琢磨の精神
もちろん、昨年からの「上積み」がなければ日本一は手にできない。例えば伝統のサイド攻撃を支えた藤島樹騎也(3年)と杉原啓太(3年)の左右のMFは、去年の決勝戦をスタンドで応援していた。
2人と昨年に続いて決勝戦でゴールを決めた森山は、名古屋グランパスのジュニアユース出身だ。そろってユースへ昇格する道を断たれた3年前に、3人は高校で日本一になる誓いを立てた。藤島が苦笑いしながら、北陸の星稜をあえて志望した理由を明かす。
「全国優勝するには、まず全国大会に出なければならない。星稜は毎年のように出場していたので、オレたちの力で優勝して星稜の歴史を変えようと。正直、最後はノリで(入学を)決めました」。
星稜は越境入学者に対して「来る者は拒まず」のスタンスを取ってきた。OBの日本代表FW本田圭佑(ACミラン)らの存在もあって部員数は増え、現在は3年生だけで40人を数える。
「レベルはそれほど高くないと思って入ったんですけど……」。
藤島は入学直後に受けた衝撃を思い出しながら、厚い選手層の中をはい上がってきた軌跡を明かす。
「何かを変えなきゃいけないと思いましたし、自分に何が足りないのかをコーチにも聞いて、必死に個の技術を磨きました」。
名物監督の不在がもたらした精神面の変化
走り込みや筋トレを含めて、正規の練習の他に自主練習を課さなければポジションをつかめない環境が、星稜のレベルを自然と上げた。そこへ1985年からチームを率い、サッカー不毛の地と言われた北陸に花を咲かせようと、情熱の限りをまき続けてきた河崎護監督の厳しい中にも優しさが込められた言葉が加わる。
例えば藤島は、こんな言葉をかけられ続けたという。
「自分は調子が悪いときにボールを止めてしまう癖があるので、とりあえずボールを動かせと。そしてタテにどんどん仕掛けろと」。
だが、今大会を通して55歳の名物監督の姿は見られなかった。助手席に乗っていた車が先月26日に愛知県内で交通事故に遭い、腹部を強く打って緊急手術を受けた。現在も愛知県内で入院治療が行われている。累積警告による出場停止で昨年の決勝戦を欠場したMF平田健人(3年)は言う。
「監督からは『よく考えろ』とずっと言われてきた。その監督が(急に)いなくなって、ようやく自分たちで考えるようになった。ある意味で自立できたことで、僕たちはチームになった気がする」。
心の中に抱き続けた悔しさとチーム内に息づく切磋琢磨の意識。これらが車の両輪として星稜を去年よりも前進させたところへ、土台を築いてきた河崎監督の不在がメンタル面の成長を急加速させた。初出場からちょうど40年。逆境を乗り越えた星稜が、最後まで攻め抜くサッカーで悲願を手繰り寄せた。
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筆者プロフィール: 藤江直人(ふじえ なおと)
日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。