12月1日、米有力格付け会社の一つが、日本国債の格付けを1段階引き下げた。格下げの主な理由は、「財政赤字削減目標の達成に関する不確実性の高まり」だった。安倍首相による消費税増税の先送りの決断が引き金になったことは想像に難くない。安倍首相が「アベノミクスの信を問う」とする、衆院選挙の公示日前日というタイミングも象徴的だった。
日本国債の格下げは、国の信用力(支払能力)の低下を反映するので、教科書的には国債価格の下落(金利の上昇)要因であり、通貨安要因だ。いわゆる「悪い金利上昇」であり、「悪い円安」である。実際、格下げ発表の直後には、円が売られ、国債(先物)が売られた。ただ、その後に円高へと切り返し、国債(先物)もすぐに落ち着きを取り戻した。総じてみれば、格下げが金融市場に与えた影響は極めて限定的だった。
市場の反応が限定的だった理由はいくつか考えられる。まず、日銀が国債を大量に買っているためだ。日銀の国債購入は投資目的ではないので、格付けの良し悪しや相場見通しに基づいて購入姿勢が変化するわけではない。また、格下げされたとはいえ、「投機的」とされる格付けまでまだ数段階の余裕があるため、投資家が国債を売却する切迫性に乏しかったのだろう。そして、消費税増税の先送りは既に市場で消化されており、格下げの材料が目新しいものではなかったことがある。過去の格下げに対する市場の反応が、短期的かつ限定的だったという学習効果もあるのだろう。
これまで財政危機が意識されるたびに、「国債暴落(悪い金利の上昇)」や「キャピタル・フライト=国外への資金逃避(悪い円安)」の警鐘がならされてきた。しかし、それらが現実のものとなったことはなかった。それらの警鐘は、イソップ童話における羊飼いの少年の「オオカミが来た!」に過ぎないのだろうか。
イソップ童話の教訓は、嘘をつき続けると誰にも信用されなくなるということらしい。ただ、オオカミは最後にやってきた。村人の立場から言えば、自分たちが飼っていた羊も食べられたということではないか。日本で暮らす我々は、日本経済のステークホルダー(利害関係者)である。別の言い方をすれば、我々も「羊を飼っている」のだ。そして、国債格下げは、かすかに聞こえるオオカミの遠吠えにたとえることができるかもしれない。少しでも可能性のあることに備えていなければ、大きな被害にあう場合がある。これが、我々が学ぶべきもう一つの教訓だろう。
執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)
マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフ・アナリスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフ・アナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。