就職活動は2016年卒から3年生の3月から選考が解禁となるよう、経団連が決定しました。私は2012年卒で就活をしましたが、そのときは3年生の10月解禁でした。その後、現在の12月解禁となりました。

たった4年の間でも就活は著しく変化しています。(余談ですが25年ほど前には4年生の10月解禁という時代もあったそう。つまりどんどん時期が戻っているようですが、これまでの自分たちは何だったのでしょうか……)

これからも就活は変わっていくはずです。そして、それは制度だけではなく、就活生たちを取り巻く環境も同様です。

就活の正しい形とは?

就活の正しい形はどこにあるのか。また、就活、そして就活生を、就活生ではない世代はどう捉えなければいけないのか。多角的に、多くの人が、いろんな思いを持って、考えなければならないと思います。

今回はブログ「無能の就活。」内で実施されている「NNTアンケート」より、「選ばなければ仕事はある論」についてご紹介いたします。就活の情報収集のためにインターネットを触っていれば、必ずといっていいほどこの言葉と遭遇します。もはや定型文と化しており、実際に誰かが口にしているのを聞いた就活生も多いはずです。

(一部、過激な内容が含まれるため、修正を加えておりますが、できるだけ原文ママで記載します)

「選ばなければ仕事はある」なんて聞き飽きました!

・自分の人生がかかってる
「選ばなければ職はあるというけれど、自分の人生がかかってると思ったら選びたくなるのが普通だと思うんです。ブラック企業とか過労死とか騒がれていて、慎重になってしまうのは当たり前だと思うんです。だから、就職できないのは自分たちがより好みしてるからだとは言わないでほしい」

・「どこでもいい」学生でいいの?
「『選ばなければ仕事はある!』とよくおっしゃいますが、『どこでもいい、何でもいいから働きたい』と言う学生を、あなた方は採用するのですか?」

・「女の子だから結婚しちゃえば」って言われても
「『伸びていく国ではないので、雇用が大変なんですよ。選ばなきゃ仕事はある、なんて言いますけど、そういうものじゃないんですよ』という話をしていたら『女の子だから結婚しちゃえば云々』とか言ってくるけど、話はまた別なんですよ」

・そんな現実ない
「会社を選ばなければ就職できるという現実は存在しない」

・時代が違います
「右肩上がりの時代を経験した方には、就活したからって簡単に職が見つかる訳ではないということを伝えたいです」

「就活=働き口を探す」と「就活=入社する企業を選ぶ」という認識のずれ

近年の就活を見ていると平均エントリー数は30~40社程度だと言われていますが、少なくとも「数十社の受験をすることが珍しくない」ことは確かです。実際に私も数十社を受験しましたし、周囲も同様でした。

なぜ、交通費や就活グッズに大金を払い、授業やアルバイトの合間を縫って多大な時間と労力を割き、数十社も受験するのでしょうか。

それは就活生にとって就活は「入社する企業を選ぶ行為」であるためです。

「選ばなければ仕事はある」と内定のとれない就活生を批判する人は、無意識のうちに「就活=働き口を探す行為」だと定義しているのではないでしょうか。いわゆる就職難とされる時代では、「働き口を探すこと」を重視しなければならないのは確かです。「入社する企業を選ぶ」ことのできる就活生の割合が減ることが不景気といえます。

では、「入社する企業を選べる就活生」になれなかった就活生個人だけの問題、つまり、能力を高めなかった自己責任」なのでしょうか。こういった議論では通例といえるほどに見受けられる論理です。

しかし、自己責任論はどんな状況でも誰にでも当てはまる、当事者ではない者の魔法の言葉です。こんなことを言っている就活生もいます。

・こんな社会に誰がしたっていうんだ
「自己責任論は聞き飽きた。バブル期に楽に就職できた世代を実力で就職したと言う人は見たことがない。一方で私たちには頑張れば就職できるはずだ、時代のせいにするな、仕事を選ばなければ就職先はある。などと言う。矛盾に気づけ。他人事にするな。今や社会全体の問題だ。こんな社会に誰がしたっていうんだ。少なくとも私たちではない」

多少、乱暴な意見ですが、この就活生が言いたいことは「社会情勢や構造が生み出す現状を、現代の就活に挑むしかない学生の自己責任という一言で片付けないでほしい」ということです。

「働き口を探す就活」を推奨する人はネット上でもよく見受けられますが、その人の言いたいことは就活生の誰しもが分かっています。

しかし、一方で、新卒で入る企業が後の人生にどれほどの影響を与えるか、不景気しか知らない我々の世代は就活に敏感ですから、よくよく知っているのです。

就活をする時期になって人生の未来像を描こうとしたとき、この就職難のなかでも、できるだけ自分が納得できる道に踏み出したいと思うことは当然ではないでしょうか。

確かに能力やステイタスが凡百にも関わらず自己評価ばかりが高く、現実が見えない就活生は多くいます。しかし、そんな学生ばかりでしょうか。また、「仕事ができれば何でもいい」「就職できればどこでもいい」、そんなことを思っている就活生が、どれほどの数いるでしょうか。

就活生に向けて投げかける言葉において、少しばかり事情をくみ取ってくだされば幸いです。

「選ばなければ仕事はある。だから、何でも、どこでもいいだろう」

就活生はそれぞれ個の人間です。自己実現や自分の理想とする未来に、就職先を重ね合わせることもあるはずなのです。

※画像は本文とは関係ありません


武野光
平成2年生まれ。「TOEIC未受験」「サークル未所属」「友達の数が片手未満」といった状況から就職活動に挑み、その体験から得た教訓をつづったブログ『無能の就活。』が大きな反響に。現在はサラリーマンと兼業で作家活動を行う。著書に『凡人内定戦略』『凡人面接戦略』(中経出版)、『就活あるある ~内定する人しない人~』(主婦と生活社)など。