地元では「噴泉地」と呼ばれる公共露天風呂に集う人びと

東海エリアで温泉のメッカといえば、岐阜県の下呂温泉だ。「ゲロゲロゲロっと鳴くカエル~♪」というミもフタもないダジャレCMをご記憶の諸兄(しょけい)も多いことだろう。その歴史は延喜(えんぎ)年間(西暦901年~)に始まり、源泉地をシラサギが教えてくれたという「シラサギ伝説」も伝わる由緒正しい温泉地である。

橋の上からも周囲の温泉宿からも「丸見え」の絶景風呂

開湯から1千年。下呂市の中心を流れる益田川に沿って、今も温泉旅館がひしめき合っている。湯けむりたなびくこの温泉郷の中で、近年、ひときわ話題の秘湯スポットをご存じだろうか。それが「公共露天風呂」なのだ。

益田川の河原に露天風呂があり、なんと無料で24時間入り放題だという。名古屋市からクルマを走らせること約3時間で到着した下呂温泉郷。露天風呂の場所を確認するために、通りがかったおばちゃんに声を掛ける。

「すいません、露天風呂に入りたいんですけど、どこですかね~?」「えっ、この時間に入るの? へぇ~」と、微妙に、ニヤリとするおばちゃん。なんだろうあのニヤリは? と思いつつ、言われた通りの道順で歩みを進めると、行く手に階段が見えてきた。河原にトントンと降りてみると、すぐに露天風呂発見! 

石造りだけれどコンクリートで固められていて、まるで公園の一角みたいな雰囲気だ。これが話題の秘湯なのか? なんというか、もっと野山に囲まれた「野趣あふれる」雰囲気を想像してたんだけれどな。じゃあ、入ってみるか。脱衣所はどこだ……? ん? 脱衣所、ないの?? マジ?

下呂大橋から見下ろすと、この通り丸見えなのだ

少し冷静になって周囲を見渡すと、視界一面に広がるのは、益田川に沿って林立する下呂温泉の旅館群だ。しかも温泉のすぐ隣には大きな橋(下呂大橋)があって、湯治客がひっきりなしに往来している。

360度どころじゃなく、橋の上からも視線にさらされる、つまり自分の裸が周囲から完璧に「丸見え状態」なのだ。この時点で、さっきのおばちゃんの含み笑いがようやく理解できたのだった。尋常な精神の持ち主ならば、この中で裸になるやつはいないだろう。

そうは言っても、入らねば。うーん、人通りの少なくなる夜中まで待つか……風呂の周囲をウロウロしつつためらっていると、僕の横をすっとおやじさんが通り過ぎた。「兄さん、悪いね。先に入るでね」。

言うやいなや、周囲の視線をものともせずスルスルと服を脱ぎ、そのままスッポンポンになるじゃないか! サラサラとかけ湯をして、温泉にトポンと浸かるおやじさん。小さく「ふぅ」と声まで漏らす。幸せそうだ。その、あまりの自然な行動に、ある種の感動すら覚えてしまった。

その後も、何人かのご同輩が同じようにトポン、トポンと次々と湯船に入っては、寒空の中を気持ち良さそうにゆらゆらしている。よし! ここまで潔い姿を見せられては、自分も黙ってる訳にはいかない。一気に服を脱ぎ捨てて、ささっとかけ湯をして、一目散にザバンと湯に浸かった。

入った者にしか分からない、普通とは違う「秘湯」の魅力

うー、じわっと体に温泉がまとわりつく。そして僕も思わず「ふぅ」と声を出してしまったのだった。ある意味、集団心理が働いたとも言えるけれど。湯船に入っちゃえばこっちのものだ。

見渡す温泉街の大パノラマはとても魅力的で、入ってしまうとさっきまでのモジモジ感なんてどこへやら。ものすごく気持ちいい。下呂大橋の通行人にも手を振っちゃいたくなる。これは凄(すさ)まじい「開放感」である。

風呂の中のおやじさんはみんな気さくだ。「ここは初めてなんか?」と、話しかけてくる。なんでも、昔からここを守っている「露天風呂同好会」の人たちだそうだ。この露天風呂は正式には「噴泉池」といって、昔から地元の人の憩いの場だったそう。

湯は下呂温泉の源泉から引き込んだかけ流しだけれど、そのままだと熱いため、水を引き込んで湯温を調整しているそうだ。

最近は全国区で知名度が上がって、いわゆるビジターによる入浴マナーの低下が目につくようになり、立て看板を立てるなどして自衛に努めているとおやじさんたちは語った。「夜中にバカ騒ぎするカップルもいるからねえ」と笑う。

見知らぬ者同士が話に花を咲かせる、これぞまさに裸の付き合い。実に気持ちいい。少々度胸がいるけれど、下呂に出向く時はぜひ入浴して、ここでしか味わえない開放感を楽しんでほしい。

なお、入浴前には「噴泉池利用について」という注意書きをつづった看板に目を通そう。着衣については「公衆衛生上、衣類(下着等)の着用はご遠慮ください(ただし女性の水着着用についてはご理解ください)」とのこと。

しかし、オッサンだらけのこの解放無料温泉に、水着で入ってくる勇気のある女性っているのだろうか? われこそは! というツワモノ女子にはぜひチャレンジしてほしいものである。

●Information
下呂温泉共同浴場(問合せ先:下呂温泉観光協会)