ここ20年ほどで、日本のイタリアン事情は激変した。メニューは本場に近づき、いつの間にか定着した「アルデンテ」。イタリア人いわく、中央に少し芯を残した「パスタの理想的なゆで加減」。今やパスタは、その基準で語られるようになった。しかし、名古屋の「あんかけスパゲティ」に限って言えばその常識は通用しない。
とろ~り濃厚なあんは洋風テイスト
名古屋めしとしては新参者の部類に入るであろう「あんかけスパ」。食べたことのない人のために、名古屋人である筆者が説明すると、麺は太さ2.2ミリの極太麺。この上に、ウインナなどの具材と濃厚なあんかけソースがとろりとかかっている。文章で説明すると、ただのゲテ料理のようだが、何軒もの名店が存在するれっきとしたローカルフードである。
パスタの命はソースと麺だろう。“あんかけ”スパという名称から想像されるソースは中華風。しかし実際は洋風テイストだ。たっぷりの野菜、肉エキスのこくとうまみがとけこんだ濃厚な味。マーボー豆腐のような粘り気があり、こしょうをたくさん使うからか、スパイシーさと甘さが渾然一体となっている。デミグラスソースとは明確に違う。
これに関して、何がどう違うかと聞かれても、「おいしいから、とにかく食べてみて」としか言えない。名古屋のいっぱしの店なら、ソースに関しては水準程度、もしくはそれ以上の味は保証できる。よって、個人的にはソースはあまり問題にしていない。つまり、問題は麺なのである。
もっちもちの2.2ミリの極太麺を豪快に「油通し」
断言するが、あんかけパスタはイタリアンの上品なアルデンテにしたらダメである。よくゆでて、モチモチの状態にしなければならない。ただでさえ2.2ミリの極太麺は食べがいがある。そこに芯なんか残した日にゃ、食べにくいったらない。
また、忘れてはならないポイントは、麺を尋常じゃない量の油で炒めるということ。ある店で見かけたときは、麺を油で炒めるというよりは、油の大海のなかでゆで上げているかのような恐ろしい状態だった。もはやこれは、本格中華でいうところの油通しである。
しかし、実はこの「油通し」こそが、あんかけスパの味と食感を左右する重要なポイントなのだ。油(店によってはおそらくラード)でギトギトにコーティングされた麺は、モチモチ感は残しつつも食感は滑らかで、濃厚でとろりとしたソースを適度に絡めてくれる。
仮にゆでただけの麺を使っていたら、食感はゴワゴワするわ、ソースは絡み過ぎるわ、まったくうまいものではないだろうと(名古屋人は)想像するのである。そしてこの油の加減こそが、あんかけスパの基準である。理想は皿にほとんど油が残らないこと。つまり、よいバランスで油と麺、そしてソースの配分がとれていることを意味する。
「名店」と呼ばれる店ほど油過多
油通しはいいけれど、完食した時、皿に大量の油が残るような店は、僕に言わせれば油切りが不完全である。食べている最中にくどくなってくる。元来、あんかけスパ自体がヘルシーな料理ではないのだが、そこまでいくと「不健康な料理」としか言えない。
問題なのは、それなりの歴史があって「名店」と呼ばれる店ほど、油過多の傾向にあること。高度成長期には、人々は油たっぷりの料理を食べてガンガン働いていたのかもしてないが、現代人には少しきつい。
ここまで書けば、なぜ、あんかけスパの麺が2.2ミリなのか、おのずと理解できるだろう。理由は単純。極太じゃないと、「油+ソース」のこってりとしたインパクトが受け止められないのだ。
イタリア人から「こんなのはパスタじゃない」と怒られても結構。これは名古屋人が胸をはって自慢する、独自のローカルフードなのだ。ちなみに、今やあんかけスパは、名古屋ではテイクアウト用にスーパーで普通に売られている。家で自分で調理する場合は、油の大海での麺の油通しをくれぐれもお忘れなきよう。