脳科学の権威・京大名誉教授の久保田競氏に聞く『脳にいい生活』の話。後編では脳を鍛えるためにぜひ取り入れたい習慣やコツを紹介する(前編はこちら)。

朝は積極的に頭や体を使おう

さて、まずは朝の目覚めから見ていこう。理想は目覚まし時計を使わずに自然に目が覚めること。なかなか難しい話だが、教授の場合は「7時間眠ると自然に目が覚める」というリズムができているそうだ。すっきり目覚められないなら、日の光を浴びる、シャワーを浴びる、歯を磨く、運動する……など、自分なりに目が覚める方法を工夫するといい。

『朝は黄金の時間』という言葉もあるが、脳科学的に何かおすすめの朝の過ごし方はあるのだろうか。「勉強でも運動でも花に水を遣ることでもいいのです。積極的に頭や身体を動かすことが大事です」と教授。ただぼーっと過ごすのはさすがにもったいない話だ。

ちなみに最近人気の「朝カレー」だが、カレーには頭の働きをよくする物質が含まれており、記憶力を高める効果などが期待できる。カレーをよく食べるインドではアルツハイマーが少ないという調査結果もあるそうだ。

脳トレよりジョギング! 運動で前頭前野は鍛えられる

京大名誉教授の久保田競氏

さて、久保田教授が7時間睡眠と"セット"で勧めているのがジョギング。教授自身も46歳から30年以上走り続けている。「かなり太っていた」という体はジョギングを始めて1年間で18kg、2年間では23kgの減量に成功したそうだ。78歳になる今も1日10kgを目標に走っているというから凄い。とはいえ教授が走り続けている理由はダイエット効果だけでない。

人間の行動の9割をコントロールしているのが前頭前野。『脳の最高司令塔』といわれるこの領域を鍛えることが『頭をよくする』ことでもあるという。ではどうしたら鍛えられるのか。実はこの前頭前野、考えたり、判断や決定をしたりするときだけでなく身体を動かしたときにも活発に働くことが分かっているそうだ。つまり身体を動かすことは脳を鍛えること。教授は30年以上もジョギングで脳を鍛え上げてきたということになる。

「脳トレは一生懸命やらなければ脳は鍛えられない。それを頑張って続けるくらいなら、1週間に10kmくらい走った方がずっと頭にいい」と教授。研究に行き詰ったときなどには、決まって外を走りながら考える。走っていると不思議とよいアイデアが浮かぶという。外を走っていると目や耳からいろんな情報が脳に入り、昔見たものと今見たものの比較したりすることでも脳は活性化されるそうだ。

水泳やダンス、ウォーキングなど、ジョギング以外の有酸素運動もOKだ。大事なのは「自分の意思で積極的に体を動かすこと」。メタボ解消にもいい有酸素運動。この春から始めてみては。

歌うことでことばの能力が高まる!

「運動はどうしても嫌」という人なら歌はどうだろう。音を聞いてそれを理解して、自分が歌えるようになるという過程が脳を鍛えてくれるそうだ。できるだけカラオケではなくアカペラで。音程やリズムを自分で考えて声を出した方が脳は活性化される。「歌手には話が上手い人が多いと思いませんか。歌を歌うことでことばの能力も高まっているということです」

子どもの能力を伸ばすという点から見ても「歌うこと」は重要なこと。音を聞いて理解する力がつくため、外国語を理解する能力が高まるそうだ。音楽つながりでいけばピアノもおすすめ。指先を動かすことで道具を使うことが上手くなり、字を書くこと、絵を描くこと、料理をすることなど、何かを自分で作り出す力、創造力がつくそうだ。

男性にぜひすすめたいのは「料理」。材料を準備し、手順よく調理を進める作業。複数の作業を同時に進めていくのは実はかなり脳を使う作業。「ふだんの仕事ではあまり使わない脳の部位を鍛えることができます。男性はもっと料理をした方がいいですよ」

料理は知育にもなる。おすすめはサンドイッチ作りだ。「塗ったり、載せたり、はさんだり……と手順を踏みながら自分で作業をするなかで、楽しく脳を鍛えることができます」。週末は親子クッキング、というのもいいかもしれない。

社会を変えていかなければならない

『脳にいい生活』のために知っておきたい習慣やコツはいろいろあるが、大事なのは「楽しくやること」。ストレスを感じるようでは逆効果だ。最近の研究では、ストレスが長期間続くと脳の働きや記憶力が低下することが分かっているそうだ。

「7時間睡眠と運動をぜひ生活に取り入れて、脳にいい生活を実践してほしい」という教授。時間に追われることの多い現代の日本社会に向け、こう警鐘を鳴らした。

「仕事が忙しくて睡眠が満足にとれない人が多い時代。『眠らないでやればなんでもできる』というのは幻想だし、睡眠時間を削って何かをするのは間違ったことです。まずはそのことを企業のトップや政治家に知ってもらいたい。そしてこういう社会は変えていかなければならない。これが脳科学者として私が一番訴えたいことです」