──学生の話が出てきました。一体どういうきっかけで学生になったわけですか?

すがや ある大学の先生から「すがやさん、うちでフェローをやりません?」と誘われたことがあるんです。でも、「フェローってなんですか」と。聞いたら研究員のことだというので、「高卒だからダメですよ」と断ったんです。そうしたら、大学の先生は学歴は関係ないと言われまして。それから急に大学に憧れを抱き始めたんです。高校時代、本当は理工系の大学に進みたかったのですが、経済的な事情であきらめて漫画の道を選んだということもあります。

──昔の夢よ、もう一度、と?

すがや あと、最近は漫画を教える学校が増えているじゃないですか。私のところにも授業をしてくれという話をもらうんですよ。ただ、教えていても、自分は大学の経験がないので、教え方がよくわからない。中途半端にやっていたら、まず学生に失礼だろう。シラバスを組み立てて、体系作りというか、メソッドみたいなものを作らないといけないのではないか、とずっと感じていた。自分が学生の身になって体験してみたいなと思っていたんです。その時にたまたま、インターネットで授業を行っている、早稲田のeスクールを知って。パソコン通信をやっていた頃から、アメリカにはネット上で授業が受けられるeスクールがあることは知ってました。日本でも将来はこういう教育ができるんだろうなと。興味が沸いたので、早稲田のeスクールの内容を調べて、これだ! って。

──飛び込んでしまったわけですね。すがやさんの年齢で大学生活というのは不安だったんじゃないですか?

すがや 最初は不安の固まりでしたけど、先生や学生が、ボランティアで相談員をやっていて、いろいろと説明してくれて。彼らには相当勇気づけられましたね。それもあったので僕も今、相談員をやっています。あと、インターネットでビデオを見て、ExcelやWordを使ってレポートを提出するのですが、ツールに関してはもう普段から日常的に使っていたものでしたから。フィールドワークと資料調べも、仕事としてやっていたことなので抵抗なかったですね。その分だけ授業の内容に専念できました。大学ですから図書館に蔵書が山ほどあるんで、自宅のパソコンで検索して、発見したらすぐに図書館に飛んでいく。仕事の資料集めでも助かってますよ。

──その辺のツールに関しては確かにプロですよね。ソフトにしてもガジェットにしても、こだわりは相当ありそうですが?

すがや iPhoneを使わないのか、と皆からいわれているんですよ。でも、使わない。多分、持っていると仕事にならないから(笑)。今、卒業したeスクールのほうでティーチングアシスタントを始めたので、仕方なく最近になってイー・モバイル(の通信端末)を購入したんですが、それまでは外にいるときはなるべく仕事をしたいので、ネットにアクセスできない環境を選ぶようにしてましたね。わざわざLANのないビジネスホテルを探したり。今はどこでもつながるから困る。あるとつないで遊んじゃうので(笑)。Twitterで「セカイカメラ」の話題を見て、こりゃヤバイから触るのはやめよう。「mixiアプリ」もちょこちょこっとやったら、これもヤバイと思って全部削除した。

──新しいことにすぐ反応しちゃうわけですね。その情報源はどこからです?

すがや 普段は普通にネットですよ。一番多いのは「mixiニュース」かな。僕、今はあんまり最新の技術には興味はないんです。大学の授業でPythonを勉強したりはしてますけどね。かつては確かにいわゆるアーリーアダプターでした。1年間でパソコン関連だけで500万円も使ったり、国際通信料で480万円を使ってしまって税務調査に入られたりも……。あらしが予定外に当たっちゃったんで、自動車レースのチーム作ったりして。今はお金がないので慎重になってます(笑)。ただ、トレンドみたいなものはけっこう気にしていて、Twitterとか登場すると、やってみようかなという気にはなりますね。インディカーのドライバーたちが使っているので、それを見たくてTwitterを始めたんですけど、そこでCompuServe時代に知り合った海外の人たちと再会したり。あと、Twitterに関しては、(おすすめリストに載って以来)フォロワーが増えたので、僕のは"つぶやき"というより"Loud(大声)"になっているような気がします(苦笑)。

──ほかに重宝しているウェブサービスとかありますか?

すがや 大学に入ってからデータベースをよく使いますね。新聞記事の検索とか大学の図書館から無料で使えるんですよ。ジャパンナレッジとか。論文を書くときにWikipediaは使えないですよね。だからデータベース。あとは論文検索系の「CiNii」とか、こちらも論文検索エンジンの「Google Scholar」を。

──それ、大学生向けに漫画で紹介したら、ヒットしそうじゃないですか?

すがや 今、漫画で統計学の本を手がけることになっているんですよ。僕はいま、イントストラクショナルデザインという分野を専攻しています。それは教え方の科学で、心理学をベースにして、どうやったら効率よく教えられるかを研究する学問なんです。心理学は統計学が必修なんですよ。どこの大学もその統計学には苦労しているらしく、漫画で教える統計学の本もけっこう出ている。でも、僕が見てる限りでは、たとえば漫画になっていても難しい。漫画の体裁でストーリー展開していくんですが、肝心なところで数式がいっぱい登場したりする。フキダシに解説があるだけ。理解を促す絵になってないんです。

──漫画家が理解していないからですね?

すがや そうなんです。絵解きをしないと漫画にする意味がない。原作者がいて漫画家は絵を描いているだけだから、そうなってしまう。コマを割ってセリフを入れる人がわかっていないと、かみ砕いて説明できない。僕は教育工学という学会に入っているんですが、eラーニングがすごいブームなので、企業がいっぱい参入してくる。ですが、基本的にシステム屋さんが作っているので、中身はつまんないんですよ。先日も「漫画を使ったら、みなさん成績良くなりました」みたいな発表があったので行ってきたのですが、人のシルエットがふきだしてしゃべっているだけ。これの「どこがマンガなのっ?」って。作る人が真面目すぎちゃうんですかね。ストーリー形式とか、ドラマ形式とかだったら面白いのに。だからシステムを作る人たちと、漫画の人たちがつながればいいと思っています。そうすればeラーニングがもっとも面白くなっていく。

──ほかに計画しているものはありますか?

すがや 大人の学び方の本を出したいですね。佐々木俊尚さんが『仕事するのにオフィスはいらない』(光文社新書)でノマドワーキングを提唱してますが、僕たちが行なっているのはノマドラーニングなんですよ。ネットやツールを使って、どこにいても学ぶ。学びに教室はいらない。『こんにちは教育』を、そんなあおりで出せれば、ちょっと刺激的かな。

──当初の漫画を教え方を学びたいからという大学に入った理由とは大分変わってきてるんですね?

すがや いや、両方やってみたいんです。子どもの頃から絵を描いている人もいれば、まったく描いたこともない人もいるじゃないですか。教える場合はどこにあわせたらいいのか。初めての人にあわせると、描ける人はつまらなくなる。そのひとつの解決方法としてPSI(Personalized System of Instruction=個別化教授システム)という考え方があります。学生や生徒の進み具合に応じて、それぞれ違う教材を与えて学習させる。先生の役割は教材作りです。それにコーチとかメンターをつけて、アドバイスをするわけです。効果があってアメリカでは流行したんだけど、先生たちは忙しいですし、人件費もかかるので廃れてしまった。でも、これは漫画には適しているシステムかもしれない。実験によって確かめて、ちゃんと論文にまとめていきたいですね。