知っていれば作品が10倍楽しめる(?)スウィーニー・トリビア

余談だが、2番目のポイントを読んで、ジョニー・デップって以前にも猟奇殺人事件の映画に出ていたんじゃない? と思った人がいたら、それは2002年公開の『フロム・ヘル』のこと。ちょうど同じ時期公開の正月映画で、舞台は同じく19世紀末のロンドン。売春婦などが残忍なやり方で複数殺された、いわゆる「切り裂きジャック」の物語である。ちなみにそのときは捜査官役であった。

さて、次はポイント3と5について。"事実は小説より奇なり"というが、人はフィクションより実話に心ひかれる場合が多いのではないだろうか。また、復讐劇は見ている人間を爽快な気分にさせる。スクリーンの中では、観客が納得できる恨みや憎しみがあれば、殺人も容認され、なおかつ犯人に全面的に肩入れすることが認められているからだ。

にっくきターピン検事を追い詰め悪魔の笑みを浮かべる

じつは、スウィーニー・トッドについては実在しなかったという主張もある。また、通説のほうを見ても、現在のミュージカルや本作で語られるトッド像とは少し異なる。18世紀のロンドンで、窃盗の罪で監獄へ送られ、そこで理髪師の仕事と解剖学、そして、理髪店の客のポケットから金を盗む技を身につける。出獄後、理髪店を開くが、世間への不満、嫉妬、怒りが連続殺人へと彼を駆り立てていった、というものだ。パイ店のミセス・ラベットと160人以上もの人間を殺したとされるが、この物語を伝えたのは当時のタブロイド紙。記者たちは読者が望むからと、虚実織り交ぜて記事を書いたようだ。最高のネタとなったスウィーニー・トッドは都市伝説化され、結局、トッドが実在したという正確な記述は残っていない。

そして、伝説は19世紀半ばに小説となり、さらに戯曲となって人々の人気を得る。現在の物語、つまり、ターピン判事という復讐の対象が作り上げられたのは、なんと1970年代のことである。

こんな話を聞くと少しがっかりした感も否めないが、より人の心を動かすものにするには、改ざん、改良は大いにやるべし、である。「見たい」と思わせる要素としては断然ノンフィクションのほうが有効であるが、だからといって本当のことが必ずしも感動的とは限らない。センセーショナルな元ネタに多くの人間が味付けをして、よく練られた物語なのである。

ホラー作品という点においても、まさに痛快の一言である。剃刀が当てられた首筋は血を吹き、死体は一瞬にして階下へ転落。そのスプラッター的明快さ、スピード感もこの映画の魅力のひとつであろう。ただ、スプラッター・ムービーを好んで見ない人にとっては、たびたび上がる血しぶきにげんなりしてしまうだろう。

ジョニーの歌声やいかに

そして特筆すべきは7番目。いよいよ本作のミュージカル要素について語ろう。ジョニー・デップはオファーがあったとき、本当に自分が歌えるかを判断するため、昔のバンド仲間に連絡し、曲を研究し、スタジオでのレコーディングに立ち会ってもらったそうだ。本人曰くそれは「かなり奇妙で怖い体験だった」そうだ。

作品の最初から歌う、青ざめたジョニー・デップには正直驚いた。決して下手ではない。ラフに言うと、なーんだ、うまいじゃん、という感じである。それは、ヘレナ・ボナム=カーターしかり、ターピン判事役のアラン・リックマン(『ハリー・ポッター』シリーズでもおなじみ)しかりである。

楽曲は舞台バージョンに変更を加えたもの、新たに作ったものがある。これは映画の上映時間やストーリー展開のスピードを考えてのこと。スティーブン・ソンドハイムが作った歌の世界のすばらしさは、映画でも充分楽しめる。普通の芝居では味わえない、歌のパワーは否定できない。

ただ、私が最もパワーを感じたのは、トッドの娘・ジョアナを愛するアンソニー役のジェイミー・キャンベル・バウアーとパイ店で働き、ミセス・ラベットを慕うトビー少年役のエドワード・サンダースである。とくにジェイミー・キャンベル・バウアーは本作がデビュー作。彼の歌うジョアナへの愛は、切なく胸に残る。彼はとても清潔感のある利発な雰囲気をもっており、これからの活躍が楽しみである。

この作品には、物乞い女役のローラ・ミシェル・ケリーを除いてはプロの歌手は一人もいない。ジョニー・デップを主役に据えることが決まった時点で、その方向性が同時に決まったのではないだろうか。ジョニーから最も歌のパワーを感じることができなかったのがとても残念だし、また、プロではないのだから仕方がないか、とも思ってしまう。結局、ミュージカル好きな人にもホラー好きな人にも不満がでてしまうような気がする。

スティーブン・ソンドハイムがこう語っている。「多くの意味で、彼(バートン監督)にとって最もシンプルで、最も単刀直入な映画になるだろう。だが本当に好きな物語を語る彼を見ることができるはずだ。物語自体が事件性に溢れているから、余分なものを創り出す必要がない。熱意を持って作品に臨み、ただまっすぐに"喉元を突く"だけでいいんだ」。 舞台版と映画版の両方に携わった人間として、彼のこの表現は非常に的確だと思う。この言葉を頭に入れて映画館に行けば、より「スウィーニー・トッド」の世界を堪能できるはずだ。

1月19日(土)より丸の内ピカデリー1他全国ロードショー。

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