この3年間のIntelにはまるで往年の「らしさ」がなかったが、ここにきて大きく変わる様相が出てきた。

先週、現在のIntelのCEOであるBob Swanが降板し、現VMWareのCEOであるPat Gelsingerが2月15日付でIntelの新CEOに就任するという発表があった。この発表を受けて低迷していたIntelの株価は大きく上昇した。市場がこれからのIntelに期待を持っている証拠だ。

そもそもSwanのCEO就任のいきさつも異例であった。前任のBrian Krzanichが「従業員との不適切な関係」を理由に不可解な辞任の後CEOが空席の期間があった。CFOであったBob Swanが暫定CEOとなったが、間もなく正式にCEOに就任した。しかし、Swan下のこの2年間のIntelはかなり迷走した印象がある。

最先端のプロセス技術でTSMCの後塵を拝するIntelは、CPU市場でもAMDの追い上げに苦労している。パソコン市場ばかりでなく、ドル箱のサーバー市場でもAMDにシェアを奪われた。Intelらしからぬ迷走の2年間を見ていた私は、53年という長い歴史を持つIntelの8代目CEOとしてPat Gelsingerの名前を聞いた時、私の頭には思わず“真打登場”という言葉が浮かんだ。

GelsingerはIntelを再生することができるだろうか?

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    Intel時代のPat Gelsinger氏 (日本に来日した際に編集部撮影)

Intelのレジェンド創業者直系の血筋を持つPat Gelsinger

寝る前に何気に海外のネット記事を眺めていて「Intel新CEOにGelsinger就任」のタイトルを見た時には思わず手を叩きたくなった。

年齢を見るとまだ59歳とその輝かしい経歴にしてはかなり若い。私がAMDで現役だったころGelsingerはIntelの初代CTOとなり、Intelの無敵の技術力を代表するような人物であった。80486やPentium ProといったIntelを半導体業界の横綱とならしめた傑作CPUの開発を指導したリーダーであった。私の記憶では、営業・マーケティングの出身者であったPaul Otteliniが2005年にCEOに就任してから、Intelはマーケティングに大きく舵を切っていった。CEOのポジションを逸したGelsingerは、この時期にスト―レージの代表企業EMCに移籍した(移籍は2009年)。その後GelsingerはVMWareに転身しCEOを務めていた。迷走が続いたIntelを見て「遂にあの男が帰ってきた」、という印象を持った業界関係者は私だけではあるまい。

Gelsingerは下記のようにIntel復活にはうってつけの人材であると思われる。

  • IntelのみならずシリコンバレーのレジェンドであるNoyce/Moore/GroveというIntelの3人の創業者の直接の薫陶を受ける根っからの技術出身の経営者である
  • Intel後の経験はストレージのEMC、仮想化のVMWareと、端末ノードからデータセンターへと技術革新が移っていく現在のトレンドには十二分の経験を積んでいる
  • その強烈な企業文化により、Intelはどちらかというと外部の技術・人材の取り込みを効果的にできない傾向があった。そうしたIntelの内部事情をよく理解しているGelsingerの起用は、トップ判断の内部組織への徹底には大きな効果をもたらすだろう。

シリコンバレーに生まれたIntelはその50年以上の社歴の中で大きな変化を遂げていった。その結果「世界最大の半導体企業」という枕詞がピッタリくる横綱として世界市場に君臨してきたが、その強さの秘訣は抜群の決定力と実行力のスピードであった。そのIntelの変調に対し業界関係者の多くが歯がゆさを感じていた。

CEOの判断力に技術センスが大いに要求される半導体企業

業界関係者の間でよく言われていたのが「半導体企業のCEOはやはり技術畑出身者でないと」と言う点である。「技術畑」と言っても、半導体に関係する技術領域にはコンピュータアーキテクチャー、半導体設計、プロセス技術、製造技術など大変に多岐にわたるので一概には言えない。しかし、確かに現在の市場を眺めてみるとAMD、NVIDIA、Qualcommなど長年の社歴を誇る成功企業のCEOはその出身分野には違いがあるにせよ、すべてが技術出身者である。年末にCNBCニュースに登場したCypress Semiconductor(現在ではInfineonに買収されている)の創業者であるT・J・Rogersが「Intelのような偉大な半導体企業を経理出身の人間に動かすことは不可能だ!!」と吠えまくっていたのが印象的だった。

Rogersはいくつもの特許を持つプロセス技術の優秀なエンジニアであったが、特にプロセス技術の問題で迷走する最近のIntelには歯がゆさを感じていたのだろう。米中が半導体分野で対峙する現在の米国半導体業界にとっては、常勝Intelは「勝って当たり前の横綱」であってほしいという願いも正直な感情であると思う。

ただし、これからのIntelが今までのプロセス技術開発の遅れを挽回し、CPU市場での勢いを取り戻すのはそう簡単ではない。最先端のプロセス技術を次々とスケージュール通りに増産ラインに移植している世界最大のファウンドリである台湾TSMCのぶっちぎりの生産能力に裏付けされたAMD、NVIDIA、Qualcommといった手強いファブレスメーカーに加え、自社半導体開発能力を備えたAppleやGoogleなどの巨大プラットフォーマーに対しても「半導体をIntelから買う価値」をはっきり示す実力が備わることが必須条件となる。GelsingerがこれからIntelという巨大企業をどこに持って行くのかは大変に楽しみな展開である。

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    Intelの14nm FinFETプロセスを採用したウェハ