今回から、ちょっと地味、かつとても重要なテーマを取り上げてみようと思う。

それが戦闘識別(Combat Identification)である。要するに、何らかのセンサーが探知した対象が「敵」なのか「味方」なのか、それが何者なのかを知る手段の話である。識別が適切に行えないと、同士撃ちの原因を作ってしまう。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

  • レーダーで直接的に得られる情報は、単なるブリップ(輝点)に過ぎない。識別情報を援用しなければ、それは「レーダー電波を反射するなんらか」でしかない Photo : USAF

    レーダーで直接的に得られる情報は、単なるブリップ(輝点)に過ぎない。識別情報を援用しなければ、それは「レーダー電波を反射するなんらか」でしかない Photo : USAF

なぜ「見つけた」だけでは不十分なのか

陸海空・宇宙を問わず、利用可能な捜索・探知手段(いわゆるセンサー)はいろいろあるが、その種類や実現方法によって、得られる情報には違いがある。

レーダー

例えば、レーダーは電波の反射によって探知を成立させているが、裏を返せば「レーダー電波を反射するなんらかが存在している」ことしか分からない。その代わり、昼夜・天候に関係なく利用できる利点がある。

目視、あるいは電子光学/赤外線(EO/IR : Electro-Optical/Infrared)センサーは、可視光線や赤外線を利用する「映像」の情報を得る手段だから、探知した相手の外形や色の違いを見ることができる。ただし、可視光線は夜間には使えないし、悪天候になれば機能が阻害される。赤外線映像なら夜間でも使用できるが、可視光線映像と比べると分解能に劣るから、外見による識別は難しくなる。

ソナー

ソナーは、話がいくらか複雑になる。アクティブ・ソナーはレーダーと同様に、「音波を反射するなんらかが存在している」ことしか分からない。一方、パッシブ・ソナーは聴知した音波を解析することで、音源が何者なのかを把握できる可能性がある。ただしそれが成立するのは、音源に関するデータを持っている場合に限られる。

航空機を探知するために使用する聴音機もパッシブ・ソナーの一種といえばその通りだが、よほど特徴がある音を発する飛行機でない限りは、聴音機による「飛来する機体の機種や敵味方の区別」は成立しない。

ESM

その辺の事情はESM(Electronic Support Measures)も似ている。「電波を出している誰かさんの存在」は分かるが、事前にELINT(Electronic Intelligence)収集を実施しておかなければ、電波の発信源が何者なのかを知るのは難しい。

MAD

MAD(Magnetic Anomaly Detector)は磁場の変動を利用するセンサーだが、それだけでは「磁場の変動を引き起こす、大きな鉄塊がいる」ことしか分からない。

同士討ちはなぜ起きる? 第二次大戦の教訓

ともあれ、センサーによる「探知」が成立するだけでは、状況認識としては不十分であるし、交戦するかどうかの判断をするには材料が足りない。敵味方の区別はきちんとつけなければならないし、できれば機種まで知りたい。

まだ識別技術が不十分だった第二次世界大戦のころには、識別の失敗に起因する問題がいろいろ噴出した。例えば、米陸軍航空軍のP-51ムスタング戦闘機は、ドイツ空軍のメッサーシュミットBf109と間違われる事例が頻発して、味方の米軍機に撃たれたり、敵機と一緒に編隊を組んでしまったり(!)した。

もちろん、それをなんとかしようとして識別用の色帯を機体に塗装するような工夫はしたのだが、地上に駐まっている機体を落ち着いて眺めるのと、高速で飛んでいる機体同士が相手を瞬間的に見るのとでは事情が違いすぎる。

  • ノースアメリカンP-51ムスタング。液冷エンジン・単発の戦闘機である Photo : USAF

    ノースアメリカンP-51ムスタング。液冷エンジン・単発の戦闘機である Photo : USAF

  • メッサーシュミットBf109。これまた、液冷エンジン・単発の戦闘機である。地上で落ち着いて眺める分にはP-51と間違えそうにないが、空中で飛んでいる機体を瞬時に見分けるとなると、そうもいくまい Photo : USAF

    メッサーシュミットBf109。これまた、液冷エンジン・単発の戦闘機である。地上で落ち着いて眺める分にはP-51と間違えそうにないが、空中で飛んでいる機体を瞬時に見分けるとなると、そうもいくまい Photo : USAF

するとやはり、識別のための技術的な支援手段は欲しいところである。ことに近年、対空戦闘では射程が伸びて遠距離交戦になる場面が増えているから、目視やEO/IRセンサーは頼りにならない。

敵か味方かを見分ける「協力的識別」と「非協力的識別」

その識別の手段を大別すると、協力的(cooperative)な識別と、非協力的(non-cooperative)な識別に分類できる。探知した相手が手を貸してくれるかどうか、という違いである。

レーダーと併用する敵味方の識別手段といえばIFF(Identification Friend or Foe)だが、これはインテロゲーターが電波を出して誰何すると、相手が持つトランスポンダーが応答を返してくるというもの。その応答が正しい内容かどうかで敵味方の区別をつける。

要するに電波を用いる合言葉だが、相手のトランスポンダーがだんまりでは識別が成立しない。相手側の協力が必要だから、典型的な協力的識別といえる。

海中でパッシブ・ソナーを用いて音を聴知して、それを既知の音響データと照合することで音の発生源の艦種を知ろうとするのは、相手の協力をアテにしない、典型的な非協力的識別といえる。

目視あるいはEO/IRセンサーで捕捉した映像を見て、相手が何者なのかを判断しようとするのも、相手の協力はアテにしていないから、やはり非協力的識別に分類できる。

ただし、友軍機と敵機の機種が明確に分かれていればいいが、たまに彼我で同じ装備を使っていることがあり、そうなると外見による識別は難しくなる。これが実際に問題になったのが、1991年の湾岸戦争。イラク空軍も多国籍軍もダッソー・ミラージュF1戦闘機を使用していたため、多国籍軍側はミラージュF1の運用に制限をかけざるを得なくなった。

なにしろ塗装や国籍マークの違いしかないのだから、よほど接近しないと区別がつかない。もちろんIFFを使う手もあるが、電波放射を止めるためにIFFのスイッチを切れば、使えない選択肢になってしまう。

相手の協力なしに識別する「NCTR」とは

「だったら、なんとか工夫して相手の協力なしでも識別が成立するようにできないの?」と思うのは無理もないところ。しかし、なにかしらの技術的ブレークスルーがなければ、それは実現しない。

その、相手側の協力がなくても識別を可能にする手法や技術のことを、非協力的目標識別(NCTR : Non-Cooperative Target Recognition)という。この言葉は、本連載でも過去に何回か出てきたことがある。

ただ、具体的に何をどうやってNCTRを実現しているのか、という話になると、途端に関係者の口が重くなってしまう。それでも、断片的な話はいろいろ聞こえてくるものである。

では、実際にNCTRはどのような方法で目標を識別しているのか。そこから先は次回以降で詳しく見ていこう。

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。