20世紀の調理革命が電子レンジなら、17世紀のそれは圧力鍋でございます。電子レンジがレーダーから発明された電子科学の申し子なら、圧力鍋はエンジン開発の副産物なのですな。そんなお話をすこしさせてくださいませ。

料理は、そのプロセスがほぼ科学実験なこともあって、科学屋さんの中にははまる人が多いのでございます。焼きそばにカレー粉を振りかけて、色を変わるのを楽しんだり、味噌汁を吹きこぼすと、ガスが鮮やかな黄オレンジになって「おお、ナトリウムの色だ」と喜んだり、そんなことは、フツーですよねっ…家族に全面的に否定されました(苦笑)。

ま、IHならともかくガスコンロは、スイッチ1つで1000度という高温を簡単に実現してしまう、おそるべき実験器具です。そして、そこで使われている調理器具は、実は科学実験装置になってしまうのでございます。まあ、もともと科学実験装置だったものが、調理器具になったものもいろいろございまして、電子レンジについては前にお話した通りでございます。ほかにも、魔法瓶(業界ではデュワー瓶といいます)とか、ガスバーナーとか、いろいろございますな。

さて、電子レンジは20世紀の発明ですが、ここでは17世紀の発明品、圧力鍋をご紹介しましょう。ニュートンやらガリレオやらと変わらぬ時代。日本だと江戸時代の初期。そんな時代に圧力鍋は登場したのでございます。この圧力鍋は、エンジンの発明の過程で誕生しております。いうならば、できそこないのエンジンが圧力鍋なんでございます。

エンジンの発明は、諸説ありますが、フランスの科学者ドニ・パパンが発明したということになっています。パパン、いいですな。おフランスな名前ですね。活躍したのはイギリスなんですけどね。で、発明はギリギリ17世紀の1695年でした。

ヤカンが沸騰すると、蒸気がいきおいよくでますな。火をくべた蒸気のパワーは何かにつかえないか? というのが、そのころの注目だったのですな。ところが、なかなかうまくいかない。そこで、パパンさんが考えたのは逆転の発想。蒸気を冷やして水にするとき、勢いよく縮む、それを利用するというものだったのだそうです。これがエンジンの発明とされています。

ただ、実用化にはならなくて、蒸気エンジンといえば、1712年にニューコメンが発明した水の汲み上げ器となっておりますな。たぶん、絵を見ればみたことあるーというアレでございます。

さて、圧力鍋でございます。圧力鍋といえば、密閉した容器に水分が入った具材をいれ、加熱して調理するものですな。ちなみに英語では「pressure cooker(圧力調理器)」だそうでございます。そういえば、昔は圧力釜といっていたような気もしますね-。

さて、圧力鍋が何がいいかというと、火がよく通ることです。なぜか? 熱にはふしぎーな性質があって、圧力があがると沸点があがるのです。水は沸騰してもふつうは100度にしかならんのですが、圧力をあげると120度にすることができるのですな。その分、よく火が通るってなわけです。もちろん、フライパンや直火のほうが温度は上げられますが、焦げてしまいますし、均一になりません。これが鍋だとまんべんなく火が通るのですねー。

まあ、日本の重―いふたのあるお釜も、一種の圧力鍋といえんこともありません。ヨーロッパの重―い鍋もそうですな。最近では、シリコンを使った電子レンジ用の圧力鍋もありますな。ようは沸騰した水をとじ込められればいいわけです。

密閉した容器を火にかけて蒸気を作り圧力をあげる。パパンさんは、その圧力をパワーとしてとりだそうとして…失敗したのはさっき書いた通りです。たしかに圧力で、ピストンは動く。でも、冷やしても、水蒸気がのこって、元の位置にならない。これではエンジンにならんというわけです。1回転しないエンジンといってもいいと思います。

しかし、その副産物として、これが圧力鍋としてつかえることがわかったのですな。そう、ピストンの中に肉をいれると、圧力があがり火がよく通ってくれるのです。この発見は1679年のことでした。ちなみに、当時の圧力鍋は完全な「実験装置」でとても家庭におけるような規模のものではありませんでした。家庭におけるようになったのは、20世紀になってコンパクトな鍋でも圧力鍋としてつかえるようになってからです。

で、パパンさんはそれで何をしたかって? 実験装置を使った料理ショーをしたのです。いわく「チーズのようにとろけた象牙」とかそんなものを作ったのでございます。ロバート・フックという彼の上司(顕微鏡の発明者、バネのフックの法則の発見者)のサシガネだったそうです。フックさん愉快な人やね。

料理ショーをしながら、エンジンの開発のための予算集めというもくろみもあったのでしょうけど、どうも、おもしろいからそうやったようなんですね。そして、これが大受けに受けたのだそうです。この鍋にいれると、信じられないくらい、ホネまで柔らかくなってしまうのですから、みんな、鍋にいろんなものをぶち込みたがったのもわかります。

その後パパンは「肉をやわらかくする新しい圧力鍋」という本を出版します。もう、エンジンじゃなくて完全に調理器具です。もっとも実用化にはならなくて、アトラクションのための装置でありつづけるのですけれどね-。

ただ、この圧力鍋の修理をしていた、ワットさんが、ニューコメンのエンジンを改良して、名前くらいは聞いたことあるでしょの、ワットの蒸気機関を作っちゃったのですから、なんともかんとも。

仏SEBの圧力鍋(出所:SEB Webサイト)

著者プロフィール

東明六郎(しののめろくろう)
科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。