あなたは「生成AI」を使っているだろうか?個人レベルでは先進国の中で比較的普及の遅かったわが国でも、2026年4月に利用率がついに半数を超えたとの統計もある(NTTドコモ モバイル社会研究所ホームページ)。業務ではもはや欠かせない存在となっている企業も多いのではないか。
この生成AI、今やコーディングや画像生成を越えた活用がなされつつある。自然科学の研究現場では、大量の文献を読み込み、候補となる仮説を作り、計算や観測データとの比較に接続する試みが始まっている。
arXivに掲載されたC. Bomらの論文「Physics-guided discovery of dynamical dark-energy equations of state through iterative AI reasoning」はその一例。宇宙論最大の謎の1つであるダークエネルギーを対象に、AIを用いてその状態方程式パラメータの新たな候補式を探索した研究だ。
この研究は、ダークエネルギーの正体をAIで突き止めるというようなものではない。重要なポイントは、AIが科学研究における「仮説の作り方」そのものに関わり始めた点にある。現在の標準的な宇宙論では、宇宙は加速膨張しているとされる。
この加速膨張を説明するために導入されるのがダークエネルギーだ。ダークエネルギーの性質は、圧力とエネルギー密度の比を表す状態方程式パラメータ(w)によって記述される。最も単純な説明は、アインシュタイン方程式に現れる宇宙定数で、この場合wは常に“-1”となる。
一方で、もしダークエネルギーが完全な定数ではなく宇宙の歴史の中で変化しているなら、wは赤方偏移zに依存する関数w(z)として表す必要がある。近年、ダークエネルギー分光装置(DESI)によるバリオン音響振動(BAO)観測や、Ia型超新星、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)などを組み合わせた解析から、こうした動的ダークエネルギーの可能性も議論されてきている。
従来の基準の外側を探す
では、どのような形のw(z)を考えればよいのか。従来、よく使われてきたのが、CPL(Chevallier-Polarski-Linder)パラメータ化と呼ばれる式である。これはw(z)を二つのパラメータで表す便利な経験式で、観測データと比較しやすい。
しかしCPLは、元となる特定の物理理論があってそこから導かれた、というようなものではない。ダークエネルギーが時間とともに変化しているとしたら、観測データにはどのように現れるのかを調べるために、人の手で仮定された簡便な式である。言い換えれば、宇宙定数(w=-1)からどれくらいずれているかを調べるための比較基準だ。
そのため、CPLだけを使っていると、CPLで表せる範囲の変化しか調べられない。もし実際のw(z)がCPLとは異なる形で変化していた場合、その兆候は観測データに含まれていても、CPLの枠内では単なるフィットの悪さや、他の宇宙論パラメータのずれとして扱われてしまう可能性がある。今回の研究は、そのような見落としを避けるために、AIを用いてCPL以外の候補式も広く探索したものといえる。
研究チームは、LLM(大規模言語モデル)を用いて、ダークエネルギーの状態方程式パラメータw(z)の候補式を多数生成させた。AIには、単に数式を出させるだけではなく、その式がどのような宇宙論的意味合いを持ち得るのかについての自然言語での説明も添えさせる。さらに、候補式は実行可能なPython関数として与えられる。これにより、その式をそのまま宇宙論計算に組み込み、観測データとの比較に使うことを可能とした。
観測データでふるいにかける
ここで重要なのは、AIが作ったw(z)を直接観測データに当てはめているわけではない点である。そもそも、w(z)は観測で直接測定できる量ではない。超新星観測で得られるのは、ある赤方偏移の天体がどれくらい暗く見えるかであり、BAOがもたらすのは銀河分布に刻まれた標準物差しの大きさである。
CMBは、初期宇宙から現在までの距離スケールを制約する。候補式は、まずダークエネルギー密度の進化へと変換される。そこからフリードマン方程式を通じて宇宙の膨張率 H(z) を計算し、さらに距離‐赤方偏移関係が求められる。そして、超新星、BAO、CMBに関して実際に測定されている量をどのくらい再現できるかを統計的に評価する。
この研究では、候補式を生成するAIとは別に批評役のAIも使われている。批評役は各候補について、物理的な動機づけ、新規性、説明の明確さ、数値的安定性、実装の妥当性などを評価する。
成績の良い候補は経験バッファに保存され、次の候補生成に利用される。一度だけ式を出して終わるのではなく、良かった候補を手がかりに、関数形と物理的説明の両方をAIで反復的に改善していく。
AIが広げる基礎科学の仮説空間
Bomらは、この手法により多数のw(z)候補が生成・評価され、CPLとは異なる有望な候補式が得られたと報告している。
特に注目されるのは、一部の候補がDESIや超新星が感度を持つ低赤方偏移の宇宙でw(z)の変化を柔軟に表せる一方、高赤方偏移では不自然な発散を示さない、バランスの良い性質を備えている点である。中にはCPL同様、宇宙定数に対応するw=-1をまたぐ、いわゆるphantom crossingを表現できる候補も含まれている。
ただし、ここで得られた式を、新しい基礎理論そのものとみなすことはできない。繰り返すがこれらはスカラー場理論や修正重力理論のラグランジアンから導かれたものではなく、観測データに対して検討に値する現象論的パラメータ化である。
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AIが提案したダークエネルギーの状態方程式パラメータ w(z) の二候補。左はAI 1、右がAI 2。上段はw(z)、中段は減速パラメータ、下段はダークエネルギー密度相対変化。黒線は最良推定値、青い帯は不確かさの範囲、緑の破線は従来のCPLパラメータ化、黒の破線は宇宙定数を表す。オレンジの縦線は宇宙膨張が減速から加速へ転じる位置、ピンクの縦線はphantom corossingを示す。AIが提案した候補は、低赤方偏移側で w(z) の変化を許しつつ、高赤方偏移側では発散しにくい形を持つ点が特徴である
また、多数の候補から成績のよいものを選んでいるため、探索過程に由来する選択効果にも注意が必要だ。今後は、背景膨張だけでなく、構造成長の観測量、摂動の安定性、有効場理論との整合性などを探索の評価基準に直接組み込んだ場合にもこの手法が有効に機能するか、を検証する必要がある。
それでも、この研究の意義は小さくない。基礎物理学では、観測データそのものだけでなく、どのような理論モデルやパラメータ化を考えるかが決定的に重要である。研究者は既存理論、数学的簡潔さ、物理的直観に基づいて候補を作ってきた。
そこにAIが加わることで、人間が思いつきにくい関数形や、従来の標準的な枠組みの周辺にある候補を系統的に探索できる可能性が生まれる。言い換えれば、科学者が検討すべき仮説の守備範囲を広げる道具にAIがなり得る、ということだ。
ダークエネルギーの正体は、依然として未解明のままである。しかし今回の研究は、その謎に迫るための方法そのものが変わり始めていることを示している。AIは、自然科学研究の方法論に変革をもたらしつつある。
