日本主導のX線分光撮像衛星「XRISM」(クリズム)を用いて、地球から約34億光年離れたりゅう座の方向にある銀河団「H1821+643」を観測した結果、中心にある急成長中の超大質量ブラックホールと、その周辺にある高温ガスの運動の精密測定に成功したことを、東北大学ら6者が7月27日に共同発表した。

  • 宇宙における銀河団から単一の銀河、その中心に存在する超大質量ブラックホール(SMBH)へと至る階層構造の模式図。SMBHは銀河の半径に比べて1億倍以上も小さいが、銀河中心で重要な役割を担う (C)東北大学 (出所:東北大プレスリリースPDF)

    宇宙における銀河団から単一の銀河、その中心に存在する超大質量ブラックホール(SMBH)へと至る階層構造の模式図。SMBHは銀河の半径に比べて1億倍以上も小さいが、銀河中心で重要な役割を担う (C)東北大学 (出所:東北大プレスリリースPDF)

さらに、同ブラックホールから風のように高速で噴き出す高温ガスが、自身が属する銀河(半径約3万光年)を大きく飛び出し、約30万光年先にまで広がるガスの運動を激しくかき乱していることを突き止めたことも、併せて発表された。

同成果は、東北大 学際科学フロンティア研究所の山田智史助教、金沢大学 理工研究域 先端宇宙理工学研究センターの上田周太朗特任准教授、東北大大学院 理学研究科の野田博文准教授、東京都立大学大学院 理学研究科の藤田裕教授、大阪大学大学院 理学研究科の長峯健太郎教授、同・川室太希助教、東京理科大学 創域理工学部 先端物理学科の小川翔司助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の天文学を扱う学術誌「Nature Astronomy」に掲載された。

  • 銀河中心のSMBHから爆風が噴き出し、そのエネルギーが銀河を飛び出して銀河団領域にまで到達する様子を示した概念図。超新星爆発の数十億回分以上に相当する莫大なエネルギーにより、30万光年先まで広がる高温ガスが激しく運動する様子が描かれている (C)東北大学 (出所:東北大プレスリリースPDF)

    銀河中心のSMBHから爆風が噴き出し、そのエネルギーが銀河を飛び出して銀河団領域にまで到達する様子を示した概念図。超新星爆発の数十億回分以上に相当する莫大なエネルギーにより、30万光年先まで広がる高温ガスが激しく運動する様子が描かれている (C)東北大学 (出所:東北大プレスリリースPDF)

宇宙に存在する大半の銀河の中心には、太陽の数百万倍から100億倍ほどの質量を持つ超大質量ブラックホールが位置していると考えられている。この超大質量ブラックホールは周囲の物質を吸い込みながら、その一部を高速ガスとして噴き出すことが知られており、この「ブラックホールの風」は、自らが属する銀河やその周囲の環境に影響を与える重要な現象とされている。

従来の観測では、この風の影響は銀河内に留まると推測されていた。その一方で、風の到達範囲が銀河内に留まらず、その銀河が属する銀河団の範囲にまで及ぶ可能性も理論的に指摘されていた。しかし、銀河外の高温ガスの観測は極めて困難なためまだ十分な調査が行われておらず、風の影響範囲がどこまで広がるのかについては観測的に未解明のままだった。

そこで研究チームは今回、XRISMを用いて、銀河団「H1821+643」の中心に位置する、急成長中の超大質量ブラックホール周辺の高温ガスを精密観測することにした。超大質量ブラックホールから噴き出す風の影響を、X線を用いて直接調べる試みは今回が初めて。

銀河団を満たす高温ガスは電子を失ってイオン化した鉄原子を含んでおり、これが特定のエネルギーのX線を放射している。ガスが高速運動している領域では、放出される鉄イオンのX線エネルギーがわずかに移動・拡張する。そのため、この鉄イオンの輝線を精密解析することで、ガスがどれだけ激しく動いているかという運動構造を測定できる仕組みだ。

観測の結果、超大質量ブラックホール周辺の高温ガスは静的な状態ではなく、乱流や大規模な流れによって広範囲で激しくかき乱されていることが明らかにされた。さらに、この激しい運動は、銀河本体のスケール(半径約3万光年)を超えて広がり、銀河団「H1821+643」の領域である約30万光年先にまで及んでいることが確認された。

また、そのガスの運動エネルギーは約10^54ジュールに達し、従来の推定の100倍以上という規模であることも判明した。これは、太陽の8倍以上の質量を持つ大質量星が生涯の最期に起こす超新星爆発数十億回分以上に相当する巨大なエネルギーである。この爆風により、超大質量ブラックホールは銀河を超えて銀河団の領域の広大な宇宙空間にまで影響を与えていることが明らかにされた。

  • NASAのチャンドラX線天文衛星による銀河団「H1821+643」のX線画像。緑の点線は、1辺約90万光年の観測領域を示す。下のグラフは、中心領域(半径約30万光年)における鉄イオン(6.7keVなど)のX線輝線のエネルギー分布で、観測データ(白)とモデル(赤)が重ねられている。代表的な銀河団であるペルセウス座銀河団(紫)と比べ、線幅の広がりは顕著であり、広範囲で高温ガスの運動が激しいことが示されている。(C)Yamada et al. (出所:東北大プレスリリースPDF)

    NASAのチャンドラX線天文衛星による銀河団「H1821+643」のX線画像。緑の点線は、1辺約90万光年の観測領域を示す。下のグラフは、中心領域(半径約30万光年)における鉄イオン(6.7keVなど)のX線輝線のエネルギー分布で、観測データ(白)とモデル(赤)が重ねられている。代表的な銀河団であるペルセウス座銀河団(紫)と比べ、線幅の広がりは顕著であり、広範囲で高温ガスの運動が激しいことが示されている。(C)Yamada et al. (出所:東北大プレスリリースPDF)

今回の研究成果により、超大質量ブラックホールは単に物質を吸い込むだけでなく、莫大なエネルギーを爆風として銀河外の広大な領域へ放出し、周辺環境に多大な影響を与えていることが突き止められた。これにより、超大質量ブラックホールは、宇宙空間のガスの運動を駆動する重要なエンジンとして、その役割の認識が更新されることとなった。

今後は、次世代の天文衛星などによる詳細な観測により、超大質量ブラックホールが周囲に与える影響の全貌が解明されることが期待されるとする。なお、筆頭論文著者である山田助教は、「こうした研究の進展により、宇宙における物質や元素の循環の理解が進み、星や生命を形づくる材料がどのように宇宙へ広がっていったのかという起源の解明にもつながると期待しています」とコメントしている。