ゴールデンウィークだから、というわけではないが、今回は進行中のテーマから離れて、ヒマネタをひとつ書いてみたい。米軍で過去に使用していたヘリコプターと、それをベースとして大改造された怪しい標的機の話である。→連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」のこれまでの回はこちらを参照

  • 米空軍が朝鮮戦争中に、特殊作戦機として使用していたH-19 Photo : USAF

    米空軍が朝鮮戦争中に、特殊作戦機として使用していたH-19 Photo : USAF

なぜシコルスキーS-55がベースに選ばれたのか?

シコルスキーは米陸軍からの求めを受けて、H-19という汎用ヘリコプターを開発した。初飛行は1949年のこと。まだジェット・エンジンですら揺籃期だった時期のことだから、ヘリコプターにターボシャフト・エンジンを使えるはずもなく、プラット&ホイットニー製の空冷星形エンジン、R-1340(出力600馬力)を使用した。

空冷星形エンジンだから、当然ながら場所をとる。そこでH-19では、そのエンジンを胴体の前端部に斜め下方向きに据え付けた。すると、出力軸は斜め後方上向きに延びることになり、それがメイン・ローター直下のトランスミッションにつながる。

そのトランスミッションの直前に操縦席を設けて、キャビンは後部胴体の内部に設けた。機首にはエンジンを覆うようにカバーを設けてあり、それを外すと容易にエンジンにアクセスできる。だからエンジンの整備はやりやすかった部類といえるかも知れない。

また、重たいエンジンを高い位置に設置しなくても済むので、重心が低くなるメリットもあったようだ。

なぜこの機体は改造しやすかったのか?

これを米空軍が、1951年にH-19Aと名称で制式採用。続いて陸軍もUH-19チカソー(Chickasaw)という名称で採用、海軍と沿岸警備隊もHO4Sという制式名称で採用した。なお、シコルスキーにおけるモデル名はS-55という。

  • H-19の丸みを帯びた機首の内部に、このように空冷星形エンジンが納まっている Photo : USAF

    H-19の丸みを帯びた機首の内部に、このように空冷星形エンジンが納まっている Photo : USAF

なぜMi-24そっくりの標的機が必要だったのか?

ここまではイントロである。

時代は下って1980年代末期。米陸軍は、ソ連軍の主力攻撃ヘリコプターであるMi-24ハインドの模擬標的機が欲しいと考えた。「訓練された通りに戦え」という業界の金言からすれば、訓練の際に使用する標的はリアリティを追求したい。そこで、本物のMi-24に似た外見、似た規模を持つヘリコプターが欲しいと考えたわけだ。

  • これは本物のMi-24ハインド。横から見たときの胴体部分のラインがH-19に似ている、と強弁することも不可能ではなさそうだ 撮影:井上孝司

    これは本物のMi-24ハインド。横から見たときの胴体部分のラインがH-19に似ている、と強弁することも不可能ではなさそうだ 撮影:井上孝司

ところが、標的機だからいずれは撃ち落とされる運命にある。そんな機体に多額の費用をかけるのは、経済的ではない。安く済むに越したことはない。

どうやって“ハインドもどき”を作ったのか?

そこでオーランド・ヘリコプター社(OHA : Orlando Helicopter Airways, Inc.,)が、シコルスキーS-55(H-19チカソー)を改造する案を提示して、採用された。中古機のタマが多く、安価に入手できることと、機体の規模がMi-24に近く、Mi-24に似せた外観を容易に実現できるという理由があった。

前述のように、S-55の機首にはR-1380エンジンが斜め前下方向きに取り付いており、それを覆うカバーが付いている。そこで、そのカバーを外して、Mi-24のそれと似た形をした機首を新たにでっち上げた。

コックピットは前述のようにメイン・ローターの直前に付いているから、この「模擬機首」に操縦系統や計器類を取り付ける必要はない。外形こそMi-24に似ているが、中身はがらんどう。ただしリアリティを追求するため、マネキンは乗せられるようになっていた。

Mi-24は単なるタンデム(縦列)複座の攻撃ヘリではなく、メイン・ローター後方の胴体内部にキャビンを備えていて、兵員や貨物を載せられる。キャビンの位置はS-55も同じだから、そういう意味でも “ハインドもどき” をでっち上げるには都合がいい。

また、メイン・ローター直下の胴体左側面にはダミーの排気口と赤外線放射装置、胴体の左右にはMi-24のそれと似た形の兵装懸吊用スタブウィングを設置して、外見をハインドに似せた。さらに、コックピットの前方に “ハインドもどき” の空気取入口を追加したが、このせいで前下方視界はだいぶ悪化したのではないか。

さらに念を入れて、メイン・ローターはオリジナルの3翅から、Mi-24と同じ5翅に変更した。ただしテイル・ローターはそのままだったという。

これがQS-55標的機。2人乗りの操縦練習用を2機と、1人乗りの標的用を13機、改造した。もちろん、本当に標的として撃たれるときには人は乗せずに無線で遠隔操縦する。

なぜH-19は“ハインドもどき”に最適だったのか?

これが一般的なヘリコプターみたいに、機首にコックピットを持つ形だったら、機首をホイホイと換装することはできなかっただろう。操縦系統に加えて配線・配管などをすべて作り直さなければならない。

ところがS-55の機首はエンジンを覆うカバーが付いているだけだから、そのカバーを外して交換すれば済んだ。中古機のタマ数や改造コストの問題だけでなく、このS-55の機体構造がメリットになったのは間違いないだろう。

そして、機首の“ハインドもどき”コックピットはただのドンガラだから、これを外した状態でも飛行ができた。その状態で飛んでいる写真を見ると、なんとも変な外見である。

米軍の公式WebサイトにはQS-55の写真は残されていないようだが、キーワード “QS-55” で画像検索をかけると、このQS-55の写真が何点か出てくる。騙されたと思って探してみて欲しい。本当にMi-24によく似ているから。なお、X(旧Twitter)への投稿もあった。

なお、筆者がこの機体の存在を知ったのは、「航空ファン」誌の1990年11月号に載っていた記事を見たときだった。お手元にこの号があったら探してみて欲しい。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、姉妹連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。