前回は、パッシブ・ソナー、その中でも特に曳航ソナーの話を取り上げた。ところが実は、「艦艇から後ろに引っ張るソナー」というとパッシブ・アレイの曳航ソナーはむしろ新顔で、その前に先輩がいる。

黄色いフィッシュ

それが可変深度ソナー、いわゆるVDS(Variable Depth Sonar)だ。なぜ可変深度と呼ぶのかというと、海面直下だけでなく、もっと深いところまで、任意の水深に降ろすことができるからだ。

では、なぜそんなことをする必要があるのか。それは、ことに太平洋や大西洋、インド洋といった広大な外洋では「温度層」という話がついて回るためだ。この温度層の話は後日に取り上げる予定なので、詳しい話はとりあえずおいておくが、温度の違う海水が層をなした状態のことである。

第197回で取り上げたヘリコプター用の吊下ソナーは、ケーブルの長さが許す範囲内でのことだが、ウインチの操作によって任意の深度に降ろすことができる。それと同じ。

VDSはトランスデューサー・アレイを形作って、流線型のカバーで覆い、後部にフィンを取り付けた形になっている。フィンを取り付けるのはおそらく、水中で曳航しているときに姿勢を安定させるためだ。

VDSが曳航ソナー・アレイと違うのは、アクティブ主体になっているところ。トランスデューサーは送受信兼用だから、理論上はパッシブ・オペレーションも可能だろうが、メインはアクティブ・オペレーション、つまり探信である。

能書きはこれぐらいにして、現物の写真を御覧いただこう。この春に退役した海上自衛隊の護衛艦「くらま」が装備していたVDSである。

護衛艦「くらま」のVDS

どういうわけか、VDSは目立つ明るい色になっていることが多い。海上自衛隊の護衛艦が装備するVDSだと黄色だが、国によっては白いこともあるようだ。ちなみに、このVDSの航走体のことを、その外見から「フィッシュ」と呼ぶことがあるらしい。

VDSの泣き所

ところが近年では、この種のVDSは廃れて、前回に取り上げたような細長い曳航ソナーが主体になってきている。パッシブ・ソナーでも、アクティブ・ソナーでも。

よくよく考えると、VDSはアクティブ・オペレーションでもパッシブ・オペレーションでも泣き所を抱えているので、もっと良い選択肢が出てくれば、そちらに行ってしまうのは必然だったのかもしれない。

まずアクティブ・オペレーションの場合。ソナーは音波の周波数が低いほうが減衰が少なく、遠距離探知が可能である。そして、低周波ソナーはガタイが大きくなる傾向がある。この辺の事情は、音波と電波という違いはあるものの、レーダーと同じだ。

ところが、VDSは航走体を後ろに引っ張りながら航行しなければならないから、その航走体があまり大きくなっては困る。抵抗が増えるし、思い通りに舵を切って操縦するのが難しくなってしまう。小さなキャリーバッグを引っ張りながら歩いている場合と、大きなトランクを引っ張りながら歩いている場合を比較してみるとわかりやすいかもしれない。

ということは、VDSの航走体はあまり大きくできないので、必然的に周波数を下げようとしても限界が生じる。すると、遠距離捜索が難しい。

では、パッシブ・オペレーションはどうか。フィッシュの中にトランスデューサー・アレイを格納すれば、個々のトランスデューサーごとの位相差を比較することで、聴知した音の入射方向を割り出せる。

しかし、あまり大きくできない航走体の中でのことだから、位相差といってもタカが知れている。つまり、方位検出の精度を上げるのが難しい。なるべく離れた場所にある複数のトランスデューサー、あるいはハイドロフォンを使って比較するほうが位相差が大きくなるので、その点では細長い曳航ソナー・アレイのほうが有利である。

と、そんなこんなの事情があって、当節の水上戦闘艦では「フィッシュ」を艦尾から引っ張るVDSは廃れた次第。海上自衛隊でも、「くらま」の退役により、VDSを備える護衛艦は消滅した。

可変深度ソナーが生き残った分野

降ろす深度を自由に変えられるソナーということなら、第194回で取り上げたヘリの吊下ソナーも似ている。

「あまり大きくできないのは、ヘリの吊下ソナーも同じでしょ? どうしてそちらは今も使われてるの?」という疑問が生じるかもしれない。仰せの通り、その通り。

しかしヘリコプターは、艦艇と比べると足が速い。ある地点でソナーを降ろして探信なり聴知なりをやったら、すぐにソナーを引き上げて別の場所に移動して、また探信なり聴知なりを行う。

(だいぶ古い作品で申し訳ないが、トム・クランシーの「レッド・ストーム作戦発動」下巻を読むと、ヘリが吊下ソナーを上げたり降ろしたりしながら飛び回り、ソ連軍の潜水艦を捜索する場面が出てくる)

つまり、遠達性に劣るとか、位相差を大きくとれないとかいう欠点は、ある程度、ヘリ自身の移動によって補える。そこが、艦艇が後ろに引きずって走らなければならないVDSと違うところ。

もう1つ、可変深度ソナーといえば機雷探知である。機雷探知ソナーは、小さな機雷を探し出さなければならないので高い分解能が求められており、故に周波数が高い。だからソナー・トランスデューサーを大型化する要因が減る。

そして、今の機雷探知ソナーの主敵は海底に敷設された沈低機雷だから、ソナーは海底に近いところまで降ろさないといけない。つまり可変深度は必須の機能となる。そして、機雷は動かない一方で小さく、しかもそれが海底に鎮座しているから、探知距離の長さよりも分解能のほうが大事だ。

そして機雷は自ら音を出さないから、機雷探知ソナーにパッシブ・オペレーションはない。アメリカのMk.60 CAPTORみたいに、魚雷を撃ち出すタイプの機雷があって、これは撃ち出された魚雷が音を立てる。でも、作動するまでは音を出さないのだから、これを引き合いに出して突っ込むのはナシにしていただきたい。

そして機雷探知ソナーは、掃海艇の船体内から海中に降ろすタイプだけでなく、近年ではヘリコプターや小型の無人艇(USV : Unmanned Surface Vessel)から降ろすタイプのものも出てきた。ノースロップ・グラマン社製のAN/AQS-24Aが典型例で、これは海上自衛隊でもMCH-101ヘリに搭載するために導入を始めている。

AN/AQS-24B機雷探知ソナー。白い、細長い物体がソナーを内蔵する航走体で、手前側に付いているのは安定翼。ヘリやUSVの後尾から、これを海中に降ろす Photo : US Navy