2月24日にロシアがウクライナに戦争を仕掛けた後で、欧米諸国では「いかにしてウクライナを支援するか」という課題に直面した。そこから出て来たアイデアの一つが、東欧のNATO加盟国に残存している旧ソ連製の戦闘機を引き渡してはどうか、というものだった。

単に右から左に渡して済む問題ではない

しかし、政治的な話を抜きにしても、防衛装備品の引き渡しは一筋縄ではいかない部分がある。特に航空機や艦艇では、その傾向が強い。なぜか。それについて解説するのが本稿の目的だが、ここから先はウクライナに特化した話ではなく、一般論として話を進める。

操縦士や整備員が機体のことを知っている方がよい、という観点からすれば、引き渡す相手の国が使用しているものと同一、あるいは同系統の装備を引き渡すのは理に適っている。そうすれば、操縦や整備のための訓練を行う手間を軽減できる。

ところが、飛行機あるいは艦艇といった「ドンガラ」の部分はそれで済んでも、違う部分で問題が生じる可能性がある。それは主として、CNI(Communications, Navigation, and Identification、通信・航法・識別)の分野。実は、このCNIについては後日に詳しく取り上げるつもりで、原稿を用意してあった。

通信とは、文字通りに通信機である。ただし音声でやりとりを行う通信機だけでなく、データ通信を行うものも対象になる。航法は主として測位のための手段になる。では識別とは何かというと、敵味方の識別、あるいはさらに踏み込んで機種の識別、といった話になる。

そして、これらの分野で相互運用性が確保できないと、飛行機や艦艇だけ引き渡しても使えない。通信機の規格が違っていたのでは通信ができない。敵味方識別が正しく行えなければ、敵と間違われて誤射される危険性がある。

だから、共同で作戦行動を行う可能性がある国同士では、CNI分野の規格をそろえておかなければならない。NATO加盟国同士でも、日本とアメリカでも、それは同じである。

CNIの何が問題になるのか

通信の場合、周波数や変調方式をそろえるのは当然のこと。それに加えて、秘話装置を使用することになると、暗号化の規格をそろえるという課題も出てくる。データ通信であれば、レイヤーごとにプロトコルをそろえなければならないのは当然のこと。同じEthernetネットワークにつながっていても、上位のプロトコル・スタックが違っていれば相互に通信ができないのと似ている。

だから、東欧諸国がNATOに加盟したときには、手持ちのソ連製戦闘機を使い続けるために、CNI分野のアビオニクスを変更する必要が生じた。なにしろ「かつての敵は今日の友」だから、ことにIFFをNATO諸国と同じ規格のものにそろえておかないと、敵だと勘違いされてしまう。

また、単位系という問題もある。航空の分野では、主として高度と速度と重量が問題になる。例えば、高度をフィート単位で扱う国と、メートル単位で扱う国がある。それぞれ、自国で使用している単位に合わせて高度計を用意しているから、前者の国で使用していた機体を後者の国に引き渡すと、単位が違ってしまう。

速度はkm/h単位とノット(kt)単位があり、これは航法にも影響する。同じ国の中で、軍種によって速度計の単位が違っていた、なんていう話も過去にはあったらしい。そして重量も、kg単位とポンド(lb)単位がある。同じ組織の中で異なる単位系を混用させると、燃料を半分しか積まずに飛び立ってしまい、飛行中にガス欠になる、なんていうビッグ・ミステークが起きることもある。

以前に「相互運用性」の問題を取り上げたときにも触れた話だが、CNI分野に限らずさまざまな分野で仕様統一を図っておかなければ、連合作戦・共同作戦を円滑に進めることができない。NATOはそれが分かっているから、STANAG(Standardization Agreement)という標準化規定集を策定している。

面倒なのは、欧米製の装備品とロシア製の装備品が混在しているインドみたいな国だが、少なくともCNI分野については、どちらかにそろえなければ仕事にならないだろう。

条件がそろえば中古の引き渡しは実現しやすい

裏を返せば、平素から同じSTANAGの下で、仕様や運用手順の標準化を図っている国同士だと、装備品の引き渡しや貸し借りを実現しやすくなる、ということでもある。

比較的近年の事例だと、ルーマニアがポルトガルから中古のF-16を買っている。それよりだいぶ前の話になるが、イタリアがイギリスからトーネードADV戦闘機を借りて運用したこともあった。

  • トーネード IDS 戦闘機。これを防空に特化させた派生型がトーネード ADV 写真:Panavia Aircraft GmbH

    トーネード IDS 戦闘機。これを防空に特化させた派生型がトーネード ADV 写真:Panavia Aircraft GmbH

戦闘機に限らず艦艇でも、NATO諸国の間で中古を引き渡している事例はいろいろある。オランダ海軍の中古フリゲートがポルトガルやギリシアに、アメリカ海軍の中古フリゲートがポーランドやスペインに渡っているのは、その典型例といえる。引き渡しに際して、多少は手を入れなければならないかもしれないが、中身の総入れ替えというほどではない。

そういう意味では、陸戦兵器、例えば装甲戦闘車両の分野は、CNIがらみの相互運用性が問題になる場面が少ない。通信機は問題になるが、航法装置が航空機や艦艇ほど充実しているわけではないし、陸戦ではIFFは使わない。

  • ロシア製の携帯式地対空ミサイル、9K32。こういうシンプルな武器では、CNI分野の互換性が問題になることは少ない

    ロシア製の携帯式地対空ミサイル、9K32。こういうシンプルな武器では、CNI分野の互換性が問題になることは少ない

これが対戦車ロケットや対戦車ミサイルになると、CNIがらみの問題は生じない。携帯式地対空ミサイルも基本的には同様だが、FIM-92スティンガーみたいにIFFを備える例外が発生することもあるから、これは注意が必要だろう。また、捜索レーダーを備える防空システムでは、当然ながらIFFが問題になる。

中古品の売買に限らず新品の調達でも、複数の国が組んで共同調達してコスト削減の実を挙げようとした場合には、規格がそろっている方が都合がよい。オランダとベルギーが組んで、掃海艦やフリゲートの共同調達に乗り出している事例がある。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。