2026年7月24日、自治体におけるkintoneの活用事例を共有する「kintone hive Government 2026」が大阪市で開催された。

自治体DXというと、紙で行っていた業務をデジタルに置き換えることに目が向きがちだ。しかし、システムを導入しただけでは、長年続いてきた仕事のやり方や職員の行動まで変わるとは限らない。

兵庫県では、年間約5600件に上る公用車の運転記録をデジタル化するにあたり、kintoneによる業務改善だけでなく、行動科学の「ナッジ」や「イノベーター理論」の考え方まで取り入れた。

さらに、電子契約の導入によって逆に増えてしまった業務にもメスを入れ、契約のプロセスそのものを見直したという。

兵庫県 契約管理課 主幹の島浦佳樹兵氏が、加東土木事務所で取り組んだ業務改革について紹介した。

  • 兵庫県契約管理課 主幹 島浦佳樹兵氏

    兵庫県契約管理課 主幹 島浦佳樹兵氏

年間5600件の運転記録、残っていた「手書き、電卓、紙決裁」

島浦氏が加東土木事務所に赴任して感じたのが、紙を前提とした業務の多さだった。

設計書の決裁、公用車の運転日誌、集計作業など、さまざまな業務に紙が残っていた。島浦氏は当時の状況を「紙」「慣習」「抱え込み」という「3K」が根付いた状態だったと振り返る。

  • 他部署から土木に戻ってきて感じたのは「相変わらずの紙作業」だったという

    他部署から土木に戻ってきて感じたのは「相変わらずの紙作業」だったという

最初に改善に取り組んだのが、公用車の運転日誌だった。

加東土木事務所では、年間約5600件の運転記録が発生する。従来は、運転者が残したメモを運転日誌に転記し、毎月電卓を使って集計していた。書き損じれば最初から書き直し、最後は紙の帳票に押印して決裁する。

一つ一つは小さな作業でも、年間5600件となれば大きな負担になる。

そこで、kintoneと連携サービスのFormBridge、PrintCreatorを組み合わせた。FormBridgeを使って入力した情報をkintoneに蓄積し、PrintCreatorで必要な帳票を出力。そのまま電子決裁へ回せるようにした。

これにより、手書きした情報を別の帳票へ転記したり、電卓で集計したりする工程を廃止した。

  • 年間約5600件発生していた運転記録。入力から集計、帳票出力、電子決裁までをデジタル化した

    年間約5600件発生していた運転記録。入力から集計、帳票出力、電子決裁までをデジタル化した

アプリを作っても使ってもらえない、そこで「ナッジ」を活用

ただし、業務をデジタル化すれば、それだけで改善が進むわけではない。

新しい仕組みを用意しても、実際に職員が使わなければ意味がないからだ。

そこで島浦氏が取り入れたのが、行動科学における「ナッジ」の考え方だった。人に強制するのではなく、行動を起こしやすい環境を用意することで、自然に望ましい行動を促す手法だ。

公用車の鍵には、運転日誌の入力フォームにつながるQRコードを記載したカードを取り付けた。職員が公用車を使えば必ず触れる鍵に入力への導線を置くことで、運転後、その場で記録しやすくした。

島浦氏は、この仕組みについて「Easy」「Timely」「動作指示」というポイントを挙げた。

入力を簡単にするだけでなく、入力すべきタイミングで、それを促す仕掛けまで用意する。つまり、従来の紙を単純にデジタルへ置き換えるのではなく、職員の行動まで含めて業務を設計したわけだ。

  • 公用車の鍵に運転日誌入力用のQRコードを取り付けた。「デジタルだけが解決の糸口じゃない」と島浦氏は説明した

    公用車の鍵に運転日誌入力用のQRコードを取り付けた。「デジタルだけが解決の糸口じゃない」と島浦氏は説明した

一気に全職員へ広げない、「イノベーター理論」で組織を動かす

個人の行動を変えるためにナッジを取り入れる一方、組織全体への展開には「イノベーター理論」の考え方を活用した。

新しい製品や仕組みが普及する際、利用者はイノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティなどに分かれ、徐々に利用が広がっていくとする考え方だ。

島浦氏は、最初から全職員に新しい仕組みを使わせようとはしなかった。まず新しい取り組みに理解を示す職員を巻き込み、各課に協力者となる担当者をつくった。

その担当者を軸として各課の職員へ利用を広げる一方、現場で生じた問題や要望についても担当者を通じて吸い上げ、仕組みの改善につなげていった。

  • 新しい仕組みに理解を示すアーリーアダプターを増やしながら、徐々に利用者を広げた

    新しい仕組みに理解を示すアーリーアダプターを増やしながら、徐々に利用者を広げた

  • 各課の担当者を軸として利用を浸透させると同時に、現場からの意見も吸い上げた

    各課の担当者を軸として利用を浸透させると同時に、現場からの意見も吸い上げた

こうした取り組みは「兵庫県デジCanコンテスト2025」で、難易度の高い課題に対する先駆的な取り組みとして「DX推進監賞」を受賞した。

電子契約にしたら、逆に仕事が増えた

島浦氏らが改善したのは、運転日誌だけではない。工事契約にも課題があった。

紙による契約では、受注者が契約書を事務所まで取りに来て、必要事項を記入したうえで再び事務所へ持参する必要があった。受注者にとっては、契約のために二度事務所へ足を運ぶことになる。

そこで電子契約が本格導入された。ところが、ここで別の問題が発生した。電子化したことで、かえって県側の作業が増えてしまったのだ。

従来は受注者に契約書を作成してもらうことができたが、電子契約では県側で契約データを作成し、クラウドサインで送信するなどの作業が必要になる。また、電子契約ではタイムスタンプを付与する必要があり、紙のように後からまとめて処理することが難しい。

「紙を電子契約に置き換える」だけでは、必ずしも業務改善にはならなかったのである。そこで島浦氏らは、電子契約というシステムではなく、契約業務の流れそのものを見直した。

年間240件の契約フローを見直し、電子契約は7割超に

新しい仕組みでは、県から受注者へFormBridgeのフォームをメールで送る。

受注者が必要事項をフォームへ入力すると、そのデータを使って契約書類を作成できるため、県側で一から入力する必要がなくなる。PrintCreatorによる帳票作成も組み合わせた。

従来発生していた「県が何度も同じ内容を電話で説明する」「受注者が書類を取りに行く」「契約書を作成する」「再び事務所へ持参する」といった作業を減らした。

対象となる工事契約は年間約240件。改善後は電子契約が7割を超え、受注者側では印紙や書類の持参も不要になったという。

  • 年間約240件の契約業務を見直した。改善後は電子契約が7割を超え、県と受注者双方の負担を減らした

    年間約240件の契約業務を見直した。改善後は電子契約が7割を超え、県と受注者双方の負担を減らした

ここで重要なのは、kintoneや電子契約を導入すること自体を目的にしなかったことだ。

島浦氏はシステムを改修する際には、まず既存業務を棚卸しし、「あるべき業務フロー」を考えることが重要だとする。そのうえで現場で実際に業務を担当する職員の声を聞き、試行錯誤しながらアプリを改善してきた。

  • 「まずは業務の棚卸し、あるべき業務フローは?」「システムやデジタルはあくまで手段」「現場、実際にやる人の声を聴く」と島浦氏

    「まずは業務の棚卸し、あるべき業務フローは?」「システムやデジタルはあくまで手段」「現場、実際にやる人の声を聴く」と島浦氏

また、管理職である島浦氏自身がアプリを構築したことで、現場の実態を踏まえた改善につなげやすかったという。一方で、特定の職員だけが仕組みを理解している状態にならないよう、マニュアル化も進めている。

兵庫県庁では今後、2~3年後のシステム更新を見据えた作業部会を立ち上げ、現場の意見を集約するとともに、Teamsなどを活用した事例共有も進めているという。

紙をデジタルに変えるだけでは、人の行動も仕事の流れも変わらない。兵庫県の取り組みは、DXを進めるうえではシステムそのものよりも、「人がどう使うのか」「そもそもその仕事はどうあるべきなのか」を考えることが重要であることを示す事例と言えそうだ。