茅ヶ崎市では、職員によるDX伴走支援チーム「DX戦隊 デジベイターズ」が庁内を駆け回っている。活動開始から10カ月で現場への“出動”は412回。保育園や公民館、保健所、消防署などに出向き、kintoneなどを活用した業務改善を職員とともに進めてきた。

目指すのは、意外にも「デジベイターズの解散」だという。7月9日に開催されたサイボウズのユーザーイベント「kintone hive 2026 Tokyo」で、茅ヶ崎市役所 企画政策部デジタル推進課の松原大氏が、職員自身が業務改善を進められる組織を目指した取り組みを紹介した。

  • 茅ヶ崎市役所 企画政策部デジタル推進課 副主査 松原 大氏

    茅ヶ崎市役所 企画政策部デジタル推進課 副主査 松原 大氏

原点はコロナ禍、RPAで年間1200時間の残業を削減

松原氏がDXと深く関わるようになったのは2020年。民間企業から茅ヶ崎市に転職し保育課に配属されたが、コロナ禍で事務作業が急増し、職員の残業が積み上がっていた。

ここで松原氏の運命を変える最初の出会いがあった。それはデジタル推進課の増野氏がもたらした「マクロ」や「RPA」という自動ツールという「武器」だ。

増野氏は混乱に陥った部署にRPAを導入、それを見ていた松原氏は「画面の中でカーソルが勝手に動き、処理が勝手に積み上がる光景はまさに魔法でした」と当時感じた感動を語った。松原氏は「これを使いこなせば皆を家に帰せる」と確信、独学で学び保育課全体で年間1200時間の残業削減を実現した。

次に松原氏が改善に取り組んだのが「保育コンシェルジュ」の予約業務だった。当時は市役所の開庁時間に電話で予約を受け付け、1冊の紙台帳で管理していた。自動予約システムの導入を目指したものの、予算要求は認められなかった。

  • 「保育コンシェルジュ」の予約受付は、市役所の開庁時間に電話のみ、しかも管理は一冊の「紙の台帳」

    「保育コンシェルジュ」の予約受付は、市役所の開庁時間に電話のみ、しかも管理は一冊の「紙の台帳」

予算が却下され、気落ちする松原氏に新たな気づきをもたらしたのは、デジタル推進課の遠藤氏が提案したkintoneだ。松原氏は遠藤氏の支援を受けながら、kViewer(ケイビューアー)を使った予約システムをわずか2週間で構築。茅ヶ崎市初のkintoneを活用したWeb予約システムが誕生したという。

  • 遠藤氏との出会い。kintoneという名のバトンを手渡され、未経験からわずか2週間でシステムを構築

    遠藤氏との出会い。kintoneという名のバトンを手渡され、未経験からわずか2週間でシステムを構築

この経験から松原氏は、職員自身がデジタルを使って業務を改善することに加え、その経験やノウハウを人から人へ「バトン」のように渡していくことの重要性を実感した。この原体験が、後の「DX戦隊デジベイターズ」につながっていく。

  • 作成した初のWeb予約システム

    作成した初のWeb予約システム

10カ月で412回“出動”、現場に飛び込む「デジベイターズ」

保育課でDXを進めた松原氏は、2025年度にデジタル推進課へ異動した。そこで目にしたのは、AI議事録やAI-OCR、これはkintoneなどのツールが十分に活用されていない現状だった。

松原氏は、必要なのは研修や講義ではなく、各課へ直接足を運び、現場に寄り添って業務改善を支援することだと考えた。そこで結成したのが、DX伴走支援チーム「DX戦隊デジベイターズ」だ。2025年4月から準備を進め、6月に活動を開始。かつて自分が支援してもらったように、今度は自ら現場へ出向き、相談に応じることにした。

  • DX伴走支援チーム 「DX戦隊デジベイターズ」を結成

    DX伴走支援チーム 「DX戦隊デジベイターズ」を結成

デジベイターズは10カ月で412回の現場出動を実施。保育園、公民館、保健所、消防署など本庁外の現場から熱い改善の声が次々と届き、各課ではExcelや紙による申請がkintoneに置き換わり、中にはその日のうちに職員自身で運用を始めるケースもあったという。

そして、何よりも力強かったのが、保育課時代の松原氏の背中を見て育った若手職員3名「デジベイターズジュニア(コデジ)」の存在だ。

コデジたちはデジタル推進課ではなく、現場の普通の若手職員なのだが、彼女たちが自分で作ったkintoneのアプリを誇らしげに紹介することで、他部署の人間も「自分たちにもできるのでは」という意識が生まれ、庁内に自分たちもやれるというポジティブな連鎖が生まれるのだ。

  • デジベイターズジュニア(コデジ)の誕生

    デジベイターズジュニア(コデジ)の誕生

松原氏はこの連鎖こそが組織を変える大きな力となっていることを強調した。一連の物語の最終章として、自身の考える最終ミッションが「デジベイターズの解散」にあることを明らかにした。それは、誰かが変えてくれるのを待つのではなく、自ら「改善」というバトンを受け取り、周囲を巻き込みながら次の人へ渡していくという考え方だ。

「kintone」こそが、そのバトンという象徴なのだと松原氏は語った。すべての課が自分で課題を見つけ、自分で解決できるようになった時、専門チームは役割を終え消えていく。

DXを自走させる「3つのポイント」と「4つのルール」

松原氏は「DX戦隊デジベイターズ」の活動で、3つのことを重視したという。1つ目は、「7階の壁」を壊すこと。市役所の最上階にあるデジタル推進課は、現場から遠く、専門性が高くて近寄りがたいと思われていた。そこで自ら各課へ足を運び、現場と一緒に業務を改善することで、「相談しやすい仲間」へとイメージを変えていった。

2つ目が、自然な気づきをデザインすること。これは、組織への依存関係を改めて、それぞれの課員が自主的に既存システムの応用や新たな利用法に気づくように仕向けるための仕掛けを用意することだ。松原氏は、出動要請エントリー窓口に保育コンシェルジュの時に使った予約システムを使用し、応用して利用できることに気づくように配置し、多くの課員の新たな気づきと自律を促すことに成功している。

3つ目が成功体験という名のバトンを渡すこと。これは自身の手で業務改善を成功させ、強烈な成功体験を与えることで自律を促し、他の課員へも影響を与える、同氏が求める改善の連鎖を生み出すことにつながるものだ。

松原氏は、市役所には必ず部署異動があることに言及した。成功体験を持った職員が、次の部署に移ることで、また新たな改善の種が芽吹く。そのバトンこそ、組織を根本から変える力になると語った。

また、松原氏は、組織にDXを浸透させるため4つのルールを定めた。1つ目が自身の手でエントリーしてもらうこと。これは、変化を押し付けるのではなく、現場が自分たちの手で業務を変革していく意思を持って行動することが重要だからだ。自分で変えたい人を対象にすることで、熱量の高い人から連鎖を生みやすくなる。

  • デジベイターズ4つのルール。1つ目、自身の手でエントリーしてもらうこと

    デジベイターズ4つのルール。1つ目、自身の手でエントリーしてもらうこと

2つ目は、最初のアプリはデジベイターズが作るものの、2つ目からは職員自身に作ってもらうこと。まずは完成したアプリを使ってkintoneで何ができるのかを理解してもらい、そこから自らアプリを作れるよう促していく。

3つ目は、デジベイターズがマニュアルを作らないことだ。利用する職員自身にマニュアルを作ってもらうことで、理解を深め、不足している知識にも気づいてもらう狙いがある。

4つ目は、成功例だけでなく失敗例も共有し、次の業務改善に生かすことだ。

  • デジベイターズ4つのルール。3つ目、デジベイターズはマニュアルを作らないこと

    デジベイターズ4つのルール。3つ目、デジベイターズはマニュアルを作らないこと

松原氏がもう1つ重視したのが、「DXをエンターテインメントにする」ことだ。「DX戦隊デジベイターズ」という親しみやすく話題性のある名前を付けることで職員の関心を集め、口コミを通じて活動を庁内に広げていったという。

一方、こうした取り組みを続けるには、上司の理解と支援も欠かせない。現場の職員だけが動いても、組織としてDXを進めることは難しい。松原氏は、デジベイターズの挑戦を後押しした上司への感謝を述べ、講演を締めくくった。

最終目標は「デジベイターズの解散」

松原氏のセッションは、当日会場で行われた投票で最優秀エントリーに選ばれた。この事例のポイントは、現場に寄り添う伴走型支援チームの存在、熱意のある職員の成功体験を後押しして自走を促す仕組み、そして育った人材が他部署へ異動しても経験やノウハウを「バトン」のように受け渡していくことにある。こうした連鎖が、組織にDXを根付かせる力になっている。

  • 松原氏のセッションは会場投票で最優秀エントリーに選ばれた

    松原氏のセッションは会場投票で最優秀エントリーに選ばれた

業務DXというと、クラウドサービスやソリューションの導入などシステム面に目が向きがちだ。しかし、松原氏が紹介した取り組みは、さまざまな人との出会いを通じて、行政組織の中でDXが芽吹き、広がり、文化として根付いていく過程を示している。「人」を起点にDXを広げていった茅ヶ崎市の事例は、行政組織だけでなく、民間企業にとっても参考になるだろう。