このほど、パナソニックホールディングス グループCAIO(チーフAIオフィサー)の榊原彰氏が、同社の「AI-driven Transformation」について説明した。AI活用を核とした事業モデル、業務プロセス、組織カルチャーの進化に取り組む考えを示し、グループCAIOの傘下に、2026年10月1日付けでAI・ロボティクス研究開発本部を新設。AI・ロボティクス領域の研究にリソースと投資を集中し、AIの先端技術開発に取り組むという。
パナソニックHDが推進する「AI-driven Transformation」
榊原氏は「AI・ロボティクス研究開発本部は、AI・ロボティクスの先端研究所としての意味合いを持たせたい。同時に、パナソニックグループ全社のAIに関する方針を作りたい」と語った。同氏がグループCAIOとして記者会見を行うのは、今回が初めてとなり、事業会社であるパナソニックコネクトのシニア・ヴァイス・プレジデント CTOを兼務している。
グループCAIOは、2026年4月に新設したポジションで、顧客課題の解決や事業オペレーションへのAI利活用を、グループ横断でリードすることになる。取り組みのベースになっているのは、2021年7月にスタートした「PX(Panasonic Transformation)」であり、これを構成する「AI-driven Transformation」「Digital Transformation」「Corporate Transformation」のうち、グループCAIOは「AI-driven Transformation」を推進することになる。
榊原氏は、「事業モデル」の進化、「業務プロセス」と「組織カルチャー」の変革を、AI-driven Transformationの3つの変革ドライバーとして位置付けている。
事業モデルではAIを活用して、より広く、より深い顧客課題解決と顧客体験刷新を加速し、ソリューション領域強化および新規事業創出を推進するほか、業務プロセスではオペレーションの進化と業務効率を最大化し、AIを前提とした組織構造とプロセス。モノづくりを再構築する。また、組織カルチャーでは全従業員のAIスキル教育の継続推進と、AIを前提としたイノベーションおよび高速改善を重視する文化を醸成していく。
同氏は「AIを活用し、カルチャー、体制、プロセスを見直し、事業モデルを変え、お客さまに新たな製品を提供するという仕組みを構築する」と述べた。新たな取り組みとなるのが、2026年10月1日で新設するAI・ロボティクス研究開発本部だ。
AI・ロボティクス研究開発本部を新設、その狙いは何か
最大の目的は、AI・ロボティクスに関する最先端研究に貢献することとし、中長期の目標では、生成AIやAIエージェント、フィジカルAI領域での新規事業の開発を推進。短期的な取り組みとしては、パナソニックグループ自らが最初の顧客となる「クライアントゼロ」の取り組みを通じて、実証済みの成果を市場に提供することも目指す。また、グループ横断でAIエージェントの活用を促進するための基盤づくりにも取り組む。
榊原氏は「パナソニックグループでは、各事業会社でそれぞれにAIを開発したり、活用したりといった状況にある。お客さまに一番近いところで、AIを活用し、機能を拡張し、困りごとに対処できるというメリットがある」と話す。しかし、ガバナンスを利かせにくいというデメリットもあるという。
同氏は「データ管理やAI学習がバラバラの方針で推進されており、トークン管理や学習のソブリンティの確保が喫緊の課題となっている。一方で、AIに関して、グループ全体で検討し、共有すべきところには、人材と資金を集中させ、迅速に、効率的に研究開発を行う必要がある。その部分を担うのが、AI・ロボティクス研究開発本部になる」と説明している。
また、同氏は「これまでのグループにおけるデジタル戦略やAI戦略の推進では、米国拠点で新規事業を開発するなど、出島のような戦略を取ってきた。だが、AI・ロボティクス研究開発本部による新規事業開発は、出島戦略ではなく、グループ全体の強みを生かしたいと考えている。事業会社の現場とも密連携し、開発した新規事業は事業会社が主体となって推進していくことになる」と述べた。
AIエージェント活用を支える5層アーキテクチャ
パナソニックグループでは、AIトランスフォーメーションに向けて「フロンティアモデル層」「ソブリン知識層」「エージェント/ツール層」「評価/学習層」「ソブリンモデル層」による、5層の論理アーキテクチャを定義している。
フロンティアモデル層はAnthropicやOpenAI、Googleなどの外部の先端AIモデルを活用し、一般的な能力を確保するコモディティインテリジェンスとし、ソブリン知識層は自社の独自知識やデータ、暗黙知を社内に蓄積、管理し、企業の知識基盤となる。
エージェント/ツール層は、業務に応じたドメイン固有のスキルをAPIやツールとして実装するとともに、AIエージェントが必要に応じて組み合わせて業務を実行し、評価/学習層は業務の実行結果を評価し、知識やスキルを継続的に強化する企業の学習ループを実現。ソブリンモデル層は自社でモデルを構築・進化させ、ドメイン知識を絞り込み、蓄積した資産を活用する製造インテリジェンスとしている。
榊原氏は「フロンティアモデル層以外は、パナソニックグループ自らが実装をしていかなくてはならない領域だ。データをまとめ、AIエージェントを活用し、プロセスや作業の生産性を高めるとともに、日々の業務改善をダイナミックに行い、常にデータを学習し、進化する仕組みの構築が必要」と説く。
そのうえで、同氏は「ソブリンティ(主権)に関しては、データ層だけでなく、学習モデルを構築する層が必要である。ここでは、大規模なフロンティアモデルの活用だけでなく、現場のノウハウを学習させた数億パラメータ規模のモデルを構築し、活用することになる。言語だけではなく、画像データで空間も学ぶことになる。重要なことは、事業会社が持つデータ管理層の連携であり、ここは物理的には一枚岩にならなくても、ガバナンスを利かせ、データの母体となる基盤を構築できる環境を整えたい」と語った。
具体的な取り組みとして、AIデータのためのプラットフォーム「Perseus」を開発しており、パナソニックグループにおけるAIモデル学習や、モデルとの接続活用を前提とした機能を持つデータ基盤になるという。
同氏は「Perseusは、ソブリンティを保ちながら、学習データを管理するデータ層になる。モデルを学習させたり、学習する際に個人情報をマスキング処理したりといったように、ポリシーとガバナンスを兼ね備えたデータ基盤になる」と力を込める。
さらに、AIエージェントのビジネスプロセス改革にも乗り出し、事業会社ごとに開発しているAIエージェントの活用だけでなく、パナソニックグループ全体での「エージェントプラットフォーム」を確立することも目指す。
榊原氏は「AIエージェントを再利用するための社内向けマーケットプレイスの仕組みも構築し、グループ全体でのAIエージェントの利用促進を図る。グループ全体でガバナンスを利かせることで、トークンコストの管理や、セキュリティリスクへの対策も可能になる。AIエージェントをつなげることが、グループとしての力を最大化できることにつながる」と展望を述べている。
設計業務とロボット活用で進むフィジカルAIへの挑戦
モノづくりの領域におけるAI活用については、設計段階とマテリアルハンドリングの両面からの取り組みを進めることになる。
同氏は「構想、企画、設計、試作、生産準備といった部分でAIを活用しているが、それぞれの分野において活用できる領域はさらに多いと見ている。また、事業会社ではジェネレーティブデザインを採用しているケースもあるが、用途は限定的であり、これを積極化したい。ジェネレーティブデザインを、大規模・高速に回していけるようにする」と語った。
ジェネレーティブデザインでは、AIに数十種類の設計候補を考案させ、これを別のAIエージェントが評価し、その結果をもとにAIが設計を行うことになる。このプロセスを繰り返すことで、設計の質を高めるほか、強度や品質の観点からも評価したり、原材料コストや、工場での生産容易性なども検討したりすることで、設計作業の高度化を図ることができるという。
また、マテリアルハンドリングについて同氏は「グループ内では、すでに多くのロボットを活用しているが、これまで以上に賢く動くロボットが必要だ。ルールベースのロボットでは不測の事態には対応しにくいという課題があるため、VLA(Vision-Language-Action)で学習する取り組みを開始している。学習時のノウハウも蓄積しはじめている」とし、進捗状況を明かした。
そして、同氏は「研究開発をさらに進め、グループ内の工場や倉庫など、実装できるところから導入を図る。ヒューマノイドロボットに限らずに展開していきたいと考えており、3年後には賢いロボットがかなりの比率で動き、現場での自動化をさらに進めたい」と語った。
Blue Yonderとロボティクスで進めてきた成果
榊原氏は2021年11月にパナソニックに入社し、パナソニックコネクトのCTOに就任した。会見では、過去5年間の成果についても振り返った。まず、同氏は「当時、パナソニックコネクトの社長だった樋口泰行氏に、Blue Yonderの買収に伴い、クラウドソリューションを強化したいので手伝ってほしいと言われたのが入社のきっかけだ」と振り返る。
入社後はBlue Yonderが提供しているクラウドベースのSCMソリューションを進化させて、オートノマスSCMシステムの実現を目指すことに取り組んできた。具体的には、クラウドベースのSCMソリューションに、パナソニックが得意とするIoT、エッジ、シミュレーション技術を掛け合わせることで、Cyber Physical System Loopを構築。
北米においては、約60のユースケースを洗い出すことで「Intelligent Store」「Digital Warehouse」「Connected Logistics」の領域において、Blue Yonderとのジョイントソリューションの開発などの成果を強調した。
同氏は「現在、Blue YonderはAIエージェントそのものに変わってきている。利用者はログインすると、前日に発生したサプライチェーン上の事象や課題をもとに、その解決策をAIエージェントとともに検討し、実行に移すことができる」と話す。
また、パナソニックコネクトでは、協働ロボット制御サービス「Robo Syncファミリー」を提供。工場や物流の現場へのロボット導入や活用を支援する取り組みも行ってきた。同氏は「将来的には、ロボットがより賢く稼働する環境を構築し、フィジカルAIの分野にも展開していくことになる」と述べた。Robo Syncファミリーでは、VLAを活用した進化にも取り組むという。
AIエージェント時代に求められる組織変革とは
榊原氏はAIエージェント時代の最新動向についても言及した。Anthropicが2026年2月に開催したClaudeのハッカソンでは、1位に弁護士グループ、2位にアマチュア開発者、3位にはポーランドの心臓外科医が入賞するという事態がおきたことを指摘。特に、3位の心臓外科医は、病院での勤務時間やブリュッセルからサンフランシスコへのフライトの時間を利用して、7日間で開発させたという。
その状況について同氏は「上位入賞者に、プロ開発者は1人もいなかった。AIエージェント時代を迎え、専門家とAIの掛け合わせが、ソフトウェア開発の専門家よりも優れたソフトウェアを開発できるようになってきた。AIエージェントに適切な指示を与えれば、良いプログラムを書いてくれる。現場で問題点を感じたら、自己解決できる時代がやってきたともいえる」と指摘。
そのうえで、同氏は「AIエージェント時代のメリットを、パナソニックグループに浸透させたい。組織全体が、自分が必要とするソリューションを作っていけるような文化、組織、体質を作りあげたい」と抱負を述べた。
しかし、GitHub Copilotを活用した実験では、標準課題の完了に55.8%の高速化が達成できたが、熟練のOSS開発者による複雑な既存コードの開発では、逆に19%の遅延が発生したという。同氏は「AIは、組織能力の増幅器。AIを賢く利用できる組織は、生産性を高めることができるが、旧態依然の組織では、むしろ生産性を下げる危険性もある」との見解を示した。
さらに、榊原氏は米マイクロソフト CEOのサティア・ナデラ氏が人々の知識や判断、価値、創意、パターン認識などの「人的資本(Human Capital)」とともに、自社が構築し、所有するAI能力である「AI資本(Token Capital)」という言葉を定義したことに触れて以下のように語った。
「AIが賢くなっても、人が賢くならなくては効果は限定的となる。人もAIも組織全体で学習するループを構築することが重要だ」(榊原氏)。







