京都大学(京大)、理化学研究所(理研)、東京大学、大阪大学(阪大)の4者は7月9日、新たに「パリティ移行核反応」を開発し、これまで困難だった、原子核構造の解明に向けた重要な手掛かりとなる「スピン0、パリティ負」の励起状態を、選択的に観測することに成功したと共同で発表した。
同成果は、東大大学院 理学系研究科 附属原子核科学研究センター(CNS)の堂園昌伯特任助教(現・京大大学院 理学研究科 助教)、理研 仁科加速器科学研究センター 核反応研究部の上坂友洋部長、同・センター RIビーム分離生成装置チームの道正新一郎チームリーダー、CNSの矢向謙太郎准教授、阪大 核物理研究センターの大田晋輔教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、日本物理学会が刊行する、理論物理と実験物理を扱う英文オープンアクセスジャーナル「Progress of Theoretical and Experimental Physics」に掲載された。
ニュートリノなどの謎に迫る研究への応用にも期待
原子核内部では、核子(陽子と中性子)が個々に動くだけでなく、多数が同調して振動する「集団運動」も現れる。これは、原子核の性質を理解する上で極めて重要とされ、その鍵を握る物理量がスピンとパリティだ。
スピンは原子核の磁気的性質を示す量で、整数または半整数の値を取る。パリティは、空間反転に対する対称性を表す量であり、正(+1)か負(-1)の値を取る。多くの原子核は、最もエネルギーが低い基底状態ではスピン0、パリティ正の「0+」状態を示すが、エネルギーが与えられた励起状態では、その組み合わせは多岐にわたる。これらを精査することで、原子核内部の多様な集団運動を個別に研究することが可能になるとされている。
しかし、特定のスピン・パリティを持つ状態だけを選択的に観測することは容易ではない。中でも「0-」(スピン0、パリティ負)状態は、核子同士を結びつける力に深く関わる、素粒子の一種である「パイ中間子」と同一のスピン・パリティを持つため、原子核内における同中間子の振る舞いを強く反映しているとされる。だが、同状態は他の励起状態に埋もれやすく、確認済みの約3000種類の原子核において、明確に同定された例はわずか数十核種にとどまっていた。
こうした原子核の励起状態は各種の核反応を利用して調べられており、核反応の種類を工夫することで、特定の励起状態を選択的に観測することも可能とされる。このような背景から、0-状態を選択的に観測する新たな核反応の開発が求められており、研究チームは今回、それに挑んだという。
一般的な核反応実験では、加速器で加速した酸素イオンなどを入射して標的の原子核に衝突させ、標的を励起させる。これまで0-状態を励起するには、主に入射粒子から標的原子核へスピンを受け渡す手法が用いられてきた。しかし、この方法では多様なスピン・パリティを持つ励起状態が同時に生成されるため、0-状態が他の状態に埋もれて判別困難になる点が大きな課題だった。
そこで今回の研究では、0+状態の酸素の安定同位体「16O」のイオンが、0-基底状態のフッ素の放射性同位体「16F」のイオンへ変化する際に生じるパリティの変化を、標的原子核へ受け渡す新手法「パリティ移行核反応」が考案された。同反応では、標的原子核側でもパリティが変化する励起状態が優先的に生成されるため、0-状態を直接的に励起できる。さらに、生成される励起状態の種類も制限されるため、標的原子核内の0-状態をより選択的に観測することが可能とされた。
新手法の有効性を実証するため、16Oビームを炭素の安定同位体「12C」標的に照射し、パリティ移行核反応によって励起されたホウ素の放射性同位体「12B」原子核の状態が調べられた。パリティ移行核反応を識別するには、入射粒子である16Oが16Fの0-基底状態に遷移したことを確認する必要がある。しかし、16Fは極めて短寿命で、すぐに酸素の放射性同位体「15O」と陽子へ崩壊する。そこでこれらを同時に測定し、その情報から反応直後の16Fの状態が再構築された。
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実験装置の概略図。反応後の16Fは極めて短寿命ですぐに15Oと陽子に崩壊するため、これらを理研 RIビームファクトリーのSHARAQスペクトロメータで同時測定し、16Fの状態が再構築された。(左上挿図)再構築された16Fのエネルギースペクトル。0-基底状態に対応する事象を選択することで、パリティ移行核反応の識別が行われた様子を表す。(出所:京大プレスリリースPDF)
12B原子核のエネルギースペクトルを測定した結果、約9.3MeVのピークは、これまでに知られていた0-状態に対応していることが確認された。この状態が新手法によって明瞭に観測されたことから、パリティ移行核反応が0-状態の研究に有効であることが実証された。
さらに、その選択性を定量的に評価するため、0-状態の生成確率を代表的な他の励起状態である1+状態および2-状態と比較する検証が行われた。従来手法では、0-状態は1+状態や2-状態に比べて生成されにくく、他の励起状態中に埋もれていた。一方、新手法では、0-状態が1+状態や2-状態に比べて大幅に生成されやすく、0-状態がより選択的に励起されていることが判明した。これにより、新手法が従来手法よりも高い0-状態選択性を持つことが実験的に示された。
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(a)今回の研究で得られた12B原子核のエネルギースペクトル。既知の0-状態(約9.3MeV)を明瞭に観測すると同時に、新たな0-状態の候補が同定された。(b)0-状態の生成されやすさを1+状態(赤丸)および2-状態(青四角)と比較したもの。新手法では、従来手法に比べてそれぞれ約12倍および約4倍に向上しており、高い0-状態選択性が確認された。(出所:京大プレスリリースPDF)
また、12B原子核のエネルギースペクトルには、既知の0-状態とは別に、これまで十分に分離して観測することが困難だった新たなピークも観測された。このピークは新しい0-状態の候補である可能性があり、新手法によって従来は観測が難しかった励起状態の研究が可能になることが示された。
研究チームは今後、新手法をさまざまな原子核へ適用し、0-状態の性質を核図表全体にわたって系統的に調べていく計画だ。中でも注目しているのが、0-状態の集団性が増し、エネルギーが低くなる「ソフト化」現象だという。同現象は、原子核物質中における「パイ中間子凝縮」の前兆である可能性が指摘されている。同凝縮は中性子星内部などの極限環境で起こると予想されているが、その発現条件は不明だ。今後、さまざまな原子核における0-状態を精密に測定することで、同凝縮が起こる臨界密度の解明につながることが期待されるとした。さらに、新手法はニュートリノの質量決定に深く関わる「ニュートリノレス二重ベータ崩壊」の研究への応用も期待されるとしている。

