電気通信大学(電通大)は5月1日、1/r3および引力的1/r2ポテンシャルを持つシュレディンガー方程式の解析解を「量子欠損理論」を用いて初めて導き出すことに成功し、双極子相互作用が強く働く混合次元系における「エフィモフ効果」の普遍的性質を明らかにしたと発表した。
同成果は、電通大大学院 情報理工学研究科 基盤理工学専攻の大石悠生大学院生、同・遠藤晋平准教授、電通大 情報理工学研究科の大井一輝特別研究学生(東北大学 大学院生)らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する、物理とその関連分野全般を扱うオープンアクセスジャーナル「Physical Review Research」に掲載された。
混合次元エフィモフ状態の普遍的性質を解析的に決定
太陽と地球のような2つの物体のみで構成される系において、運動方程式を解くことは容易だ。しかし、そこにもう1つの物体が加わると、方程式を厳密に解くことは不可能とされる。予測不能な振る舞いを示すこの現象は、「三体問題」として知られている。
極微の世界を扱う量子力学においても、強く相互作用する三体問題の研究が行われ、可算無限個の三体束縛状態が等比級数的に現れることが1970年に初めて理論的に示された。これは後に冷却原子気体実験で実証され、発見者に因んで「エフィモフ状態」と命名された。なお冷却原子とは、レーザー冷却技術により、およそ1マイクロケルビン~1ナノケルビンの極低温まで冷却された原子気体を指す。
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今回の研究で扱われた量子三体系の概略図。擬一次元的に捕捉された重い2粒子(緑)が磁気双極子相互作用をしながら、三次元的に動き回る軽い1粒子(黄)とも相互作用する量子三体系を、ボルン・オッペンハイマー近似により二体問題に還元し、解析解が適用された。(出所:電通大Webサイト)
エフィモフ状態の特筆すべき点として、粒子間の距離が相互作用の到達距離を大きく超えてもなお、3粒子がお互いに束縛しあうという点が挙げられ、まさに量子の性質を顕著に示す例と考えられている。この状態のエネルギースペクトルは原子の種類やスピン自由度など、系の複雑な詳細によらず、少数の物理パラメータによって普遍的に決定されることが冷却原子の実験観測などから明らかにされていた。そのため、その普遍性の物理的な起源の解明が重要な課題とされていたのである。
近年、冷却原子・分子実験技術の進歩により、一部の粒子が擬似的に一次元に閉じ込められ、他の原子は三次元空間を動き回るような混合次元系の実現が可能となった。この次元系では、閉じ込められた粒子間の有効相互作用に1/r2に比例するような引力相互作用が現れ、その結果、エフィモフ状態が現れることが通常の冷却原子に対しては解析的に示されていた。
一方、磁気モーメントが非常に大きな極性分子などの間には、1/r3型の「磁気双極子相互作用」も追加で働く。この作用は、2つの棒磁石の間に働くような相互作用を指す。強い磁気・電気双極子モーメントを持つ原子は棒磁石と見なせるため、両者の間にはこの相互作用が強く働くのである。
このような1/r3ポテンシャルも含むシュレディンガー方程式の解析解はこれまで得られておらず、そのため、混合次元エフィモフ状態の物理的挙動も未解明のままだった。そこで研究チームは今回、「量子欠損理論」を用いてその解析解を求めたという。
量子欠損理論とは、長距離ポテンシャルを持つ量子系に対する解析解を導くための理論的枠組みだ。原子の短距離の複雑な相互作用を、「量子欠損」と呼ばれる1つの散乱位相を定めるパラメータですべて表現することで、原子間の量子散乱を普遍的に解くことができる。この解析手法によって得られた離散スケール不変なエネルギーと波動関数は、数値計算結果と非常によく一致し、解析解の妥当性が立証されたとした。
この新たな解析解によって得られた重要な物理的知見として、「斥力双極子相互作用」が働く系の混合次元エフィモフ状態のエネルギースペクトルが、「双極子長」によって普遍的に決まることが解析的に示された点が挙げられる。一方、引力双極子相互作用の場合、エネルギースペクトルは短距離の詳細に依存することも解析表式により明らかにされた。ここで重要となる双極子長とは、双極子相互作用(1/r3型ポテンシャル)の強さを特徴づける長さスケールのことで、極性分子の双極子モーメントと質量から定まる量である。
この普遍性の物理的解釈は次のように説明される。双極子相互作用が斥力の場合、その斥力によって粒子はお互いに近づくことができず、長距離相互作用である双極子相互作用のみが系の振る舞いを支配する。一方、双極子相互作用が引力の場合、粒子はお互いに近づけるため、双極子相互作用だけでなく、原子の種類やスピンの状態といった、お互いの粒子の短距離における詳細な情報が物理的な振る舞いに影響を及ぼす。
また、混合次元系を実験で実現する際、粒子を一次元空間に完璧に閉じ込めることはできず、わずかに閉じ込め方向の幅が残る。その有限の閉じ込め幅の影響も解析され、導き出された解析解が、擬一次元空間に閉じ込められた2つの極性分子と、三次元空間を飛び交う1つの軽原子からなるエフィモフ状態の記述に有用であることも定量的に示された。
近年、極性分子の制御技術が著しく進展しており、混合次元系のエフィモフ効果が実験的に観測されることが期待されているという。今回示されたエネルギースペクトルの解析表式は、こうした実験に対する予言に不可欠な理論的基盤となるとする。また、今回の成果により量子少数系の理解が進展することで、原子核や物質中の電子などにおける量子少数系の理解も深まり、冷却原子を用いてこれら類似の量子少数系の理解を目指す冷却原子型量子シミュレータの開発に対しても貢献することが期待されるとしている。