有人月探査の新方針に潜む課題
この新しい方針は、基本的には筋が通っている。もともとゲートウェイは、持続可能な有人月探査を実現するために必要とされていた。だが、人が月面で活動するという目標から見ると、その前段階として月を回る軌道に宇宙ステーションを建造するのは、ある意味では回り道でもあり、批判的な声は根強かった。
とくに、中国も有人月探査を進めており、米中のあいだでは月面着陸をめぐる競争が強く意識されていた。しかも中国は、ゲートウェイのような宇宙ステーションを経由せず、アポロ計画のように月面へ向かう計画を立てている。そのため、従来のアルテミス計画では、月面着陸競争で後れを取るのではないかという懸念もあった。
その意味で、ゲートウェイをいったん止め、地球低軌道での実証を経て、月面着陸と月面基地の建設へ進む新しい方針は、中国よりも先に宇宙飛行士を月面に送り、そのうえで月面で人が繰り返し活動し、やがて連続的に滞在できる体制を築くという目標に、よりまっすぐ向かう形になったといえる。
しかし、実現のハードルが高い点は変わっていない。とくに、民間企業が開発する月着陸船は、前述のようにスペースXとブルー・オリジンが開発に挑んでいるが、スペースXのスターシップHLSについては、原型となる「スターシップ」の飛行試験がまだ道半ばで、月への飛行に必要な軌道上での推進薬補給の技術も実証されていない。ブルー・オリジンのブルー・ムーンMK2に至っては、まだ飛行していない。これから約1年でどこまで開発が進むか、そして2027年にアルテミスIII、2028年にアルテミスIVを予定どおり実施できるかは、かなり厳しい日程だ。
さらに、計画変更にともない、新たな課題が増えている。月面基地を築くには、正確で安全な着陸、電力の発生と蓄電、月面と地球を結ぶ通信、位置や時刻を把握する仕組み、水や酸素などの補給や物流、長期間の滞在を支える居住設備、さらに無人の期間も設備を維持して動かす運用など、新たに整えなければならない要素が多い。一部には、国際宇宙ステーション(ISS)で培われた技術を生かせる部分もあるが、南極域の厳しい温度差や、レゴリス(月の塵)が人体や機器に与える影響など、月面ならではの難しさもある。
とりわけ難しいのは、NASAがこの新しい体制を高い頻度で回そうとしている点だ。NASAはアルテミスV以降について、民間企業のサービスと、繰り返し使える宇宙機をこれまで以上に取り入れ、まずは6カ月ごとの有人月着陸をめざすとしている。また、将来は年間に何十回もの商業打ち上げで月面基地ミッションを支える考えも示している。つまり、宇宙飛行士や補給物資、機材などを一定のテンポで運び続ける必要があるということだ。問われるのは技術だけではない。そうした体制を支える政治的な後押しと予算を、長く維持できるかどうかも課題となる。
日本の役割はどう変わる? 計画変更の影響と今後の展望
国際協力の形も大きく変わる。NASAは、ゲートウェイを現在の形でいったん止める一方、使える技術や機材は転用し、国際パートナーとの協力の枠組みも生かすとしている。しかし、ゲートウェイの建造や運用を前提にしていた各国は、構想の見直しが必要になる。
たとえば、日本は国際居住棟(I-Hab)に環境制御・生命維持装置(ECLSS)などを提供する計画だった。また、新型宇宙ステーション補給機(HTV-X)を活用して、ゲートウェイへ物資を補給する構想もあった。こうした日本側の構想は、今回の見直しによって再検討を迫られることになる。
一方で、月面基地の運用においては、日本が開発中の有人与圧ローバー「ルナクルーザー」を使用することが名指しされている。ルナクルーザーは、2024年に署名された日米の実施取決めにより、日本がローバーを提供し、その見返りとして日本人宇宙飛行士2人に月面活動の機会が与えられることが定められている。月面での活動に軸足が移っても、日本の役割が小さくならないことを示している。
今後の日本は、まず、ゲートウェイ中心で考えてきた貢献を、そのまま守ろうとするだけでは不十分だろう。月面基地が主戦場になる以上、日本がめざすべきなのは、ルナクルーザーだけにとどまらず、月面活動を支える実務の担い手として、何を担えるのかを前面に出すことだ。そうすることで、日本の立場もよりはっきりする。
NASAが月面基地で重視しているのは、移動だけではない。電力、通信、補給、無人時の遠隔運用、長期滞在を支える設備がそろって、初めて基地になる。日本が本気で月面基地に関わるなら、ローバー以外に何を出せるのかを整理し、必要なら新しい取り決めを提案する姿勢が求められる。
さらに、今後の計画変更にも備えておく必要がある。米国の宇宙計画は、政権交代や情勢の変化に応じて見直されてきた。今後も、大きな流れが変わる可能性はあるし、今回のゲートウェイの停止のような個別の修正も起こりうる。
有人月探査のような巨大プロジェクトには国際協力が欠かせず、米国が主導する形になるのは自然だ。しかし、日本としては、米国の方針変更に振り回されすぎないよう、独自に進められる探査や技術実証の選択肢も持っておくことが重要だろう。そうした備えは、将来の計画変更に対応しやすくするだけでなく、国際協力の中で日本の発言力を高めることにもつながる。
米国の新しい計画は、アルテミス計画がただ月へ行くだけでなく、月面で人が暮らし続けることをめざす計画であることを、これまで以上にはっきり示したものだ。これを契機に、日本は月で何をするのか、何をしたいのかを、あらためて考える必要がある。
参考文献


